第189話 子離れ
魔王の威厳を存分に見せつけるアスモデウスに周囲は思わず息を吞む。しかし唯一ルシアだけは一歩も引かず、それどころか余裕たっぷりに笑って見せる。
「誰に向かって説教するつもり?似合わない魔王の真似事なんかしちゃってバッカみたい」
「正真正銘、我が魔王。であれば真似事であるはずが無かろう、そんなことも分からぬか?」
一触即発どころか、完全に喧嘩モードに突入している超大物二人。まるで二人を中心に引力でも発生しているかの如く、周囲の視線が集まっていく。
「そも、我が口数が少ないのはお前に対してのみ。こうして酒が入ると、先のように事実とも分からぬことを口走るであろう?」
「私だってそれくらいの分別はあるわよ。でもあんたとアディの馴れ初めなんて、酒の席での鉄板ネタじゃない。これまで何百人に教えてあげたと思ってるの?」
「だからそれも含めてやめろと言っておるのだ、この馬鹿者めが。それに軽々しくその愛称を口にするな」
「俺以外が愛しい妻の愛称を呼ぶのは許さないってこと?魔王ともあろうお方が随分と狭量だこと。でも残念でしたー、本人の許可はとっくの昔にもらってまーす」
「そんなものは関係ない、我が許さぬ」
「はぁ!?何様のつもりなの」
「魔王様に決まっておろう」
双方が白熱するにしたがって段々と内容が子供じみてきたが、この場どころか、この世界全体を見渡しても、この二人をなだめられる者などそうそういない。ソルエールの代表を務めるクラウディアですら、二人と比較しては格が落ちるというもの。そしてアルとセアラは離れたところで馴染みの者たちに囲まれ祝福を受けており、さすがに仲裁してくれと頼むわけにもいかない。
エルヴィンたちが諦めて成り行きに任せることを決めたその時、悪戯っぽくも快活な声が二人に掛けられる。
「相変わらず仲がいいわねぇ?ちょっと嫉妬しちゃうな~」
「「アディ!!」」
認識阻害魔法によって周囲に溶け込んだアフロディーテが人混みを縫って現れると、先ほどまでいがみ合っていた二人の息がぴたりと合う。
「だからその名で呼ぶなと言っておろうが」
「あんたの指図なんて死んでも受けないから!」
「おい、そこのクズ」
再び口喧嘩が始まりそうになったところに、冷や水を浴びせるような凛とした声。その場の全員の視線が言葉の主に集まる。アスモデウスに劣らず長身のオレンジ髪の女、その切れ長の金色の瞳がアスモデウスを捉えていた。
「アディを誑かしておいて、他の女に現を抜かすとはどういう了見だ?」
「……久しいな。出向いてもらって感謝する」
「三百年前と同じだ、他でも無いアディの頼みだから聞いたまで。お前の感謝などに何の価値も無いし挨拶も要らぬ、ただ質問に答えておればいい」
魔王と言う地位を歯牙にもかけないその物言い。だがその振る舞いには決して傍若無人な印象はなく、それどころか高潔さすら感じさせる佇まい。
「この馬鹿者が勝手な解釈をさも事実が如くべらべらと喋っておったところを咎めただけのこと。お主こそ気色の悪い勘違いをするでない」
嘲るように笑うアスモデウスと眉を顰める長身の女。その間にルシアが立ち塞がって声を荒らげる。
「はぁ?聞き捨てならないわね。アンタは世界を変えるためにアルさんを利用するつもりなんでしょ!」
「違うな、アルのために世界を変えるのだ」
アスモデウスがさらりと言った信じがたいその言葉に、ルシアが目を見開いてアフロディーテに視線を送る。しかし彼女はただ黙って頷くのみ。
「……正気、なの?」
「もちろん正気だ……いや、正気だったと言うべきなのだろうな。もはやそれも必要ない、アルは自らの意志によってその道を歩き出したのだから」
「だったら私たちに出来ることは、あの子たちを信じて見守ってあげることだけ」
かつての仲間であり親友のマイルズ、ブリジット、クラリス、そしてアルデランドのドワーフたちと談笑するアルを遠目に見るアスモデウスとアフロディーテ。
「やっと会えたと思ったら、もう親の手なんて必要ないほどたくましくなっちゃって……結局、親らしいことなんて一つも出来なかったなぁ」
アフロディーテは寂しそうに笑うと、最愛の息子との離別を決めたあの日を思い出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます