SS5-2 小さな勇者(中編)
「おぉー、いい眺め!!」
偶然詰所に来ていた顔見知りの警備隊長にお願いして、新たな隔壁に作られた見張り台に登らせてもらったシル。地上七メートルほどからの眺望と頬を撫でる爽やかな風が、先程までの鬱憤を晴らしていく。
「何も無いだろう?」
「ううん、あっちに見える湖はキラキラしてて綺麗だし、こっちはふかふかの草原が広がってて気持ちよさそう。あ、向こうに見えたのはウサギかな?何もないなんてことないよ。ここは本当に自然がいっぱいで、穏やかでいいなぁって思うよ」
日頃見飽きていた何の変哲もない景色も、シルというフィルターを通せばたちまち輝いて見えてくる。そうやって何にでも良いところが見つけられる少女の姿は、彼女の母であるセアラを思い起こさせると警備隊長は頬を緩める。
「でもなシルちゃん、今はこんなに穏やかでも、昔はここを巡った小競り合いが何度も起きてたんだよ」
「そうなの?」
シルのかわいらしく首をかしげる仕草が、警備隊長の教えたい欲を刺激する。
「ああ、カペラの周りには色んな国があるだろ?」
「うん」
「つまりこの地を手に入れることは、他の国へ攻め入る重要な足がかりを手にすることになるって訳だ。だけど、どの国もなかなか上手くいかなかった。なんでだか分かるかい?」
得意げな顔で尋ねる警備隊長。シルは目をつむって腕を組み、今までの経験から答えを探してみる。
「……やっぱり複数を同時に相手にしなきゃいけないからじゃないかな?パパもそういう時は動きにくいって言ってたから」
「はは、あれだけ強くても同じなんだな。その通りだよ。それに当時は三竦みならぬ五竦み状態、当然下手に動くことなど出来ない。時々小競り合いはあったけれど大きな戦争までは発展せず、そんな状態がずっと続いてた。紛争地帯とも言える場所でありながら、地理的に要衝となりうる場所だから人の往来は多い。命知らずの商人たちにとっては、そんな状況が金の山にでも見えたのかもね。初めて青空市場が開かれると、そこからどんどん規模が拡大していって、それがカペラの始まりになったんだよ」
「じゃあ今カペラが成り立っているのは、ここが他の国のものになるくらいなら、商人たちのものの方が都合がいいってみんなが思ってるからってことだね?」
恐らくは半分も理解できないであろうと考えていた警備隊長は、シルから返ってきたその的確な反応に舌を巻く。普段は無邪気な子供のように見えても、やはり普通の子供とは見てきたもの、そして見えているものが全く違うのだと。
「町が開かれて以来ずっと一つの国に加担せず、カペラはあくまで中立を貫き続けている。それでも綱渡りのような状態であることには変わりないから、今回の外壁の拡張もそうだけど、周囲の国にはかなり気を使ってるんだよ」
「そうなんだ……」
シルは振り返って変わり続けるカペラの町を改めて見渡す。
「私、この町のみんなに良くしてもらってるのに全然知らなかったなぁ。私にも何かできたらいいのに」
「何言ってるのさ。シルちゃんはギルドに治療院を開いて町の人たちの治療をしてるじゃないか」
警備隊長がシルの頭をポンポンと叩いて笑い、続ける。
「それにそんなことしなくても、シルちゃんたちがこの町を生活の拠点にしてくれているってことだけで、十分お釣りが来るってものさ。この町に手を出すってことは、三人を敵に回すようなものだからね。あ、もちろん町の人たちはそんなこと抜きにシルちゃんたちのことを大切に思っているけどね」
「ありがとう。でも私は町のみんなのためにここにいるんじゃなくて、この町が好きだからここにいるんだよ。だからやっぱり治療は続けていくよ」
「そうか、そうか……シルちゃんは、本当にアルさんとセアラさんによく似てるよ」
「うーん、どうかなぁ?そうだったらうれしいけど」
「ちゃんと二人の背中を見て育ってるんだなって分かるよ。誰が何と言おうとシルちゃんはあの二人の娘さ」
「ふふ、ありがとう」
そしてそろそろ降りようかという頃、シルの視界に一人の少年の姿が入ってくる。
「あ、あの子……」
視線の先には先ほど出会ったディルと呼ばれた少年。なにやら慌てた様子で詰め所に向かって走ってくる。
「お、おい、シルちゃん」
目のくらむような高さをものともせずに見張り台からぴょんと飛び降り、風の魔法を操ってディルの前に降り立つシル。
「ねぇ、どうしたの?」
「さっきの……あ、助けてくれ!」
「何があったの?」
「つ、連れ去られたんだ!!」
「落ち着いて、誰が連れ去られたの?」
「いきなり変なやつらが現れて、それで……!!」
