SS4-1 メリッサとセアラ

「いらっしゃいませー!!」


 夕暮れ時、閉店間際のブティックに響くカランカランという乾いたベルの音。来客があったことを告げるその音に反応し、店の奥から気持ちのいい声が聞こえてくる。

 ドアを開けた華やかな容姿が目を引く女性、セアラがその声の主を探すべく店の奥へと進んでいく。


「あ、セアラだったのね。ごめん、ちょっと待ってて。頼まれてた服もこの中にあるはずだから」


 カウンター裏のバックヤード、木箱に入って届けられた新作と思しき服を整理していたメリッサがひょいと顔を出し、セアラを一瞥してすぐに作業に戻る。


「うん、大丈夫。手伝おうか?」


「いいよ、お客様にそんなことさせられないって」


 そう言って、一人で手際よく作業を進めていくメリッサ。

 セアラはカウンターの椅子に座ると、改めてぐるりと店内を見渡す。お世辞にも広いとは言えないが、センス良くレイアウトされた内装に、手ごろな値段ながらなかなか質が良い商品が多いと評判の人気店。仕入れ、陳列、接客、それらすべてを一人で切り盛りしているのだから、なかなか手が回らないのも頷ける。


「いい加減、人を雇ったらいいのに」


「そんな余裕ないわよ。カペラここの家賃ってバカみたいに高いし、うちが扱ってる品物もそんなに高いものじゃないんだから」


「じゃあ……思い切って高級路線に切り替えるとか?」


「あのねぇセアラ、カペラにはそういう高級品をずらっと取り揃えてるところがあるでしょ?なによりもずっとここに通ってくれてるお客様を裏切ることになるじゃないの」


 二人の親友レイチェルが勤めているカペラでも有数の商会、オールディス商会もそんな店舗のひとつ。古今東西あらゆる品物を取り揃えておりますと豪語しており、実際に結婚指輪のためにセアラが訪れたオールディス商会の旗艦店には、そう思わせるだけの莫大な数の商品が並んでいる。

 メリッサの店が一定の評価を受けているのは、そうした商会が取り扱っていない低価格帯の良品を揃えているからという理由が大きい。


「でも心配よ。体調が悪いときだって、売り上げ落とせないからって無理やり店を開けてるじゃないの。ひどいときはシルに魔法まで使ってもらって……いくらシルの腕が良くても、本人の体力を前借するから疲労がひどいでしょ?今は若いからそれでもなんとかなってるけどさ……」


「まあそれはそうなんだけど……」


 自分を気遣ってくれる親友セアラの言葉を無下にはできず、メリッサは作業をしながら小さく頷く。


「それにお店が休みの日まで仕入れ先に顔を出したりして、せっかく合コンでいい人がいても、仕事ばっかりでデートも全然出来てないじゃないの。そんなんじゃますます縁遠く……」


 そこまで言うと、セアラはつの間にか手を止めてプルプルと震えているメリッサに気付く。


「ちょっとセアラさん……?正論で殴るのは止めてくれないかしら……?」


 か細いその言葉にセアラは心底申し訳なさそうに『ごめん』と返すのだった。


____________


 そのまま他の来客がなく閉店時間になると、セアラは手慣れた様子で店舗奥の簡易キッチンで淹れたコーヒーと手土産のチーズケーキをメリッサに差し出す。


「お疲れ様」


「ありがと。じゃあ、これが頼まれてたマタニティウェアね。結構量があるけど、アルさんに頼まなくてよかったの?」


「大丈夫、魔法を使えばちょちょいのちょいよ」


「ふふっ、久しぶりに聞いたわ、それ」


 信頼の証ともいえるセアラのおどけた口調に、メリッサはクスクスと笑いながら密かに優越感を感じる。そして砂糖を三つ入れたコーヒーを疲れた体に染み込ませると、ふぅと一息ついて背もたれにもたれかかる。


「さっきの話、私もなんとかしなきゃって思ってるんだけど、正直言って手詰まり感が否めないのよね」


「ん、確かにね」


 この状況で人を雇えば人件費が経営を圧迫するのは確実、思い切って品ぞろえを変えようとしても、大手商会と競合しないもので十分な利益を得るのは難しい。


「いっそのこと私もセアラのとこに移住しちゃおうかしら?人が集まれば、そのうちお店も必要になるでしょ?」


「それは別に構わないけど……でもメリッサはカペラでお店をするのが夢だったんでしょ?それに私、このお店好きだから出来れば無くなってほしくないのよね」


「ふぅん、そんなこと言ってるけどアルさんとの初デートの場所だからじゃないの?とっても楽しそうだったものねぇ」


「あ、あの頃はまだそういうのじゃ……」


 その頃のすっかり浮かれきっていた姿を茶化され、思わず頬を赤らめるセアラ。


「と、とにかく何か策を考えようよ」


「それが思いつかないから困ってるって話なんですけど~?」


 わかりやすく話をそらされたことに不満げなメリッサを黙殺し、セアラは腕を組んで体を左右に揺らしながら考える。


「あ、いいこと思いついた!レイチェルさんに聞いたらいいのよ!!」


「ええ!?だってこれに関しては敵側よ?」


「敵ってそんな大げさな……でもだからこそだって、戦いに勝つには相手を知ることが大切でしょ?それに何らかの理由で仕入れてない、いい商品とか知ってるかもしれないしね。背に腹は代えられないって」


「うぅん……まあ聞くだけ聞いてみようかしら」


「そうと決まれば敵情視察を兼ねてオールディス商会に行かなきゃ、さあ早く!」


「いや、さすがにもう遅いわよ。明日は私も休みだから明日ね」


 こぶしをぎゅっと握って、今にもオールディス商会に突撃しそうな勢いのセアラをなだめるメリッサ。


(セアラっておとなしそうな顔して、私なんかよりずっと行動力あるのよね。ま、そうじゃなきゃ身一つでアルさんとこに転がり込んだりしないか)


 苦笑いしながらメリッサはまじまじと感じていた。あの日、アルに連れられてセアラがここに来てくれたことの幸運を。

 年齢を理由に閉業しようとしていた今のオーナーから引き継ぐ形で、明るい未来を描いて意気揚々とスタートしたものの、巨大商会が軒を連ねるカペラで個人商店を営むことの厳しさを痛感していたメリッサ。セアラと出会ったのはまさにそんな時であった。そして彼女のミスコン出場を手伝ったことで名を挙げ、どうにかここまでやってくることが出来た。


(それにしても、どんどん返す恩が積もっていくわねぇ……)


 返しきれない大恩、自分がそれを感じていることをメリッサはおくびにも出さない。ひとたびそれを表に出してしまえば、むしろ世話になっていると思っているセアラを困らせてしまうことは目に見えている。

 だからメリッサは今日も明日も飾ることなくセアラに接し、大きな声で笑う。大好きな親友の、一番の親友であり続けるために。

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