2.その眼鏡獰猛につき 6

「す…すみませんでした!ゆるしてください!」


 取り巻きのひとりが勢いよく一度頭を下げるとそのまま踵を返して廊下へ飛び出した。室内を伺っていた不二は危うく蹴り飛ばされそうになって仰け反り尻もちをつく。一瞬目が合うが、もはやそれどころではないのだろう。一言も無く一目散に階段に向かって駆けていった。

  遅れること数秒、もうひとりの取り巻きもあとずさりで扉へ向かう。


「えーと、その…」


 金髪と新田を気まずそうに交互に見やる。不安と怒りの入り混じった恨みがましい目で睨む金髪を裏切るのは心が痛むが、面白半分で自分を破滅に追いやろうとしているとしか思えない先輩をこれ以上刺激するほどの、覚悟も戦意も彼には残っていなかった。いや最初からなかった。


「すまん俺も降りる!センパイすんませんっした!勘弁してください!」


 ふたり目ともなると決断は早い。一度大きく頭を下げると新田と金髪の顔を一瞥もせずに部屋を飛び出した。


「さて」


  ひとり残った金髪を見上げ、つまんだままのガラス片をひらひらさせながら足を組み替え、首を傾げる。


「さすがにキミは折れないな、でも」


「っ…」


 音が聞こえそうなほど歯を食いしばって睨む金髪に対して、彼女の表情は揺るがない。


「キミと私の因縁は、たった二日で学校生活を終わらせてでも決着が必要なほど深いものかい?」


 金髪は答えない。ここで意地を張るなんて馬鹿げてることくらい自分が一番分かっている。小さな自尊心で踏みつけようとしたものが、思いのほか大きな地雷だったことも。


「私は、迷うくらいなら今すぐここを離れるべきだと思うがね」


 決断できない金髪に対して新田は一枚のプリントを手にして差し出した。


「まあよく考えてからまた来たまえよ」


 な?と背中を押すように笑うその表情は打って変わって、後輩を宥める気の良い先輩としかいいようのない朗らかなもので。


「くそっ、覚えてろ」


 その表情の変化に毒気を抜かれたように一瞬あっけに取られた金髪は、舌打ちしてプリントを引っ掴むとすぐさま部室を出た。そこで目の合った不二に「覗いてやがったのかよ…チクったら殺すからな」とドスの利いた声で言い捨てて足早に廊下を去っていく。


「さて」


 黙って金髪を見送った不二のその真後ろで、楽しげな声が発せられた。喉が引き攣れて声が漏れそうになるのを抑えながら恐る恐る振り返ると、息がかかりそうなほどの間近に新田が立っていた。


「キミが最後のひとりだな」


 そう言って笑った彼女の顔は、残念なことに今日見た表情のなかで一番悪い顔だった。

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