SS5-3 小さな勇者(後編・上)

※最初の部分はシルのモノローグです。


 私の人生は十歳の誕生日を機に大きく変わってしまったらしい。聖女の力の覚醒によってケット・シーの証ともいえる黒い毛は一瞬にして銀色へと代わり、魔力も大きく変質してしまったそうだ。

 そしてそれが原因で私は里から追放されてしまったらしい。お父さんとお母さんは里のみんなから白い目で見られ続けたことで、どんどん疲弊してしまい、私を守ることができなかったそうだ。

『らしい』、『そうだ』っていうのは私が覚えてるわけじゃないから。

 私の最初の記憶は小さなケージの中、たくさんの楽しそうな人を眺めていた時。行き交う人たち、ケージをのぞき込む人たちの笑顔は、わたしにひとりぼっちだっていう現実を容赦なく突きつけてきた。

 ひとりぼっちは寂しい、顔も思い出せないのにお父さんとお母さんに会いたい、どこにあるのかも分からないおうちに帰りたい、ずっとそんな冷たい気持ちでいっぱいだった。


「猫ちゃん、おいで」


 そんな私を救ってくれたのは、金色の髪と紫が散った青い瞳が印象的なすごくきれいな女の人と、吸い込まれそうな黒い髪と瞳を持ったちょっと怖そうな男の人。

 私の人生を変えてくれた二人、私がそんな二人に似ているといってもらえるのは当たり前なのかも。

 たぶん心って器の形をしていて、最初は空っぽなんだよ。出会った人たちや経験が器に少しずつ注がれて、その人がどんな人か決まってくるの。

 これ以上冷たい気持ちが注がれないよう氷が張っていた私の器。その氷を溶かしてくれたのはママのどこまでも真っ直ぐで温かな愛情。

 ひびだらけで今にもバラバラに割れてしまいそうだった私の器。そのひびを埋めてくれたのはパパの少し不器用だけどホッとする愛情。

 冷たい気持ちしかなかった私の器に温かい気持ちをたくさん注いでくれたのは、パパとママと過ごしてきた幸せな日々。

 だから私はパパとママに似てるんじゃないかなって思うんだ。


____________


(ディルはお父さんが関わってるかもって思いながら、ちゃんと警備隊に通報に来た。そんな子のお父さんがこんなことをするなんて考えにくい、と思うんだけどな)


 シルは前を行くディルの背中を見ながらそんなことを思う。

 冗談交じりで言ったオオカミならにおいをたどれるという言葉。ディルはいま正にその言葉を体現していた。真剣な表情で鼻をひくひくさせながら大通りから外れた路地を進んでいく。


「すごいね、本当に分かるんだ?」


「当たり前だ、冒険者ギルド長のギデオンさんなんか熊獣人だから体がめちゃくちゃデカいけど、力だって本物の熊のように強いだろ?特徴が表れるのは見た目だけじゃないんだよ。言っとくが俺が本気で走ったらシルなんてあっという間に見えなくなるからな」


「私だって猫獣人じゃないけど、猫妖精ケット・シーだから身軽で足は速いもん。それにパパはギデオンさんより強いもんね」


 ふふんと胸を張って自慢をするシルに、ディルは呆れたような視線を送る。


「そういう話じゃねえだろ……そろそろ着きそうだ。においが濃くなってきた」


 いつの間にか周囲はあばら家とまではいかないが、簡易的なものや長屋のような住居が立ち並ぶ区画となっていた。


「うーん、なんだか同じカペラとは思えないね」


 シルがきょろきょろとあたりを見回す。石畳は敷かれておらず、清掃も全く行き届いていない。確かに治安が悪いというのも納得の雰囲気であった。


「まあここは日雇いの労働者……あの壁が出来上がって、そのうち土地が足りなくなったら真っ先に追い出されるような人たちが住むところさ」


「え?じゃあ追い出された人たちはどうなるの?」


「さあな。ここにいられるうちに運良く給料のいい仕事にありつければ、どっかに家を借りたりできるんだろうけど、まあ難しいだろうな」


 あっけらかんと言い放つその様は、特に珍しいことでも何でもないということを示している。


「ディルは?」


「俺は……どうだろうな。父さん次第ってことになると思うけど」


 父親が今の仕事を続けたのならばこの町に残ることは出来る。だが暮らしぶりが劇的によくなるとは思えないし、何よりディルとしては危険な仕事を続けてほしくはないという思いが強い。


「そうなんだ……」


「着いた……あそこだ」


 二階建ての建物を指さすディルの表情に、緊張と焦りの色がありありと浮かび上がる。それはその場所に覚えがあること、そして自らの考えが正しい可能性が高くなったことを示唆している。


「……パットの父親の会社の、今はもう使っていないものをあれこれ放り込んでる倉庫だ」


「じゃああんまり人が来ない場所ってことだね。中に入って確認する?」


 シルの問いかけに逡巡するディル。


「まあ危ないし無理しなくてもいいんじゃないかな。警備隊が来るまでここで見守っておく方がいいと思うよ」


「いや……ここまで来たんだから行くよ。手伝ってくれ、シル」


「ん、オッケー。ほいっと『不可視インビジブル』」


「うお、消えた?」


 突如として目の前のシルの姿が見えなくなると、ディルは思わず後ずさる。


「おー、いい反応だねぇ。ちなみにディルも消えてるよ」


「え?おわっ、マジか……シル、お前本当に……」


「しっ!」


 パッと見えないはずのディルの手を正確に握るシル。僅かな魔力ですらも感知出来る彼女にとって、見えないことなど大した障害にもならない。


「ちょっ、何を……」


(静かにして)


「あ、頭の中に声が……」


 すると物置の扉がガチャリと開いて、一人の獣人が姿を現す。


「なんだ、騒がしいな。まさかもうここが分かったのか?」


(念話の魔法。ディルが使えなくても、こうやって手を繋いでるうちは頭の中で会話出来るからね。ほら、今がチャンスだよ、中に入ろう)


(あ、ああ)


 見張り役の獣人の若者が周りを確認するためにその場を離れると、その隙を狙って二人が物置の中へと滑り込む。


(見張りは一人だけなのかな、見覚えは?)


(……分からない、見たことあるような気もするけど……あとの二人はパットのとこにいるんじゃないか?)


(そっか、それならあの子を見つけないとだね)


(ああ、だけどここは色んなにおいがきつくて鼻がうまく利かないんだ)


 ホコリまみれの室内と鼻を衝くカビのにおい。そして物置とは言われているが、中はだだっ広い空間というわけではなく、いくつかの部屋がある建物。そのため入ってすぐにパットを発見するということはなく、二人は一つ一つ部屋を慎重に確認していく。


(……ここが最後だね)


 結局、二階の一番奥の部屋までたどり着いた二人。まずはドアをノックして人がいるか反応を見る。


「誰だ!?」


 その問いかけには応えず息をひそめて待つ二人。やがて反応がないことに疑問を感じた声の主が、二人の狙い通りにドアのカギを開ける。


(行こう!)


(ああ)


 廊下に出て辺りを見渡し階下へと降りていく男と、入れ違いのかたちで部屋へとなだれ込む二人。するとディルは部屋に入るや否や固まってしまう。

 何もない部屋の中央には椅子に縛られ眠らされたパットの姿、だがディルが動きを止めたのは決してそれが原因ではなかった。


「兄ちゃん……」


「……なんだ……?ディル、なのか?」


____________


あとがき


すみません。相変わらず見通しが甘く、長くなってしまいましたので上下に分けさせていただきます。下は明日投稿します

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