SS3-1 異世界からの来訪者

 フォーレスタの森。かつて一部の者から凶悪なモンスターが巣食う魔の森として恐れられたその地は、英雄の領地となり少しずつ開拓が行われていた。

 開拓の方法は至ってシンプル。魔法によって身体能力を引き上げて木を抜いて行く、ただそれだけ。アルにしかできない芸当であった。


「さてと。この木はどうしたもんかな……」


 そこまで独り言ち、ふと気が付く。


「ああ、新しい家に使えばいいのか。どうせこの先、移住者を受け入れる……」


「……たす……っーーー」


「……今のは悲鳴?こんなところで?」


 魔界への入り口があるという森の深奥。そこに近づけば近づくほど魔素と呼ばれる空気中の成分は濃くなりモンスターの強さは上がっていく。中にはアルですら手を焼くモノもおり、それなりにレベルの高いカペラの冒険者でも森の奥には近づこうとはしない。


「ちっ、どこのバカだ!自殺願望でもあるのか!?」


 悪態をつきながらも、既にアルは身体強化魔法のレベルを一段階引き上げて動き出している。

 目にも留まらぬ速度で鬱蒼とした森を駆け抜けていくと、段々と甲高い悲鳴がハッキリと耳に届き、やがてゆうに二メートルはある熊型のモンスターが人に馬乗りになっている様子が目に飛び込んでくる。


「どけぇっ!」


 アルが取り出していた愛用のメイスを百メートル以上先の熊に向かって力いっぱい投げつけると、直撃を受けた熊の上半身が血しぶきをあげながらはじけ飛ぶ。

 眼前で繰り広げられたそのショッキングな映像と安堵からか、必死に抵抗していた男は気を失ってそのままぐったりと仰向けに倒れ込む。


「……酷いな」


 生臭い血の海に横たわる男性を見下ろすアルの顔が歪む。それは一目見て分かる致命傷。

 今にも途切れそうな弱弱しい呼吸。熊の牙から頭を守ろうと差し出した右腕は肘から先が皮一枚で繋がっている有様で、腹には深々と鋭い爪が突き立てられたであろう跡がある。

 ひとまず魔法によって治癒を施すことで流れる血の量は減少したものの、もはや時間稼ぎにしかならないことは明白だった。このまま血を失い続ければ死は免れないが、腕の欠損や内臓の深刻な損傷まではアルの力ではどうにも出来ない。


「あ、あの!」


 アルが声がしたほうに目線だけを向けると、そこには横たわる男性の家族と思しき黒い髪をした三人組。もともとは小ぎれいであったであろうその身なりは汗と土にまみれており、熊に襲われた家族を父親が身を挺して守ったのだろうと推測できた。


「な、なにを……なさっているんですか?」


 この逼迫した状況の中、おそらくは妻であろう女性に明らかなことを尋ねられ、アルは煩わしそうに答える。


「なにって……見て分からないのか?魔法で治療してるんだ」


「まほ……う……?」


 アルの答えを反芻する女性の目は虚ろで、この目の前の光景を受け容れられないでいるよう。

 その反応を含めアルは種々の違和感をこの家族から感じていたが、それを振り払って再び治療に集中する。


「お、お父さんを助けてください!お願いします!!」


「お願いします!!」


 シルと同い年くらいの女の子と、それよりも少し年下の男の子が涙を溜めた目でアルに訴えかける。


(そうしてやりたいのはやまやまなんだが、これはもう……せめてここに……)


「パパ!」


 ここにシルがいればと思ったその矢先、アルの耳に娘の声が飛び込んでくる。


「変わるよ!!」


「シル?どうしてここに」


「畑で雑草取ってたら悲鳴が聞こえたの。私、耳がいいから」


 そう言って耳をぴくぴくと動かすシルは、男性に両手をかざして聖女の力を存分に注ぎ込む。


(相変わらず……いや、以前より凄いな)


 治癒魔法においても一流と言って差し支えないアルですら、出血を止めるだけで精一杯だった傷。見る見るうちに腹の穴は塞がり、千切れかけていた腕すらもきれいに治っていく。

