9.好きに線引く夏の思い出

9.好きに線引く夏の思い出.1

 梅雨が明けてしばし。煌々こうこうと照り付ける陽光から逃げるように文芸部員の定位置は日陰の廊下側へと移っていた。

 期末テストも終わり夏休みへ向けて授業が短くなると、そのぶん部活の時間も長くなる。必然的に部室の滞在時間、つまりふたりの時間も長くなるのだった。


「先輩は夏休みの予定どんな感じです?」


「え?」


 それはちょっとした気の迷いというか出来心というか、長い時間があるとつい何か話題を探してしまうヒトのサガというか、とにかく深い意味のある質問ではなかった。


「夏休みの予定ですよ、予定」


 だからその短い返事は、ただ聞き取れなかっただけのことだと。


「いや、特には無いよ」


 続いた補足の行間にも【まだ】という一言が含まれているものだと。


「なんにも決めてないんですか。もう目の前ですよ」


 当然のようにそう思っていた。


「いや、そもそも予定を立てる予定からして無いのだけれど」


 しかしその思い込みを否定するように、新田はピンと来ない様子で首を傾げる。


「言っている意味がよくわからないんですけど」


 噛み合わずに困惑するふたり。


「それはこっちの台詞だよ。というか、ああ、そうか」


 制服を校則通りに着こなして、ひとつ結びの三つ編みに紺色でフルリムのセルフレーム眼鏡という組み合わせは絵に描いたような文学少女。

 そんな見た目でありながら威風堂々、いや、むしろ傲岸不遜とでも言うべきだろう空気を纏った彼女は、なにかに気付いた素振りで手を打った。


「君は夏休みに入念な予定を立ててこの暑い中わざわざ遊び歩く派なんだね」


「派、って」


 完全に理解した顔の新田は唖然とする後輩のことなど目に入らないかのように得意げに続ける。


「浮かれた空気に満ち溢れた夏休み。高い気温と眩しい日差しに増えた露出と弾ける汗が人を知らず知らずのうちに開放的に作り替えていく、そうそれは魔性の季節。海にプール、山でキャンプ、川でバーベキュー、街なら映画館とか涼しくて良いかな。人と連れ立って図書館で宿題をするのもまた一興。夜はお祭り、縁日に花火大会も欠かせないな。そしてそこから生まれるひと夏のアバンチュール…いいよね、そういうの…」

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