最終話 願いが紡ぐ未来(前編・瀬奈)

※前書き

やっと最終話までたどり着きました。最終話は前編、中編、後編、それぞれ瀬奈、セアラ、アル視点のお話となります。


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「急げ急げ、生配信始まっちゃうって。じゃあ先生、ありがとうございました!さようなら!!」


「はい、さようなら。車に気をつけて帰るのよ」


 柔道着のまま道場を飛び出していく子供たち。その背中に声を掛けても、子供たちは振り返りもせずに手をぶんぶんと振って家路を駆けていく。私よりもY〇u tuberのほうが大切だなんて、先生とっても悲しいです。どうやらもう一度礼儀というものを教えてあげないといけないみたいね。


「さてと、私も後片付けして帰ろうかな」


 誰もいなくなった道場を見渡すと、ふと寂しさがこみあげてくる。

 柔道、空手、剣道、居合、柔術、かじっただけなら他にも色々。その経験を生かし約二年前から児童養護施設の職員の傍ら、こうして毎日のように子供たち相手に様々な教室を開いて、今ではそれなりの収入を得ている。突然言い出したことだったのに、持つべきものは理解のある旦那様ね。

 想像以上に子供たちの成長を見るのは楽しいし、やりがいもある。だけど始めたきっかけは不純なものだった。いなくなってしまった最初の弟子の存在を別の子で埋めたかっただなんて、口が裂けても言えないわ。まあ敢えて聞かないだけで、始めたタイミングからして旦那様は当然お見通しだろうけど。

 私と同様、あの子にも色々教えてあげたけれど、本人が一番熱心だったのが居合。なんで居合?と思う気持ちは分かるけれど、私に言わせればそれほど意外なことでもない。規格外の力を持っていたせいで、柔道をやらせれば技に繋げるための崩しなど必要無く、空手なんて言わずもがな。上達している感覚以上に結果がついてきてしまう、贅沢な悩みだとは思うけれど、もどかしい気持ちがあったんだろう。不器用だけど身体能力は抜群、そんな子だったからこそ心技体のうち、心と技の比率が大きい居合が面白かったのよね。


「それにしても気が付けばもう二年、ほんとどこに行っちゃったのよ」


 無事でいるとは思うけれどね。あの子には事件に巻き込まれようとも、自力でどうにか出来る方法は教えてあるし、生来持っている並外れた力もある。生半可な暴力ではあっという間に返り討ちよ。

 じゃあやっぱり自分からいなくなった?だけどあの子は私に黙って姿を消すような子ではないはず……まあ大分しごいたのは確かだけど、恨まれてはない、と思う。

 そして行き着く先はいつも同じ。有を連れてきたオレンジ色の髪の女性。恐らく彼女が何らかの鍵を握っているのではないかということ。だけどそんなか細い手掛かりでは、いくら探しても何の痕跡も見つからない。文字通りこの世界から消えてしまったよう。


ガタガタッ


 思考を途切れさせたのは道場の入口の引き戸を開けようと苦戦する音、誰か忘れ物でもして戻ってきたのかしら。


「どうしたの?忘れもの?」


「相変わらず建付け悪いなあ……」


 聞き覚えのある声に体がびくりと反応し、次いでガラガラと開かれる建付けの悪い入口の引き戸。


「……え?」


 道場の入口に立っていたのは一人の精悍な顔つきをした男性。


「お久しぶりです」


「……もしかして、有……なの?」


 口には出したものの、幼さの消えた顔立ち、より一層たくましくなった体格……それ以上にまとう雰囲気が、私の知っているあの子とは大きく違っている。だけど別人だとは思えない。


「はい、ご心配おかけしました。突然いなくなってごめんなさい」


 ……反則よ。ただでさえ色んな感情がぐちゃぐちゃで何を言っていいか分からないのに、さっさと謝られたら感情を爆発させることすら出来ないじゃないの。


「っ……ダメね……言いたいことがたくさんあったはずなのに、なかなか言葉が出てこないわ」


「先生……」


「おいで」


 だけど出来ることはある、私は両手を広げて有を迎え入れる。頭は働かなくても体は働いてくれる。そもそも幾度となく稽古で対話を繰り返してきた私たちの間に、言葉なんてそれほど意味を持たない。


