第185話 波乱の予感

「凄いもんだな……」


「ですね……」


 参列者たちが移動し終えた教会の窓から、外の様子を覗き見た主役の二人。思わず感嘆の声が漏れ出す。

 つい先ほどまでバージンロードが敷かれていた場所に、突如として豪華な立食パーティー会場が出現しているのだから、驚くのも当然の反応と言える。


「あらあら、随分と気合が入ってるわねぇ」


 本日のもう一人の主役が、アルに後ろから抱きついて肩越しに顔をのぞかせる。

 この異常ともいえる手際の良さは、紛れもなく住人たちのアフロディーテへの信仰があってこそ。女神降臨祭の実行委員会が中心となって、住人たちが一丸となって準備をした結果であった。


「そういえばセアラ、ジェフさんにお願いしてた件は何か聞いてるのか?」


「はい、カミラさんからは期待してくださいと」


「へぇ、さすがだな」


 アルが感心して大きく頷く。

 今回のメインディッシュという大役を任せてもらうとなった時、ジェフは悩んだ挙句、主役のアルに相談を持ち掛けた。それに対して可能であれば使ってほしいと、とある食材を提供していたのだった。


「お義父様からは調理さえ上手く出来れば、とは聞いていましたが、結局私たちでは手に負えませんでしたからね。とは言え、かなり苦労されたようですよ」


「そうか、今日来てくれた人達が喜んでくれるといいんだけどな」


「大丈夫ですよ。味は食べてみてのお楽しみですけど、少なくともこの世界では誰も食べたことの無い食材です。きっと一生自慢できますから」


「ははっ、確かに。それは間違いないな」


「ほわああっ!!」


 穏やかな空気を切り裂くアフロディーテの声。

 特に反応が得られなかったため、先ほどからずっとアルに抱きついたままのアフロディーテ。必然的にその大声がアルの鼓膜を直で襲う。


「っ!?……なんだよ母さん、いきなり大声出して」


 段々と母親の行動への耐性がついてきたアル。特に怒ることもなく、ダメージを受けた耳を押さえながら、ただただ面倒くさそうに尋ねる。


「わ、わ、忘れてた!石化が解けたらやる事があったんだった!お、怒られる!!」

 

「はぁ?やる事って……すぐに宴会が始まるのに?」


 その慌てっぷりから、よほど大事な用事なのだろうと察することは出来るが、さすがに主役がこの場を放り出すのは看過できない。


「だ、大丈夫、大丈夫。すぐに戻ってくるわ、ちょっと町の入り口まで迎えに行ってくるだけだから!」


「ちょっ、迎えに行くって誰を……って……」


 説明をしている時間すら惜しいと言うように、魔法を使ってその場から消えるアフロディーテ。


「行っちゃいましたね……」


「まったく……なんであんなに落ち着きがないんだよ……アレが俺の母親とか、未だに信じられない……」


 アルが呆れ顔で頭を振ると、セアラはクスクスと口元を押さえて笑う。


「アルさんはお義父様によく似ておられますからね」


「……それはそれで嫌なんだが」


 頬を掻いて目を逸らすアルに温かいまなざしを向けるセアラ。大抵まんざらでもないといった時、無意識に出てしまう仕草だと知っている。


「それにしても……お義母様を怒ることが出来る方なんて、一体どなたなんでしょうか?」


「確かにな……」


「あ、アルさん!セアラさん!」


「あ~!!やっと見つけた!メリッサさんが早く準備しないと間に合わないって怒ってるよ?」


 うなっている二人をシルとセレナの甲高い声が不意に襲う。


「あ、ごめんごめん!……今は考えても仕方ないことですね、行きましょう」


「ああ、そうだな。それがいい」


 わざわざアフロディーテが自ら赴いたという時点で、『誰』という個人の特定こそ出来なくとも、どういう相手なのか、ある程度の答えは見えてくるというもの。

 そして、どう考えても一波乱ありそうだと思いながらも、さすがに自分たちを困らせるようなことはしないだろうと信じ、二人はひとまずやるべきことに注力するのだった。

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