番外編

SS1 時の女神は星に願う

※最終話後編の裏、クロノス視点です。

 カクヨム限定で公開したシルが主人公の『銀髪のケット・シー』に繋がってくるお話です。



 もう何度繰り返しただろうか。

 腕の中、『ぶー』と唇を震わせる幼子を見て思わず嘆息する。


「そなたが大きくなっても、今と変わらず、穢れを知らぬままであったのならば……いや、そんなことはくだらん妄想だな」


 生きていく上で負の感情に触れないことなど有り得ない。もしそのような者がいるとすれば、他者の感情を一切顧みることのできぬ愚者であろう。

 過程は違えど、世界が辿る結末はいつも同じ。負の感情に飲み込まれた魔神、その暴走による世界の滅亡。

 覚醒した魔神に対抗できるのは、神族でも魔族でもなく、唯一無二の特殊な魔力を持って生まれた一人のハイエルフ。そしてその力の核となる部分を受け継いだ聖女のみ。だが何度繰り返そうとも、聖女が持つ借り物の力は魔神に届くことはなかった。


「不完全な力しか持たぬ聖女、そして負の感情を糧として成長する魔神。なればこそ全く別の選択肢を考えなくてはならぬのだろう」


 何度も時を戻し、人々の営みを見てきたからこそ気が付いたことがある。

 それは前を向いて生きようとする『願い』の力は、世界をも変えうる力になるということ。

 例え天より与えられた使命であれど、内から湧き出る願いという名の強い意志には及ぶべくもない。


 そして世界を変える一歩目がこの幼子、アルシエルを英雄の母である天沢瀬奈に託すこと。渋るアディをどうにか説得したものの、我ながら賭けにも値しない無茶な選択だという自覚はある。その一方で奇手にも頼らざるを得ないほどに手詰まりなこともまた事実。だが……


「私の直感が告げているのだ。そなたと天沢瀬奈は出会うべくして出会う、とな」


 私の言葉を理解できるはずもなく、アルシエルはきょとんした顔で見上げ、再び『ぶー』と唇を震わせていた。


____________


「天沢有希、彼は……彼は天沢瀬奈の……息子、ですか?」


 天沢有ことアル・フォーレスタが確信を持った瞳で真っ直ぐに私を見据える。


「まるで『質問』ではなく『答え合わせ』だな。何故気がついた?」


「いくら私が鈍かろうと分かりますよ。母さんから託された私を適当な者に預けたりはしないであろうこと。そして先代勇者と先生の名字が同じこと、このふたつの事実を結び付ければ答えは自ずと出ます。逆に言えば、どちらか一方だけでは到底辿り着けない答えですが」


「ああ、察しの通りだ。天沢有希は今より一年の後、天沢瀬奈の元に産まれる息子。そなたも知っての通り待望の、な」


「……どれだけ聞いても秘密にしていたのは、俺の名前から取ったからですか……」


 何を考えているのかは手に取るようにわかる。自分の名を子供に付けてくれたということ、瀬奈がようやく子供を授かるということへの喜び。そして湧き上がってくるのは、やがて確実に恩人に訪れる息子との別れをどうにかしたいという思い。


「クロノス様、俺が……」


「気持ちは理解できるがそれは出来ぬ」


「なぜですっ!?あんまりじゃないですか!!」


 アルは声を荒げたことに対し、『すみません』と頭を下げる。だが、瀬奈はアルにとって紛れもなく唯一無二の恩人。その恩人を思う気持ちを考えれば至極当然の反応であり、不快になるはずもない。


「でも、やっと授かった子供を異世界に連れていかれて……それをただ傍観していろだなんて……」


「よいか、アル。確かにそなたならば魔王を相手取っても遅れは取らぬであろう。だが物語のように魔王を倒せばそれで万事解決という話では無い。それが分からぬそなたではなかろう?」


 反論を封じられ、アルがぐっと押し黙る。

 それは今まさに起きていること。ソルエールの大戦という危機に直面し、一枚岩とは言えずとも、各国は以前よりも他国との関係に気を遣うようになっている。共通の敵の存在、それが強大であればあるほど結束力が高まる、そうした現実は間違いなくある。


「結果は確かに重要。だがそれさえよければ、過程はどうでもいいということではない。世界も同じだ。今の世界の形があるのは、そこに生きてきた者たちの存在があったからこそ。先人の願いを受け継ぎ今を生きる者たち、そしてその者たちもまた未来を生きる者へと願いを託す。そうやってよりよい未来をという願いは連綿と受け継がれてきた、だからこそ世界とは願いが形となったものなのだ」


 俯いたままのアルは私の言葉を微動だにせず咀嚼し、やっと言葉を絞り出す。


「……そしてその時、その願いを一身に受けた者こそが天沢有希。だからこそあの世界の歴史から彼を消すことは……」


「特に妖精族、すなわちエルフの血を引くセアラとケット・シーのシルがおかれる環境は大きく変わるであろう。当時のパーティーにエルフのルシアがいたからこそ、妖精族の地位が確立されたのだからな」