「ふふ、痛いわよ。相変わらず力が強いわね」


 何年振りかしら、こうして有とハグをするのは。今はただこの力強さと体温が懐かしい。

 そして私が発した痛いという言葉に有の力が緩んだのを感じると、瞬時に左足を引いて半身になり、引きずり倒すように崩して投げを打つ。


「っ!」


 心の隙を突いたはずの渾身の投げがピタリと止まる、まさに巨岩に技をかけているがごとき感触。有はしっかりと右足を踏み出し、右自護体で投げを防いで見せた。

 瞬時に受け身をとる練習だと言って、昔ふざけてよくやった不意打ち。これは初見でこうも見事に防がれるような甘いものじゃない。


「本当に……本当にあなたなのね。おかえりなさい、有」


「うん……ただいま、先生」


 一割の疑念がゼロになるとともに、自然と涙がこみ上げる。なんとも色気のない方法だとは思うけれど、そんなことは気にしない。これが私と有を繋ぐ絆のカタチなのだから。


____________


「ねぇ有、本当にここでいいの?お茶くらい出すわよ?」


 再びの抱擁の後、私と有は赤くなった目で畳にひかれた開始線を挟んで正座し相対する。


「いや、誰も来ないところがいい。他の人には聞かれたくない話だから」


「……オレンジ色の髪をした女性のこと?」


 どうやら私の推測は的外れではなかったようで、有の顔に驚きの色が見える。だけどそれよりも気になるのは、私との再会を喜んでいる間も、その顔にとある色が張り付いたままだということ。


「……その人のことも含めて全部だよ。でも一番は先生にどうしても紹介したい人がいて来たんだ」


「紹介したい人?」


「うん、セアラ、入って来てくれ」


 有が招き入れた人は少しゆったり目のワンピースを着た、金髪に瑠璃色の瞳をした外国の女性。息をのむような美しさと、少女のような可憐さが同居する飛び切りの美人さん。


「初めまして、アル……ユウさんの妻、セアラと申します」


「ああ、はい……つまね……つま……?……ええっ?」


 そんな美人さんのボロ道場には似合わない優雅な礼に見惚れてしまい、話の内容を完全にスルーしてしまいそうになるが、どうにか頭に残っている音を引っぱり出して反芻する。

 見た目は完全に外国の方なのに、流暢な日本語だった。そして私の聞き間違いじゃなかったら、つまって、そう、有のつまって言った、よね?


「つ、つまと言うとその、伴侶というかパートナーというか……」


「はい、その妻で間違いありません。そしてこのように突然押しかけるという非礼、大変申し訳ございません」


 力強く肯定された。どうやら間違いじゃないらしい。それにしても本当に仕草がいちいち絵になる子ねぇ。どこかの令嬢さんなのかしら?それにしてもあのワンピース……って私、柔道着のままじゃないの。


「こちらこそこんな格好で……ってそんなことより有!結婚したの?いつ?」


「一年前かな」


 照れているのか、ふっと目をそらす有。


「それで私に紹介しようと?」


「うん、約束だったからさ」


 今度は屈託の無い笑顔を向けてくる。まるで昔のあの子を見ているよう。さぞかし私が喜んでくれることを期待して、帰ってきてくれたんでしょうね。

 だけどね、有、息子同然に思っている弟子の可愛いお嫁さんを、汗臭い道場でいきなり紹介されて喜ぶ師匠がどこにいるのかしら?いや、いるはずがない。

 それにあなたには見えてないの?お嫁さん、セアラさんだったかしら?こんなところに連れてこられてちょっと困惑してるじゃないの。

 うぅん、それにしても本当に抜群の容姿だわ。正直、性格を度外視して外見だけで選んだとしても、余裕でお釣りが来そう……有、騙されてないかしら?


「あのね、有、お嫁さんを連れてきてるのに何のおもてなしもしないなんて、そんなわけにはいかないでしょう?」


「いや、まあ事情が事情だったからいいかなって」


 どうやら礼儀をもう一度教えないといけないのはこの子も同じようだ。もしかしたら私の指導能力には難があるのかもしれない。まあそれは後で反省するとして、


「家にいらっしゃい、今日はあの人出張で帰って来ないから。晩ご飯くらい一緒に食べる時間はあるんでしょ?」


 有の帰りが嬉しくないはずがない。でも小言を言った手前、私は平静を装って綻びそうになる口元を晒さないように二人の横を澄まし顔で通り過ぎる。

 靴を履き忘れていることに気付いたのは約五分後、家に着いてからだった。

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