2.その眼鏡獰猛につき 5

 空気がさらに重さを増し、緊張で男子生徒たちの呼吸が浅くなる。


「ところで入学二日目で事件を起こして退学になるというのはなかなかの記録だと思うのだけれど、キミらの間では最短退学記録は箔がつくのかい?」


 傷害事件、退学、物騒なキーワードが並んだことで取り巻きのふたりが折れた。そもそも彼らは先輩の女生徒をシメてやろうと言う金髪に誘われて来ているだけで新田個人になにか恨みがあるわけではない。年頃相応の下心と付き合いだけしか動機が無いのだから当然と言えば当然だろう。


「傷害って…シャレんなんねーってそれ」


「な、なあ、これヤバくね?ヤバくね?」


 入学早々徒党を組んで部室に押し入り、先輩とはいえひとりの女生徒を囲んで乱暴しようとして怪我までさせたとしたら。表沙汰になったら冗談では済まされないことは彼らにも容易に想像出来た。しかも既に騒ぎは外まで広がっており、それを聞きつけた教師が今ここに向かって来ているであろうことに疑いの余地はない。


「まあ私は昨日今日登校し始めた新入生の名前など知らないし顔も満足に覚えてはいない。だからもし今ここでキミらに逃げられてしまうと、先生に犯人を上手く伝えることは出来ないかも知れないな」


 新田は取り巻きが戦意を失ったことを見越して、今逃げ出せばうやむやになってしまいそうだと敢えて口にする。今ならまだ誤魔化せるかも知れないという希望を持たせるために。


「ちなみに実習棟の階段はひとつしかないから、ここを離れないのであればキミらは間違いなく向かってくる先生方と鉢合わせすることになるのだけれど。に離れなければ、ね」


 強調するように今すぐという言葉を繰り返す。

 今なら退路はそこにある。

 今引けば明日からまたなにごともなく高校生活を送れるかも知れない。

 この先輩だってわざわざこちらから手を出さなければなにもして来ない。かも知れない。

 けれども今だ。今すぐ決断しなければ逃れようのない破滅が待っていることは想像に難くない。少なくとも彼らのなかでそれは疑いようのない確定事項だった。考える時間は無かった。

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