 瀬奈に会いに行った日から、シルはよりいっそう魔法の修練に励んでいる。アルとセアラからは少し焦りを感じているようにも見えるのだが、それも成長の過程の一つなのだろうと今は何も言わずに見守っている。


「ふぅ、もう大丈夫。でも無くなった血を作ることは出来ないから、しばらくは目が覚めないと思う。パパが血を止めてくれてなかったら危なかったよ」


「ね……猫の耳にしっぽ……?え?人、なの?」


 父親の命の危機、その原因を一撃で屠り、魔法で治療を行う男。その男をパパと呼ぶ猫の特徴を有した少女が見せた奇跡。信じ難い出来事の連続に男性の家族たちは酷く混乱していた。


「……この子はケット・シーだ。そんなことより父親を助けてくれた恩人に礼くらい言ったらどうなんだ?」


 その混乱を理解しながらも、シルにそそがれる視線に含まれる感情にアルは苛立ちを隠さずに言い放つ。


「あ、その、すみません。本当にありがとうございます」


 ケット・シーと言われても全く理解できない様子ではあるが、妻と思しき女性が頭を下げると、二人の子供もそれに倣う。

 そして促されたものとは言え、心のこもったその言葉にアルはひとまず溜飲を下げるが、当のシルは頭上にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げている。


「……ねぇパパ、この人たちなんて言ってるの?」


「!?……ああ、そういうことか……さっきから感じていた違和感の正体はそれだったのか……」


 シルの言葉に驚きの表情を浮かべたアルはすぐに自嘲気味に笑う。


「いくら切羽詰まった状況だからって気が付かないなんてな」


「どういうこと?」


「この人たちの言葉はこの世界のものじゃない、だからシルには分からないんだ」


「この世界の……じゃあなんでパパは……?あ、まさか……」


「そう、俺のいた国からの、日本からの転移者ってことだ」


____________


 森で保護した一家を家へと招いたアルは二階の客室のベッドに父親を寝かせ、その場に三人を残しリビングへと降りてくる。


「参ったな、転移者だったなんて……」


 自分が召喚された時のことを思い返し、先程の当たりの強さを反省して大きく息を吐くアル。


「アル君は真面目過ぎ。二人が命の恩人であることに間違いはないんだから、気にしないことよ。私も転移者っていうのを見るのは初めてだしね」


 すかさずフォローするリタ。普段は自由人な彼女ではあるが、こういう時はさすがに年長者としての余裕がある。


「へぇ、そうなんだ。この世界って結構アルさんのいた世界の文化が入ってるから、もっとたくさんいるのかと思ってた」


「長い歴史で見れば少なくないってだけで、そうそうお目にかかれないわよ。実際セアラだって会ったことないでしょ?」


 セアラの確かにという反応を確認してリタが続ける。


「それでこれからのことなんだけど、元の世界に戻すってのは無しなのよね?」


 アルがこくりと頷く。

 元の世界、元の時代に戻るためにはクロノスの手伝いが絶対に必要になる。ただでさえ瀬奈のことで甘えてしまっていると自覚しているアルとしては、彼女が自分に好意的だからと言って、さすがに女神様をいい様に使う訳にはいかない。


「うん、それならアル君がいた国の人ならラズニエ王国に連れていくのがいいんじゃないかしら?あそこは先代勇者が作った国だけあって、ほかよりも馴染みやすいと思うのよ」


「ああ、なるほど。ルシアさんから招待されていますし、一度相談してみます」


「ええ、それがいいわ」


 そんなアルとリタの会話の横で何か考え込んでいる様子のセアラ。


「セアラ、どうしたんだ?」


「……あ、私ラズニエ王国に行ったらやりたいことがあったんです。だからいい機会かもしれないと思って」


「珍しいね、ママがそんなこと言うなんて」


「私がっていうより、アルさんとも前に話してたことですよ?」


「俺が……?さっぱり分からないんだが」


『えぇ……?』という顔をしたセアラが、不満げにため息をついて【やりたいこと】を口に出す。


「新しい家を、それも温泉付きの素敵な家を建ててくれる人を探したいんです」

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