SS4-3 サプライズ×3

「「「いらっしゃいませー!」」」


 がやがやと騒がしい人気の酒場にあって、ぴたりと重なりよく響く店員たちの声。


「あ、店長さん。今日は無理を言ってしまってすみません」


「全然大丈夫ですよ!セアラさんの頼みとあればなんなりと」


「ふふ、ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、今日はたくさん注文しますからね」


「はい!ありがとうございます!」


 急遽アル、オールディス、レイチェルの夫であるトムが増えたことにも快く対応してくれた店長(セアラファンクラブ会員№5)はセアラの笑顔に頬を上気させながら、そしてアルからの無言の圧力に緊張した面持ちで一行を個室へと案内する。


____________


「あ、これ美味しい。ほら、喋ってばっかじゃなくてリックも食べて食べて」


「ああ、ありがとう。メリッサ」


 気まずさで場が盛り上がらないのではないか、そんな心配は杞憂だった。

 さすがに大商会の長ともなれば会話の引き出しは多く、カペラの街角の小さな話題から世界情勢まで、会話が絶える時間は全くなかった。

 そして宴もたけなわとなったところで、オールディスは満を持してとっておきの話を切り出す。


「これは近々大々的に発表される話なんですが、アルさんたちをモデルにした小説が発売されるそうですよ?」


「ごほっ!」


「あ、アルさん、大丈夫ですか?」


 突然のオールディスからのサプライズに思わずむせるアルと、落ち着いてさっとおしぼりを手渡すセアラ。


「ありがとう。そんな話聞いてませんが……どういうことですか?」


「情報統制の一環ですね。アルさんたちのことは特定できないようにフィクションを混ぜ、それでいてソルエールの大戦のあらましはほぼそのままの内容で世界中に広めるつもりだそうです」


 オールディスの話では、未だソルエールの大戦の真相はこの世界中の大きな関心ごととなっており、現状ではあることないことが飛び交っているとのこと。

 そしてそんな中で全てを明らかにすると謳ってこの物語が公開されれば、世論に大きな影響を与えられるはずだと。


「特に現魔王アスモデウスを信じてよいものかどうか、何も知らない人たちには分からないんです。魔族がもたらしたものは生活を便利にしましたが、ソルエールの大戦を起こしたのが魔族であることも事実ですからね」


「あまり気が進みませんね、そうやって人の思考を誘導するのは」


「でも仕方ないんじゃない?確かに何も知らない人からすれば、友好的なのは今だけで油断させていつか裏切るつもりだって思っちゃうわよ」


「いい人もいれば悪い人もいる。それはどんな種族でも一緒なんですけどね。これまでの歴史がそうはさせてくれない、ということですか」


 セアラ、メリッサ、トムが相次いで各々の考えを示すと、その隣で我慢ならないとバンと机をたたく音。


「大事なのはそこじゃないでしょう!!アルさんが主人公でセアラさんがヒロインなんですか?ストーリーはどんな感じですか?シルちゃんは出てくるんですか?商会長ならご存知なんでしょう?どうなんですか!?」


 セアラの大ファンでもあるレイチェルが目を輝かせながら、怒涛の勢いで質問をオールディスへと叩きつける。


「レイチェル、落ち着けって」


 トムに制されレイチェルは乗り出していた身体をストンと椅子に戻すが、鼻息は荒いまま。

 セアラと友人になった今でも、相変わらずレイチェルのオタク気質が抜けることは全く無い。


「本筋は地上に憧れを抱いてやって来た主人公の魔族の青年が、お忍びで街に出ていたヒロインのお姫様を助けたことで運命的な恋に落ちるという恋愛劇。最後は妖精族エルフの女王の助けを得た主人公が、地上の征服を企む悪しき魔族を討ち果たしてお姫様を助け出す。そしてその三人が種族の架け橋となって世界は平和に発展していきました、ざっくりいうとこんな感じのストーリーだそうですよ」


 盛大なネタバレではあるが、そのストーリーはアルとセアラのこれまでをなぞったものであるため、だれも文句を言うことはない。


「はあぁ……モデルなので当然ですが、絶妙に私たちに似た設定ですね。シルが妖精族エルフの女王……バレてしまったりしないでしょうか?」


 精霊たちの寵愛、飛びぬけた魔法の才能、そして輝く銀髪という華やかな容姿と聖女の力。確かにシルはケット・シーのみならず、妖精族全体の女王たる資質を持つといってもいいかもしれない。


「心配無用ですよ。例えばその女王の部分が『聖女の助けを得た主人公』となるとアルさんたちへと繋がる大きな手掛かりになってしまいますが、そうしたものがなければなかなか結びつかないものです。メリッサが私の正体に気が付かなかったように」


「それとこれとは違うでしょ……?」


 ボソッとメリッサが愚痴るが、オールディスは相変わらず笑みを崩さない。


「今後はまず小説が世界中の書店に並び、その後は貴族向けのオペラハウスや町の小さいな劇場まで、ありとあらゆる場所で舞台が公開されるそうです」


「……ちなみに作者は?」


「ふふ、聞いたらきっと驚きますよ?」


 サプライズ第二弾をもったいぶるオールディスだが、既になんとなくアルには察しがついている。


「なんと原案と監修はアルさんの昔の仲間で、最近ではアルクス王国の聖女とも呼ばれているクラリスさんなんですよ」


「やっぱりアイツかよ……」


 あきれ顔で笑うアル。その思ってもみなかった反応に、今日初めてオールディスの顔から笑みが消え、不思議そうにアルを見る。


「驚かれないんですか?」


「まあ、適役だとは思いますから」


 あの戦いを実際に経験し、その熱量を感じた者が携わる。だからこそ、その物語には確かな命が吹き込まれ、世界を変えるのだろうとアルは思う。


「クラリスさんは恋愛小説大好きですものね。それも純愛ものでハッピーエンドの」


「ああ、旅の途中も常に読んでたよ。気に入ったものを何度も読み返したりな」


 恋だとか愛だとか、クラリスにとってのそれは自分とは無縁のキラキラした世界。だからこそ彼女にとって恋愛小説の世界に没入することは、汚れた自分、嫌な記憶にまみれたこの世界からの現実逃避であった。


(クラリスさんに心境の変化があったならいいな)


 そんなクラリスがこの世界で実際に起きたことを題材にして恋愛小説を書く。それはキラキラとしたフィクションの世界と、仄暗い現実世界を明確に区別していた彼女にとっては大きな前進なのかもしれない。


「今度、クラリスさんたちに会いに行きましょうね」


「そうだな、いろいろと話すことが多そうだ」


 アルもその変化を感じ取っていたのであろう、勝手に題材にされたなどと言って怒りはしない。その変化を望んだのは、他ならぬアル自身なのだから。


「ふぅむ、とっておきのサプライズのつもりが第二弾は不発でしたね」


「もう打ち止めかしら?」


 残念がるオールディスを茶化すメリッサ。


「まさか、だがこれはサプライズというか……実は折り入ってメリッサに頼みがあるんだ」


「え……なになに?」


 不安そうなメリッサに笑顔で頷くと、オールディスは視線をレイチェルへと向ける。


「なんか嫌な予感がするんですけど?」


「メリッサ、レイチェルを君の店で受け入れてくれないかい?」


____________


あとがき


おかしい、3話で終わるはずだったのに……

『銀髪のケット・シー』と少し齟齬がある点があるかもしれませんが、こちらが正と思っていただければ。向こうの完全版の構想は練っていますが、始めるのはいつになることやら。

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