第198.5話 二つの記憶

「なぁ、魔王を倒したらお前らはどうするんだ?」


 魔王討伐の道中、宿に併設された食堂にて、異世界からの勇者ユウキが三人に向かって尋ねる。


「まだまだこれからって時に何緩いこと言ってんの?もっと緊張感を持ったら?」


 そんなセリフとは裏腹に手酌でワインをがばがば飲んでいくルシアに、ユウキは呆れた様子で言い返す。


「今からそんなんじゃ気疲れしちまうだろ?それに、そういうのを心に決めておいたほうが頑張れるってもんだろ?」


「うーん……私は聖女の役割を果たさないとですね」


 困ったように笑うのは聖女リリア。

 聖女として人を救うことが嫌なわけではない。それでも魔王討伐という至上命題はあるものの、多くのものに触れられる今の自由な旅から、厳しく管理された鳥かごの中に逆戻りになってしまうことを思うと、言い表しようのない複雑な気持ちになってしまう。


「そ、そうか……その……リリアは大変だな」


「はい。なので皆さん、たまにでいいので会いに来てくださいね?」


「お、おう」


パァン


「ってぇ!」


 食堂にユウキの後頭部がはじける音と悲鳴が響く。


「あんたはほんっとに!」


 そもそもユウキが突然この話題を振ったのは、本当はリリアに伝えたい言葉があるから。にも関わらず煮え切らない態度のユウキをルシアがギラリと睨みつける。

 だが、そうしたことに疎いリリアは、ただただ親友の突然の凶行に目を白黒させ、一方でアスモデウスはまるで動じずにアフロディーテとの未来に思いを馳せて独り言つ。


「静かな場所でアディとのんびり暮らすのも悪くないな」


「ふぅん、じゃあのんびりついでに子供でも作ったらどうなんだ?せっかく寿命が長いんだからよ」


 その独り言を耳ざとく聞きつけたユウキが、後頭部をさすりながら茶化すように言う。


「……ユウキ、お前は異世界から来たゆえ知らぬであろうが、魔族と神族は子を成してはならぬのだ」


 アスモデウスが魔族と神族の子が『禁忌の子』と呼ばれるその理由について淡々と説明するが、それを聞いたうえでユウキはあっけらかんと言い放つ。


「だったらお前がちゃんと守ってやればいいじゃねえか。普通に暮らしてれば魔神の力は暴走しないんだろ?あ、でも、いつまでも親元ってわけにもいかねえか……」


 そしてユウキは一頻り悩んだのち、『いいこと思いついた』と続ける。


「じゃあお前が次の魔王になって世界を変えてやれよ。種族の差別とかも全部なくして、お前たちの子供も含めて誰もが幸せに暮らせるようにさ。お前なら出来るって」


 立ち上がり、一点の曇りもない笑顔を見せるユウキに、アスモデウスは反論することが出来ず、ただ呆然とした表情で見上げるだけ。


「はぁ~?こいつが魔王?ナイナイ、柄じゃないでしょ」


「ですが次の魔王というのは考えなくてはならない問題だと思いますよ。また同じように地上に仇をなす方では困りますからね。その点、アスモデウスさんなら私も安心です」


「あ~、なるほど、そういう考え方もあるのかぁ。よし、じゃあ次の魔王はあんたに決定!」


 ルシアはコロリと意見を翻し、空になったワインの瓶をアスモデウスに突き付け『異論は一切認めませ~ん』と顔を覗き込みながら言い放つ。


「もう酔っておるのか、酒臭い。勝手に話を進めるでない」


 うざ絡みをしてくるルシアの頭を鷲掴みにして、無理やりに座らせるアスモデウス。旅を通して見慣れた二人のやり取りを見ながら、ユウキは『あくまでも俺個人の意見なんだが』と言って続ける。


「お前は何でもこなせる凄いやつだと思う。だけど、そのせいかどっか退屈そうっていうか、一歩引いて生きてるように見えるんだよ。アディと出会って少しずつ変わってきたと思うけど、俺はもっとお前に生きることを楽しんでほしいって思う」


 その言葉にリリアがこくこくと頷いて訴える。


「差し出がましいとは思いますが、アディさん、本当は望んでいるんじゃないかなって思います。よくお子様連れのご家族を羨ましそうに見ておられましたもの。だからちゃんとアスモデウスさんのお気持ちを伝えて、お話をしてみてください。お二人がどのような道を選ばれるとしても、きっと必要なことだと思いますから」


