9.好きに線引く夏の思い出.2

 不二があっけにとられている横でやや早口にまくし立てた彼女は、ゆっくりと締めくくるようにペースを落としていき。


「ああ、創作の中でならね」


 一息置いて投げつけるように吐き捨てた。


「え、あっはい。えっ」


「現実にはお断りだよ、冗談じゃない」


 そう前置きすると、先ほどとは打って変わって忌々しそうに早口でまくし立て始める。


「切り付けるような日差し、蒸し暑い空気、どこへ行ってもひと、ひと、ひと。髪は傷む、肌は荒れる、人ごみに揉まれてパーソナルスペースどころか物理スペースすら確保できやしない。自然の多いところに行けば当然虫に刺される、蛇やなんかにも出くわす。海の家や屋台で食べるものは値段ばかり高くて別に美味しいわけじゃない。街だってそうさ。今のご時世エアコンの無い家なんてそうそう無いだろうに、外の施設へ涼みに行く時代じゃあないんだよ。わざわざ映画館まで行かなくても最新作以外ならWebでいくらでも観られるのに好き好んで炎天下を出かける気持ちは私にはわからないな別にわかりたくもないけどねっ」


 そこまで言って、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすとヌルくなったコーヒーに口をつけた。


 部室を沈黙が支配する。コメントが難しい。


「…えーと、うん、先輩は二十歳になってもビアガーデンとか絶対行かなさそうですね」


「そもそもアルコールにあまり魅力を感じないけれど、それにしてもビアガーデンは本当に意味がわからないな。よくあんな商売が成り立つものだよ」


「そこまで言わなくても」


「まあ、一応未成年だしお酒を呑んだと言うほど飲んだことはもちろん無いから、そんな私にはわからないだけなのかも知れないけど」


 そこは間違いないと思います、と直接口には出さない不二。

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