第186話 光の射す方へ

「セアラさん、綺麗です……」


「ふふ、ありがとう、セレナちゃん」


 教会に設けられた一室では、着々と披露宴に向けたセアラの準備が進んでいた。

 ウエディングドレスと同様、ラピスラズリのネックレスが映えるようにデコルテを強調した瑠璃色のドレス。そしてメリッサとエリーの手によって、まるで魔法のようにセアラの雰囲気がガラリと変わっていく様を、頬を赤らめながら興味津々に眺めるセレナ。


「でしょでしょ?たくさん偉い人も見てきたけど、ママより綺麗な人なんて見たことないんだから!」


 ふふんと鼻を鳴らし、後ろにひっくり返りそうになるほどに胸を張るシルを、メリッサとエリーが手を止めずに微笑ましく見つめる。


「うん、女神様は別格として、ほんとにそうだと思う」


「あ、そこはブレないんだ……でもおばあちゃんもすっごく綺麗だもんね。さっきはビックリしちゃった」


「……おば……?」


 シルが当然のようにさらっと言った言葉。しかしセレナの脳は耳から入ってきたその音と、知識として蓄えられた情報が一致せず、おもわず聞き返してしまう。


「お・ば・あ・ちゃ・ん、女神様はパパのママなんだよ」


「は……え……?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!!???」


 教会中に響き渡りそうなほどの大声。

 十一歳という年齢の割に落ち着いているセレナだが、さすがにこの暴露には驚きを隠せない。


「あれ?気付かなかった?」


「そ、そんなの気付くわけ……た、た、確かに、なんだか女神様とアルさんの距離が近いなぁって、お、思ったりしたけど、そういう気さくなお方なのかなって…………あ、じゃ、じゃあ、あの一番前に座っておられた黒髪の方が女神様の……?」


「うん、パパのパパだからわたしのおじいちゃん。今の魔王様だよ」


「まお……う……さま?」


 セレナの表情が凍り付く。

 彼女にとってそれは、アルの母親が自身の信仰する女神アフロディーテだということよりも衝撃的な事実だった。


「うん、魔界で一番偉い人だよ。ちょっと怖そうに見えるけど、全然怖くないんだよ。すごく優しいの」


 それは相手がシルだからだと言いたくなる大人組であったが、ぐっとこらえて準備を進める。


「そ、そ、そんなの変!だって魔族と神族なんだよ?種族が違うのに結婚なんて……そ、それに魔族と神族は仲が悪いって言われてるんだよ?」


 メリッサとエリーがたまらず手を止めセレナをたしなめようとするが、セアラが二人の腕を掴んで、頭を振ってそれを制止する。


「変じゃないよ」


「え……?」


「じゃあセレナから見て、パパとママは変?お似合いじゃない?」


「あ、えっと……それは……」


 セレナに否定できるはずがない。

 流されるままに出席した先ほどの結婚式で、何者にも縛られず、自分の信じた道を進むことの出来るアルとセアラに憧れを抱いてしまった。そしていつかこの二人のように素敵な相手を見つけられたらと思ってしまったから。


「私はね、パパとママも、おじいちゃんとおばあちゃんもすっごくお似合いだって思うよ。すっごく仲良しだしね。だから種族が違うから変だなんて、そっちのほうが変だよ。そんな風に決めつけるのはもったいないよ」


 一切の迷いなくそう語るシルに、アルの姿を重ねてハッとするセレナ。


『種族や生まれ育った環境で自分の未来を決めつける必要なんてない』


 アルに言われた言葉を頭では理解したはずなのに、心のどこかでそれを綺麗事と疑っていたことに気が付く。


「偉そうなこと言っちゃってごめんね。でもね、私が出会った色んな種族の人は、みんなみんないい人だったよ。だからみんなが仲良く暮らせるようになったらいいなって思うし、いつかそうなるって信じてる」


「…………そっか……シルが、アルさんが見据えている未来なんだ……」


 セレナが得心したというように大きく頷いて呟く。


「ん?未来?」


「ううん、何でもない……シルの言う通りだよ。私も……お似合いだと思う」


 セレナの言葉に、シルは目一杯の笑顔で応える。

 アルの言葉をまっすぐに受け止められるシルの姿は、今のセレナにはただただ眩しい。


(いいなぁ……でも、このままいいなぁで終わらせたくないな……)


 セレナは思う。アルが指し示してくれたのは、直視することすら出来ない、まるで太陽のように強く光り輝く未来。手を伸ばしたい、近づきたいと思っても、今の自分では、どうしても怖くて躊躇してしまう。

 それでもいつか、勇気を出して進みたいと思える日が来たのならば、きっとこの目の前にいる銀髪のケット・シーは無邪気に笑って手を引いてくれる。セレナはそんな予感めいたものを感じていた。

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