「だいたいあんたはいっつも慎重すぎなのよ。魔王になるっていうんだから、どーんとふんぞり返って構えてなさいよ。あんたたちだけで手に負えなくたって、私たちがいるんだからどうにでもなるって」


「……まだなるとは言っておらぬであろう…………本当におせっかいな奴らだ」


 アスモデウスはグラスに注がれていたワインを飲み干すと、ふぅと大きく息を吐く。


「……だが、心には留めておこう」


 それがアスモデウスなりの感謝の言葉だということを知る三人は、にやにやと笑いながら、耳の赤くなった次期魔王に酒を勧めるのだった。


__________


 執務机と応接用の机とソファだけの質素な学園長室で、お世辞にも上等とは言えないイスにふんぞり返って座る大柄な男、ガルフレイド・グランヴェール。そしてその前に立つのは、疲労感たっぷりながらもほっとした表情の若き日のノクス・グランヴェール。


「ひとまずグランヴェール騎士学園のスタートですね」


「ああ、やっとここまで来たって感じだな」


「本当です。父上の思いつきから一年、私たちがどれほど苦労したと?」


「ハハッ、悪い悪い」


 口先だけで微塵も思っていない様子のガルフレイドではあるが、ノクスはいつものことだと気にも留めず、その代わりに一年間温め続けた疑問をぶつける。


「では、そろそろこの学園を作られた本当の理由を教えていただけませんか?いかにこの地が資源が乏しく不毛とはいえ、金を稼ぐ方法としては効率が悪すぎます」


「まあ当然そう来るわな。いいぜ、どのみち俺の跡を継ぐことになるお前には、言っておかなきゃなんねえことだからな」


 ガルフレイドは執務机の一番下の引き出しを開けると、安物のウイスキーをグラスになみなみと注いで一息で飲み干す。


なげえこと戦場にいるとたまに出会でくわすんだよ、戦場こんなとこで敵同士じゃなかったら、ダチになれてたんだろうなって奴とな」


「ええ、私にも経験がありますよ。実際、友人になれたことなど一度もありませんが」


「多分それは俺らが傭兵だからって訳じゃなくって、むしろ敵を選べねえ、普通に軍に所属してる奴の方が多いんじゃねえかな。だから考えたんだよ、国っていう枠組みをとっぱらって、ただ一人の人間として向き合える場所が、お互いを理解し合える場所が必要なんじゃねえかってな」


「……平民ならばあるいは……ですが貴族は難しいと思いますよ。国への帰属意識というものは、幼少期から刷り込まれるものですから」


「別に帰属意識を無くそうってわけじゃねえんだ。ただ、ここで国を超えたダチが出来たとして、いつかそいつらの国同士が戦争になりそうになった時、それをどうにか回避しようって考えるような、そんな奴が一人でも増えりゃあ、この学園を作った価値はあるとは思わねえか?」


 顎に手を当て考え込むノクスに、ガルフレイドは諭すような口調で続ける。


「別にこれが世界を変える一歩だなんて思ってねえし、俺にはそんな大それたことは出来ねえ。それでもこうして種をまくことは出来る。そうしたらいつか俺の意図を理解して、この学園をうまく使ってくれるヤツがいるはずだ」


『お前がやってくれてもいいんだぞ?』とガルフレイドが大真面目に言うが、ノクスは自分の器が父に及ばぬことを十分に理解している。


「……それならば生徒数をさっさと増やしましょう。いくら初年度とはいえ、十人にも満たないのは少なすぎます。おまけに親から見捨てられたような問題児だらけ、入学式の荒れようをご覧になったでしょう?」


 ノクスは誓う。及ばぬのならば、せめてその理念だけは失わせぬ、守り続けてみせると。いつかガルフレイドが言う人物が現れるまで。


「おお、あの大乱闘は傑作だったな!」


 くっくっと肩を震わせて笑うガルフレイド。


「笑い事じゃありませんよ……」


「ま、そこは焦っても仕方ねえよ。なんせ俺らは世間から見りゃあ、腕っぷしで成り上がりの荒くれ者でしかねえし、実際そうだからな。今できる最善は、あの元気が有り余った生徒ワルガキどもを一丁前にしてやること。そうすりゃあ、そのうち増えてくるってもんだ」


 それからおよそ三十年、厳しくも丁寧な教育と確かな実績でグランヴェールは生徒数を着実に増やしていく。

 ガルフレイドとノクスにとって待ち望んだ人物との出会いは、もうすぐそこまで迫っていた。


__________


※あとがき


本編を展開していくうえで、この二つのエピソードはどうしても必要でした。必要でしたが、本編に入れるとなんだか冗長な印象が否めず、こうした形になりました。

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