第198話 世界を変える方法

「お久しぶりですな。アスモデウス殿」


 シルに手を引かれながら現れたのは、グランヴェールの二代目国王、ノクス・グランヴェール。シルに礼を言ってから進み出ると、アスモデウスとがっちりと握手を交わす。


「うむ、ソルエール以来になるか。体調は如何か?」


「聖女様のおかげで、ここ最近では一番ですな。こうして自分の足で歩くことも久しぶりのこと」


「それは何よりだ。無理を言ってすまなかったな、シル」


 二人の王から同時に感謝を向けられたシルであったが、特に委縮することもなく、年相応にえへへと笑って『大丈夫だよ』と返す。


「あら、ここまで連れてきたのは私なんだけど?」


「面倒をかけたな、礼を言う」


 予想外の言葉が返ってきたことで、不満げだったルシアは拍子抜けして口をパクパクさせ、アスモデウスはそれ見てしたり顔で笑う。

 その一方で、ノクスはあらかじめ受けていた説明と現在の状況から、この場で起きたことを推察しセアラに向かって頭を下げる。


「『戦場の女神』殿、愚息が大変申し訳ないことをした。私から謝らせてもらいたい」


「い、いえ。先ほど発言の撤回と謝罪を頂きましたし、私もそれを受け入れましたので」


 セアラが戸惑いながら、助けを求めるようにアスモデウスに視線を送る。


「グランヴェールの王は長らく体調を崩しておってな。今回の件はそれが絡んでおるのではないかと思ったのだが……」


 アスモデウスとノクスからじっと見られ、ばつが悪そうに大きな体躯を小さくするディートリヒ。


「聞くまでも無いようだ」


「全くもって言い訳にもならぬが……知っての通り、我が国は先代の王の理念を守り中立を保ち続けておるのだが、そのためには内外からの圧力を跳ね除ける力が無くてはならぬ。そばで私を見続けてきたディートリヒが一番よく分かっておるのだろう」


「だからどの国にも属さない私の、いえ『戦場の女神』の名が持つ力が必要だったのですね」


「ご、誤解しないでいただきたい!私が貴女をお慕いしていたのは本当なのです……その、利用しようとしたことにつきましては……」


「大丈夫ですよ。私も王族の端くれでしたから、国を守ることの重要さは普通の人よりは理解しているつもりです」


「う……」


 謝罪の言葉を遮るように、にっこりと笑うセアラ。そもそも彼女にとっては応えるつもりのない想い。そこにどのような思惑があろうとも、心が動くことはない。いちち謝罪されるだけ迷惑だと言わんばかりの対応に、ディートリヒはすっかり意気消沈してしまう。


「して、アスモデウス殿。よもや私をここに呼んだ理由が、息子の不始末に対する謝罪要求だけ、というわけではないでしょうな?」


 ここからが本題と言うように、ノクスが威厳のある声で尋ねる。


「さすがに話が早くて助かるな」


「……聞きましょう」


 ノクスが大きく息を吐く。当の本人はもはや毛ほども気にしていない様子ではあるが、息子がアスモデウスの義理の娘に迷惑をかけた事実には変わりない。負い目のある交渉など気が乗るはずもなかった。


「単刀直入に言おう。今後、グランヴェールで魔族の移住を受け入れてもらいたい」


 にわかにざわめく場、中でも色めきだつのはグランヴェール陣営の面々。それが中立を脅かしかねない提案であることは言うまでもない。


「それはつまり、グランヴェールの政治に干渉すると?」


 その中にあってもノクスの表情は変わらず、相変わらず威厳に満ちた声で真意を問い質す。その姿は王たるものの資質をこれでもかと感じさせる。


「そなたらが中立を守る以上は政にも口は出さぬよ。無論、タダでとは言わぬ。受け入れてもらえるのであれば、そなたらが長年取り組んでおる土壌改良の力になろう」


「なんと……可能、なのですか?」


「嘘は言わぬ。作物が育ちにくい原因についての見当はついておるし、魔界で得た知見を活かすことができるであろう」


 アスモデウスのこの申し出には、ディートリヒたちはもちろん、流石のノクスでさえも表情を変えずにはいられない。

 そもそもグランヴェールが建国された土地は、もともと手に入れる価値がないとして放置されてきた不毛の土地。この提案が持つ価値は、グランヴェールに住む者にとって計り知れないものであった。


「……しかし分かりませぬな……土壌改良はもちろんのこと、魔族の方々が多く移住されるということは、アスモデウス殿が我が国の後ろ盾となるということに他なりませぬ。これを純粋に受け取ることなどできませぬぞ?」


「であろうな」


 アスモデウスはそう言うと、この場にいる二人の王を交互に見やる。


「ノクス王、エドガー王、そなたらは今の情勢をどう見る?」


「……一言で言えば安定しておりますな」


 いきなり話が飛んだことを疑問に思いながらも、まずノクスが答え、それにエドガーが同調する。


「私も同意見ですね。一部の魔族の侵攻という、この世界全体の危機によって各国が足並みを揃えた。そして今はその延長にある、というところかと」


「ではこの先、各国はどう動く?」


 アスモデウスは二人の答えに満足そうに頷き、さらに問う。


「この安定を維持しつつ、国力の増強を図っていくでしょう」


 自国が今まさにそうであるとは言わず、あくまでも一般論としてエドガーが語る。


「アスモデウス殿、もったいぶらずに教えていただけませんかな?グランヴェールへの支援のその先に、貴方が何を見ておられるかを」


「この世界が変わるところを見てみたい、それだけだ」


「世界が……変わる?」


「各国が相互に発展を目指す平和な世界。そこでは多様な種族が共に暮らし、誰もが己の才覚と努力によって幸福を得ることができる。そのためには、今までのように戦争と話し合いを天秤にかけるのではなく、まず何があろうとも話し合いが先に来るように意識を変えていかねばならぬ。そしてそれを実現するために必要となるのが、グランヴェールやソルエールのように、各国の将来を担う若者たちが横のつながりを作ることのできる場所。それがグランヴェールが中立であり続けねばならぬ理由だ」


 この場にいる者たちが静かにアスモデウスの言葉を反芻している中、一人柔和にほほ笑むセアラ。そしてそんな母にシルがこそっと耳打ちする。


「おじいちゃんの考え方って変わってるよね?なんかパパみたい」


「ふふっ、やっぱりシルもそう思う?」


 その理由に思い当たることのできるたった一人の人物は、そんな会話を交わす二人を横目に『ああ、そうか』と思う。


(私はとっくに諦めたのに、あんたはずっとユウキに言われたことを……)


 エルフなどの長命種に比べ、地上の盟主である人族の一生は短い。戦争を知らない世代にどれほど言い聞かせても、その悲惨さを完全に伝えることはできない。そして平和に慣れてしまえば、そのありがたみを忘れて欲が出る。満たされない欲は、やがて弱者を不満のはけ口に……

 結局人は変わらない、だから世界なんて変えられない。ユウキとリリアの死後、いつしかそうやって諦めてしまったルシアにとって、四人でいたころと変わらぬアスモデウスの姿は、あまりにも眩しく映っていた。



※あとがき

更新遅くなってしまいまして、すみません。

書いてはいたんですが、なかなか纏まらず……

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