 それは決して嘘でもないし、誇張されたものでもない。

 ソルエール魔法学園の学園長であるドロシーはもちろん、代表であるクラウディアでさえルシアには頭が上がらない。その事実は里を出て生きるエルフにとって、ルシアの存在がどれほど偉大であるかを物語っている。


「……教えてください。天沢有希は、幸せに過ごすことができたのでしょうか?」


 すがるような表情で顔を上げ、私を見る。

 恐らくはこれがアルの考える恩人のために出来る唯一のことなのだろう。それがどれだけ慰めになるかは分らぬが、まだ見ぬ息子は異世界で幸せに暮らしたと伝えてやることが。


「それは私が保証しよう。そなたの両親も間違いなくそう答えるはずだ」


 少し安心した様子ではあるものの、相変わらずアルの表情は晴れないまま。


「……もう一つ聞いておきたいことがあります」 


「なんだ?」


「クロノス様は私たちに関わって来たんですか?」


 言葉足らずでも、それがどういう意図かはアルの雰囲気ですぐに分かる。


「天沢瀬奈にお前を預けた、私が関与したのはそれだけだ」


「その言葉、信じても良いのですか?」


 口調はあくまでも冷静に、それでもその身に纏う空気は私ですら思わず息を吞むほど。近いうちに地上のみならず、神界、魔界を含めても最強と呼ばれることになるであろう潜在能力を十二分に感じさせる。


「この名に誓おう。セアラとシルには私は関与しておらぬ。先ほども言った通り世界とはそこで生きてきた者たちの願いの形。二人が辛い思いをしてきたことは知ってはいるが、決して感情のまま手を出し私物化して良いものではない」


 アルは目を閉じてしばらく考え込んだのち、ふぅと小さく息を吐いて剣呑な雰囲気を引っ込めると、『分かりました』と頷く。


「……そなたは変わったな……本当に」


 私はどんな顔をしていたのだろうか、アルは少し驚き、困ったような笑みを浮かべる。


「そうですね、やはりセアラとシルとの出会いが大きいと思います。以前の私は、人と深く繋がることを、自由が無くなって面倒だと考えていました。でも今こうしてたくさんの人と繋がって分かったことは、私が思っていた自由は一人ぼっちだったということです」


 アルはそう言うと、両足で地面を力強く踏みしめる。


「自由な根無し草を気取れるのは、どこにも帰りたいと思える場所がないから。誰にも縛られずに生きられるのは、誰にも必要とされていないから。人との繋がりは、時には煩わしいと思うこともあります。だけどこうして地に足をつけて、一歩踏み出すための力になってくれる。そしてその人たちが俺にかけてくれた想いの分だけ、この命に意味を、確かな重みをくれるんです」


 若くしてどこか悟ったような物言いは、私にはっきりと理解させる。

 アルは既に自らに秘められた魔神の力の危険性、行き着く先を理解している。そして自分がすべきことまでも。

 それは決して自らの命を軽んじてではなく、その重みを知ったうえで決めた覚悟。

 それは決して未練が無い訳ではなく、周囲の者たちを大切に思うからこその覚悟。


「……」


 言葉が出ない。

 私の思惑通りに事が進んでいるのは確か、それでも気分が晴れない理由は分かりきっている。

 幼いころから見守り続けたアルに対し芽生えたのは、母性のごとき感情。

 こうして天沢瀬奈に会わせることも、本来であればすべきではないこと。


「パパ、瀬奈さんが呼んでるよ。ご飯できたからしっかり石鹸で手を洗っておいでって」


 タイミングよく現れて重苦しい沈黙を打ち破るのは銀髪のケット・シー。


「まったく……いつまで経っても子ども扱いだな。クロノス様、話ができてよかったです」


「ああ、私もだ」


 頭を下げて家の中へと入っていくアル。その後ろをついて行こうとするシルに念話で呼びかける。


「ふえ?」


 驚いた表情で振り返るシル。それはわざわざ念話で呼び止められたことではなく、私に話しかけられたことに対する驚き。

 勘のいい子だ、私が抱いている後ろめたさを漠然と感じ取っていたのだろう。


「シル、アルが好きか?」


「はい、大好きです。とっても大事な人です」


 質問の意図を探ることなく、間髪入れず返ってくる答え。

 その力強さを宿したルビーのような赤い瞳は、はるか昔に出会った全く違う色を持った少女のそれを思い出させる。


「そう遠くない未来、そなたは聖女が背負う運命と向き合うことになる」


「運命……?」


「そも聖女の力とは、始まりの少女が抱いた宿願を成し遂げるために授けられたもの」


「?あの……私にはよく分からないです。いきなり運命とか宿願なんて言われても、私はその人じゃないし……」


「深く考えずとも良い。今はただ力を磨くのだ、アルの隣に並び立てるくらいにな」


「……それなら大丈夫です」


「そなたが思うよりもずっと難しいことだぞ?」


「分かってます」


 シルがきゅっと唇を結んでこぶしを握る。


「……本当は話を聞いちゃったんです。多分、パパに良くないことが起こるんですよね?だったら私は頑張れます。どんなに辛くても、パパがいなくなっちゃうことより辛いことなんてないから」


