SS2 セアラからの呼び出し
アルとセアラの結婚式からおよそ三か月後、相も変わらず賑わいを見せる自由都市カペラのメインストリート。
そこから一本入ったところにできた新しい飲食店の個室、落ち着かない様子で待ち人を待つのは二人の女性。
「ラズニエ王国の文化らしいけど、どうもこの靴を脱ぐっていうのには慣れないわね。なんだか前にセアラと行った合コンを思い出すわ」
メリッサが掘りごたつが備え付けられた個室を物珍しそうに見渡しながら、馴染みのない料理が並ぶメニューを眺めていたレイチェルに話しかける。
「ホントどうかしてますよ、既婚者を騙して合コンに連れ出すとか」
「ちょっとちょっと、言い出したのはリタさんよ?二度と呼ばないけどね。絶対に」
かなりの優良物件ぞろいだったにもかかわらず、男性陣全員がセアラと話したがってしまい、まったく出会いの場として成り立たなかった苦い思い出がメリッサの脳裏によみがえる。
「それにしても珍しいですね、セアラさんから招集がかかるなんて」
「そうね、でも察しはついてるわ。そしてこれはチャンスよ」
「?」
「セアラが呼び出すとしたら十中八九アルさんのこと、なんせあの子はアルさんのことなるとポンコツになるからね」
「まあ否定はしませんけど……それがどうしてチャンスになるんですか?」
「今、セアラと私たちの関係は?」
「もちろん友人です、結婚式にも友人として招待してもらえましたし。ちょっと前よりは距離を感じますけど……」
『自業自得ですよね』と言ってがっくりと肩を落とすレイチェル。
以前、セアラの着ていた服をファンクラブで売りさばいていたことがアルにバレてからというもの、それまで協力してくれていたモデルを断るなど距離が開いてしまったことを感じ取っていた。
もともとセアラの熱狂的なファンである彼女。アルを通じてセアラと友人となれたことはこの上ない幸運だった。だからこそこの状況は彼女にとってなかなかに耐え難い。
「そうね、正直私たちはセアラが優しすぎるから、つけあがって調子に乗っていたわ。だから心を入れ替えようと思ってるの」
「……」
疑いのまなざしでメリッサを見るレイチェル。すべての発端はメリッサであり恨み言の一つでも言いたいところではあるが、自分もそれに乗った手前、とりあえず次の言葉を黙って待つ。
「きっと何かしらの助言を求められると思うのよね。そこで親友としてセアラをしっかりと導いて信頼を取り戻すのよ」
「……それで?」
「せめて毎シーズンの新作モデルだけはこれからもやってほしい!」
『売り上げが雲泥の差なのよ!』と叫びながらメリッサが立ち上がると、個室の引き戸がすっと開かれてセアラとシルが姿を見せる。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。外まで聞こえてたけど、売上って何の話をしてたの?」
「こんばんは!」
「う、ううん、何でもないのよ。それより今日はシルちゃんも一緒なのね?」
「うん、だってパパの誕生日の相談だもん」
満面の笑みを見せるシルにつられ、セアラも思わず笑みをこぼす。
「そういうことなの。ごめんね、急に呼び出して」
メリッサとレイチェルは顔を見合わせて『やっぱりアル絡みか』と頷く。
「じゃあ今日はアルさんの誕生日プレゼントの相談ってことですか?」
レイチェルの問いにセアラは大きく頷いて、シルとともに頭を下げる。
「やっぱりメリッサとレイチェルさんは仕事柄、そういうのに慣れてると思って。だから二人の力を貸してください」
「もちろん、そういうことなら大舟に乗ったつもりでいなさいな!」
メリッサが胸をとんとんと叩くと同時に、シルのお腹がぐぅと鳴る。
「ねぇ、お腹空いたよ」
「ふふっ、今日は忙しかったものね。とりあえず話は食べてからってことで」
____________
運ばれてきた食事に舌鼓を打ち、あらかた空腹が落ち着いたころ、メリッサがすっかり気に入った日本酒をグイっとあおってセアラに尋ねる。
「ところで私たちに相談するってことは、やっぱりモノで考えているのよね?」
「うん、もちろんパーティーはするつもりだけどね。出来れば普段使いできるようなものをプレゼントできればいいかなって」
「なるほど……それではこちらはいかがでしょう?」
急に営業モードの口調に変わったレイチェルが得意の収納魔法で取り出したのは、男性用腕時計のカタログ。
「腕時計、ですか……?」
「えぇー、腕時計?」
その提案に懐疑的な反応を見せるセアラとシル。
二人が知る限り、アルはアクセサリーといった類のものを好んでつけたためしがなく、唯一の例外がセアラとの結婚指輪。片時も外すことはない。
「確かに定番かもしれませんが、私たちからのプレゼントだからと無理につけてもらうのは心苦しいんですよね……」