興奮状態で要領を得ない説明を繰り返すディルに痺れを切らしたシルは、必要な情報を聞き出すべく肩を叩いて『鎮静』の魔法をかける。シルの後を追って降りるやいなや、そんな光景を目の当たりにした警備隊長は思わず息をのむ。
(まったく、アルさんとセアラさんがうちの子は天才だと言うのも頷けるな……)
それほど魔法に明るくない者であっても、その才能は疑いようもない。
精神に作用する魔法。それは加減を間違えると対象を廃人に追い込んでしまう恐れがある為、相当に難易度が高く使用自体も固く禁じられている。そしてシルもそれは承知の上。
(本来ならお二人を呼んで厳重注意ものだが……)
「さ、三人組の男がパットを連れ去って行ったんだ」
警備隊長はその言葉で仕事モードへと切り替わり、シルの横に立って懐からメモ帳を取り出す。
「君、犯人の特徴は分かるかい?あと何か犯人たちの身元に繋がるような言動は?」
「あ……か、顔は隠してたから分からないけど、えっと……かなり大柄でした。あ、あとパットを最初から狙ってたと思う。こいつで間違いないかって確認してたから」
たどたどしく答えるディルの様子に微かな違和感を感じるシル。だが今はそれを飲み込んで警備隊長の聴取を静かに見守る。
「君以外もその場に?」
「あ、はい。あと二人いて、そいつらはパットのお父さんに知らせに」
「ふむ、誘拐ならば何かしらの要求があるはず。私もそちらに向かったほうがよさそうだ。では君は詰所にいてくれ。シルちゃんは……」
「私はこっちに残るよ。いってらっしゃい」
絶対についてくると言い出すと思っていた警備隊長は、思いがけぬ返答に一瞬言葉に詰まる。
「あ、ああ。そうだね、それがいい」
詰所から何人か見繕い、パットの父親が経営する会社へと出発する警備隊長。その姿が見えなくなるまで見送ると、シルは冴えない顔をしたディルに視線をやる。
「それで、何を隠してるの?犯人に心当たりがあるとか?」
「……」
何も答えない、答えられないといった様子のディル。シルはその理由を察して、あたりをきょろきょろして人がいないことを確認する。
「『鎮静』の魔法はね、頭の中の雑念をクリアにしてくれるの。だからあんなふうに考えながら答えなくてよかったはずだよ。で、あなたって獣人、だよね?それが隠し事?」
「そ、それは……」
「そういえば獣人って仲間意識が強いよね……ていうことは犯人も獣人ってことなのかな?」
冒険者ギルドの長、ギデオンや受付嬢のアンに代表されるように、カペラは町全体としては獣人に対して寛容な文化。それでもやはり個人では獣人を忌避する者もおり、それゆえに獣人は横のつながりが強くなりやすい。
「お前の言う通りだよ……」
ディルがダークブラウンの髪の毛をわしゃわしゃと崩すと、隠れていた犬のような耳が飛び出す。
「えーっと、犬?」
「オオカミだ……パットの家はカペラでもトップクラスの大きな建築会社をしていて、獣人も積極的に雇用してるんだ。表向きは差別のない優良企業、だけどその実態は酷いもので、獣人の身体能力が高いことをいいことに危険な仕事をどんどんやらせてる。それで実際にケガをした人も大勢いるんだ。なのに給料は人族と変わらず、それを不満に思ってる人たちがいて……だから……」
明言こそしていないが、ここまで事情に詳しいのは恐らく実際に働く『誰か』から聞かされているのだと推測できる。
そして明言できない理由、したくない理由。それはつまりディルの脳裏に一人の容疑者が浮かんでいることを示していた。
「じゃあとりあえずパットとかいう子を探しに行こう。警備隊より早く見つけないとだから」
「な、なんで……?」
「なんでって……それがあなたの望みなんでしょ?本当は警備隊に任せるより、自分が先に見つけて何とかしたいって」
「いや、そりゃこのまま黙って見てられないけど、何とかってどうするつもりなんだよ」
至極当然な疑問ではあるが、シルはそれに渋面を以て答える。
「うるさいなぁ、とりあえずあなたが考えていることが事実かどうかなんて、ここにいたら何も分からないでしょ?だから行ってから考えればいいの。ほら、オオカミならにおいで分かるんじゃないの?」
「む、無茶苦茶だな、お前……」
「お前じゃなくてシルだよ。心配しなくても、私ってこう見えて結構強いから大丈夫。早く行こ」
シルがすっと右手を出すと、ディルはしばし逡巡したのちに一つため息をついてその手を取る。
「ディルだ。よろしくな、シル」
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