9.好きに線引く夏の思い出.6

「引っ張りますね」


「ああすまない。なんというかだね、わざわざ暑いところに出向かなくても、だよ」


 程よく溶けたシャーベットの欠片を行儀悪くずずーっと音を立てて余すことなく啜ると、赤い舌がちろりとくちびるを舐める。


「こういうのも、立派な夏の思い出じゃないかと思ってね。…どうだい?」


 新田の仕草をじっと見ていた不二は、同意を求められて暫し思案に耽る。



 窓に近付いてしまったので少しばかり暑く


 外では蝉の鳴き声がうるさく


 隠れるように並んで座る先輩の肩が近く


 運動部の喧騒が遠く


 だからそれらを合わせたぶんだけ


 シャーベットが冷たく感じて



「うーん、なるほど。確かにこれも夏の思い出ですねえ」


「そうだろうそうだろう」


 自画自賛するように頷く彼女に水を差すように彼は続ける。


「でも夏休みに出かけないのはやり過ぎですよ。プールくらい行きましょうよ。冷たくて気持ちいいですよ」


「ええ…」


「なんなら水着買いに付き合いましょうか?どうせ持ってないでしょ」


「どうせって言うな。ちゃんと学校指定のやつがあるよ」


 むっとした顔でされた反論に不二の声と視線が生ヌルくなる。


「まさか夏休みにスクール水着でプールに行こうって言うんじゃないでしょうね」


「言ったわけだが」


「これはひどい」


 微塵の悪気も感じさせない即答に呆れた声を上げるが、彼女は気にした様子もない。


「そして当然現地までは制服で行く。学生だからね」


 気にしなさもここに極まれり。ショックを隠し切れずにがっくりと項垂れる不二。


「そこまで僕に私服を見せたくないとは。さすがにちょっと傷つくなあ」


 その様子にさすがに突き放し過ぎたと思ったのか狼狽する新田。


「いやそういうわけではないんだけれど…」


「あ、もしかして私服のセンスがヤバいとか」


 じとりとした目を向けられ気まずそうに頬を掻く。


「割とそうかな、たぶん。そういう方面にはリソースを割いてないからね」


「髪や肌のケアはかなり細かいのに」


「それはそれ」


「これはこれですか」


 妙な間があって、顔を見合わせたふたりが揃ってくすりと笑った。

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