「うん、パパって一つも腕時計持ってないから、あんまりいらないんじゃないかなぁ?いるなら自分で買うと思うし……」
「……それにしても、どれもいいお値段ですね」
金貨五枚以上が当たり前の腕時計カタログをパラパラとめくるセアラとシル。アルの物に対する価値観は機能が最優先。時間が分かればそれでいい時計に、これほどまでの価値を見出すとは思えない。
「よろしいですか、セアラさん、シルちゃん。腕時計とは単に時間を確認するためのものではありません。むしろ時間を確認することなどオマケと言っても過言ではございません」
「「……どういう?」」
息ぴったりに首をかしげるセアラとシル。
レイチェルが口を開こうとすると、空になったぐい飲みをわざと音を立ててテーブルに置き、それを遮るメリッサ。
「どんな腕時計をしているか、それが男のステータス!!」
レイチェルはこくりと頷き、先ほど言うはずだった言葉を続ける。
「と、言われておりますね。もともとは貴族男性の間で生まれた価値観だったのですが、それが最近になって平民にも浸透してきた、ということですね。特にここカペラは比較的裕福な方が多いため、皆様、競うように高価な腕時計をお求めになられているんですよ」
「二人の希望の普段使いっていうのとはちょっと違うかもしれないけれど、今後フォーマルな場所に行く時のために、一つくらいはいいものを持っておいて損はないと思わない?」
二人のセールストークはさすがと言わざるを得ない。
全く乗り気でなかったセアラとシルの心は完全に逆方向へと傾いていた。
「どうしよう、なんだか凄くいいプレゼントのような気がしてきた」
「うん、私も……」
「ふふ、これでもカペラを代表する商会の従業員と(自称)新進気鋭のブティックの店長よ?」
ふふんと胸を張るメリッサ。そしてレイチェルは口調を友人らしいものに変えて二人を落としにかかる。
「高価なのは確かですけど本当にお勧めできますよ。結婚式の日、アルさんは領地に移住者を受け入れていくと宣言されたと聞いています。言ってみれば小さな国を持ったようなもの。であれば相応の身なりが必要になる場は、これからも少なくないんじゃないでしょうか?」
「……なるほど。確かにそうですね」
「外見だけで人を判断するのは愚かなことよ。どれだけ高価なもので着飾ったって、それがその人の本質を表すものにはなりえないもの。だけどね、私から言わせてもらえば、然るべき場で自分の外見に気を使えないような人は信頼されなくても文句は言えないわ。だってその場を軽んじているって言っているようなものだもの。アルさんはそれが分からないような人じゃないよ」
「……うん、そうね。私もそう思う」
セアラは二人に対して大げさすぎるほどに深く頭を下げると、シルもそれにならってぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、メリッサ、レイチェルさん。本当にありがとう」
「な、何を言ってるんですか、水臭いですよ?」
「そうよ、これくらい大したことないわ。私たちの仲じゃないの」
「ううん、そうじゃないの。二人がアルさんのこと、分かってくれてるのが嬉しくって」
セアラが顔を上げて言ったその言葉に、メリッサとレイチェルは同時に大きくため息をつく。
「何言ってんのよ。本当にセアラって時々変なことを言うわね」
「私たちがアルさんのことを理解出来ているのは、セアラさんとシルちゃん、二人がいるからです。だからお礼を言われることじゃないんですよ」
「「どういうこと?」」
「はぁ、仕方ないわね……」
メリッサはそう言うと、わざとらしく咳払いをして声高に宣言する。
「それでは発表します!カペラの人達に聞いたアルさんへの第一印象(私調べ)!!」
訳が分からずぽかんとしているセアラとシル。そして空気を読んだレイチェルの空々しい拍手がパチパチパチと個室に響く。
「まず圧倒的多数だったのが『怖い』、掘り下げてみると『話しかけづらい、怖い』、『威圧感がある、怖い』、『厳つい、怖い』など多種多様なバリエーションがあり、なんとこれらがほぼ九割を占めるという結果に。一方で少数ながら『不愛想だが根はいい奴』、『相手を思いやれる素敵な人』といった意見……」
「ちょっと待って!その最後のは誰?誰の意見なの!?」
セアラがメリッサに食い気味に尋ねると、シルもフンフンと鼻息荒く頷く。
「申し訳ありませんがソースは……って本題はそこじゃなくて!!」
「確かに以前のアルさんは人を遠ざけていたこともあって、怖いという印象を抱く人が多かったです。でも今のカペラでそんなこと思ってる人はほとんどいないんですよ。私もそうですけど、アルさんは自分たちと同じように家族を大切にする普通の人だと分かったので」