 私が言うまでもない。この子は誰よりも理解している。ソルエールでアルの戦いを一番近くで見守ったからこそ、その隣に立つためにどれほどの努力が必要になるのかを。

 大丈夫だと言ってやるべきかと悩んでいると、シルはふと思い出したように向こうの世界とは全く違う星空を見上げる。


「どうしたのだ?」


「……眠れない夜にパパが教えてくれたんです。あの星の輝きはずっとずっと昔のもので、私たちの目に届くまでには何十年、何百年、何千年っていう時間がかかってるんだって」


「ああ、そうだな」


「だからさっき、クロノス様とパパの話を聞いて思ったんです。あの星空は私たちの暮らす世界と同じなんだなぁって」


「星空が世界と?」


 意味が分からず聞き返すと、シルは大きく頷き両手を星空に向かって目いっぱい伸ばす。


「生まれた時代は全然違うけど、同じ世界に生きた人たちの願いがあの星たちで、今こうして見上げてる星空が私たちが生きる世界」


 両手で望遠鏡を作って、それをのぞき込むシル。


「大きくて強く輝く星だけだったら、こんなにきれいな星空は作れない。大きい星も小さい星も、それぞれが精一杯輝いているからきれいだなって思えるんです」


「ふふ、なるほどな。面白いことを考えるものだ」


「これからどんな風に輝けるかは分からないですけど、私も私にできることを一生懸命やります。だから見ていてください」


 くるっと振り返って見せてくれた満面の笑み。


「ああ、シルならば出来る。私が保証しよう」


 その笑みを前に口をついて出たのは、何の飾りもない素直な激励の言葉。


「えへへ、時の女神さまが言うなら間違いないですね」


 はにかんで笑うシルに、心がほっと落ち着く。誰からも愛される理由がよく分かる。


「さあ、もう行くがよい。大した手助けはしてやれぬが、そなたの行く末が光に満ちたものになるよう願っている」


『ありがとうございます』と礼を言ってから、家の中へと入っていくシルを見送り、あの子が世界と同じだと言った星空を見上げてみる。


「さしずめ一等星が世界的な偉人や賢人といったところか?だが、確かにその者たちだけではこの星空を作ることはできぬな。たとえ歴史に名を残さずとも、誰かにとって大切な者であれたのならば、それは誰が何と言おうと価値のあることだ」


 アルにとって向こうの世界は、シルやセアラだけでなく、多くの大切な者たちが暮らしている。

 だからこそ彼らのために、アルは魔神の力が完全に覚醒してしまう前にその命を自らの手で終わらせる、それが私の描いた絵であり、アルの覚悟。


「アディ、恨んでくれるなよ」


 既にソルエールの大戦で賽は投げられてしまった。魔神の力とは本来、積もり積もった負の感情によって目覚めるもの。それが皮肉なことに、大切な者たちを守りたいという願いによって目覚めてしまった。

 もはや覚醒は止めることは出来ず、私が描いた結末へと向かうだろう。

 だが、セアラと瀬奈によって他者を思いやる心を持った魔神アル、歴代で最も強い力を開花させた聖女シル。そして互いを想い合う二人の姿に、『もしかしたら』という都合のいい考えが頭から離れない。

 目に飛び込んでくるのは、星空にきらりと瞬く一筋の光。


「……叶うのならばどうか見せてくれ。私の願い、魔神と聖女がともに守る世界の形を」


 柄にもなく流れる星に願いをかけながら、異世界での夜は静かに更けていった。


______おまけ______


「ねえ、有!昨日寝る前にさぁ、めっちゃくちゃいい子供の名前思いついたのよ!」


 瀬奈は道場に入ってくるなり、念入りにストレッチをしていた有に興奮気味に話しかける。


「何回目ですか?それ」


「ふふん、言ってなさい。今度こそ一番だから」


「で、なんて言う名前ですか?」


「それは言えないわね、産まれた時のお楽しみよ」


 あまりにも理不尽でイラっとする物言いに、有は鼻で笑って言い返す。


「とりあえず性別が分かってからにしましょうか。早くしないと超高齢しゅ……」


「たった今、今日の稽古が二倍になりました」


「……理不尽すぎませんかね?」


______あとがき______


 久しぶりの更新です。

 SS第一弾は何にしようかと悩んだのですが、せっかくなのでシルが主人公のお話の宣伝ということで。

『仲間に裏切られて~』はアルとセアラが結ばれる物語なので、綺麗なハッピーエンドで終わらせたいという思いがあり、あえてこのアルとクロノスの会話、特に魔神のくだりは出さないように。

 一方、『銀髪のケット・シー』の主題は、シルがアルの後ろではなく、横に並ぶまでの成長物語ということでしっかり掘り下げてます。


『銀髪のケット・シー』は『仲間に裏切られて~』と並行しての執筆で粗くなってしまったなという反省があり、そのうち完全版を書きたいと密かに構想を練ってます。需要があるかは不明ですが、あくまでも趣味ですからね。書きたいから書く、ということで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る