「アルさんと一緒にいるとき、二人は本っ当に楽しそうで幸せそうだしね。だからみんな色眼鏡なしにアルさんを見られるようになって、その人となりを理解出来るようになったってワケ。そのうえアルさんが置かれていた境遇も徐々に広まって、今では好意的な印象を抱く人がほとんどよ」
「その分、お二人ほどではないですが、モテるようになっちゃいましたけどね」
「えぇ?ママ以外の人がパパを好きになるの?それはなんか嫌だなぁ」
セアラが不満を口にするより先に、シルが口を尖らせる。
「ふふ、そこは諦めないとね。アルさんが慕われる理由なんて、二人が一番よく分かってるでしょ?」
「でも大丈夫ですよ。心配しなくてもアルさんに手を出す人なんていませんから」
「そうそう。アルさん、セアラ、シルちゃん、それぞれにファンがいるけれど、結局みんな三人が一緒にいるところを見るのが好きなのよ。ええっと、それってなんて言ったかしら?」
「『ハコ推し』ですね。それをぶち壊そうものなら
そう言いながらレイチェルが黒い微笑みを見せる。
「良かったぁ、じゃあ安心だね」
ホッとするシル、一方で真っ赤になった顔を伏せ肩を震わせているセアラ。
(はわわ、それってつまりみんな町での私たちのこと見てたってこと?じゃあもしかして……)
「ああ、そういえば……セアラ、人が少ないからってどこでもキスするのはちょっとどうかと思うわよ?」
「もおぉぉぉ!そういうの気づかないフリしてよ!!」
「いやいや、言ってあげるのが優しさってもんでしょ。だってそうじゃないとそれ以上のこと……」
「す、す、するわけないでしょ!?」
「あー、その反応怪しいなぁ?さては……」
「お二人とも、シルちゃんもいるのに何を言ってるんですか?」
レイチェルからのまっとうな指摘に、セアラとメリッサはしまったと顔を見合わせシルの様子をうかがうが、当の本人はカタログをじっと眺めたまま微動だにしない。
そしてばっと顔を上げ、一つの商品を指さして目を輝かせる。
「ねぇ、ママ。もう一個、これなんか普段使いにいいんじゃない?ママと私と二人からだから、かっこいい時計とこれの二つ贈ろうよ」
____________
「それではギルドからの依頼、カペラダンジョン内における変異種のモンスター調査受注完了です。お気をつけて……って、あれ?珍しいですね、アルさんが懐中時計なんて」
「ああ、セアラとシルからの誕生日プレゼントなんだよ」
ギルドの猫獣人受付嬢のアンに柔らかい笑顔を見せるアル。
「あんまり必要性を感じてなかったんだが、あったらあったで便利なんだよ。特に今日みたいにダンジョンに入るときは時間の感覚が分からなくなるしな」
そのいつもと違う柔和な雰囲気にアンはピンと耳を立て、身を乗り出して懐中時計を覗き見る。
「あー!そんなこと言ってますけど、本当は蓋の裏側のセアラさんとシルちゃんの写真が見たいだけですよねぇ?」
「覗くなよ……仕方ないだろ?用もないのに顔を見に行って仕事の邪魔をするわけにはいかないんだから」
悪戯っぽい笑みを浮かべているアンの顔をぐっと押し戻しながら、ばつが悪そうにアルが言う。
「ふふ、じゃあこれはアルさんにとって最高のプレゼントですね」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「はい、どうかお気をつけて」
ポケットに懐中時計を入れ、手を挙げて応えるアルを見送りながら、『ほらね、私の第一印象は正しかった』とひそかに思うアンであった。
______おまけ______
「メリッサ、ありがとう。アルさん、すっごく喜んでくれた」
メリッサの店にやって来たセアラ。その顔を見れば、プレゼントが大成功だったことは聞かずとも分かるというもの。
「それは良かったわね」
「それで二人には何かお礼をしたいんだけど」
「じゃあ……また新作のモデルやってくれないかしら?もちろん服は全部あげるから」
待ちわびたその言葉にがっつくことなく、あくまでもお願いという体で用意していた望みを言うメリッサ。
「モデル?そんなのでいいの?」
「へ?アルさんから何も聞いてないの?」
あまりにもあっさりとした反応に、思わずこぼれてしまった言葉。
「……単にアルさんが私がモデルやることに、あんまりいい顔してなかったから断ってたんだけど」
メリッサが藪をつついて蛇を出してしまったと気付いたときには既に手遅れ。セアラが威圧感たっぷりに微笑みながら、メリッサの頬を片手で鷲掴みにする。
「うふふ、メリッサ。どうやら私たち、じっくり『おはなし』する必要がありそうだと思わない?」
「ふぁい……しょうでしゅね……」
そしてメリッサは骨の髄まで叩き込まれる。厳しいと思っていたアルは女性に甘かったことを、優しいと思っていたセアラは全くもって容赦がないということを。
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