第182話 新たな誓い

※前半セアラ視点、後半アル視点です



「どうしたんですか?モーガンさん」


 バージンロードの途中、会話が漏れないようにする魔法を使って尋ねてみる。

 緊張でガチガチだったはずのモーガンさんの頬が緩んでいることに気が付いたので、その理由を聞かずにはいられません。


「ん?ああ……アルのやつ、外の連中といい、なんだかんだ慕われてやがるよなって思ってな」


「そうですね、本当に」


 そう語るモーガンさんは本当にうれしそう。

 きっとモーガンさんにとってアルさんは、手のかかる息子みたいな存在なんだろうな。私が初めてアルさんと一緒に解体場に行った時、驚いてたけれど、それ以上に安心しているようにも見えましたから。


「ま、アイツは寂しがり屋だからよ、これくらい賑やかな方がいいわな」


「ふふふ、よくご存知で」


 私の心を読んだのか、照れたようににっと笑うモーガンさんの言葉に、なんだか胸が温かくなります。


「……アイツが本気で人を避けようと思えば、誰とも会わずに生きることも難しくねえからなあ」


「ええ、もしもそうだったら、きっとこうはなっていなかったんでしょうね」


 これは本当にモーガンさんの仰る通りです。

 今住んでいる大森林ですら、少し奥深いところになればモンスターのレベルは途端に跳ね上がってしまいます。今ならともかく、昔の私では到底たどり着けるはずもありません。本当に運が良かったと思います。

 ……そういえばお義父様は、あの森の奥深くには魔界への入り口の一つがあると仰られてましたが、アルさんはそれをご存知で住む場所を選んだのでしょうか?


「……なぁセアラちゃん……」


 いけない、余計なことを考えていたから、心配させてしまったかしら?でも、


「大丈夫です。そういうたくさんの偶然が重なった結果、私は今ここに立っている。だったらそれはもう偶然なんかじゃなくて、運命なんだって思うことにしたんです」


 笑顔を作る私をモーガンさんは優しい瞳で見る。

 何となく分かる。きっと昔の私と今の私を比較しているんだろうな。


「セアラちゃん、俺はそうは思わんよ」


「え?」


「人との出会いや、物事の巡り合わせなんてものは確かに運の要素が大きい。それは確かに運命って言ってもいいのかもしれねえ。だけど大切なのはその機会をどう活かすか、だろ?セアラちゃんはアルがしんどい時もずっと支えてきたんだ、一番近くでな。だからそんな安い言葉で自分のこれまでを片付けたらダメだ、もっと自信を持って自惚れていりゃいいんだ」


「……ふふっ、自信を持って自惚れていればいいだなんて……そんなの……変ですよ」


 泣きたくなるような優しい言葉。思わず真っ直ぐ受け止めることを躊躇してしまうほどに。

 未だにふとした瞬間に思うんです。あんなに優しくて素敵な人が私を好きになってくれたなんて、奇跡みたいな話だなって。

 だから私は必死に走ってきました。お城にいたころの弱い自分が顔を出さないように、走り続けるあの人に相応しいと言ってもらえる私になるために。


「そうかい?そもそもカペラの連中は、アルにはセアラちゃんは勿体ねえってしょっちゅう言ってるぜ?」


 でも、私はまだまだ弱いから、たまには誰かに背中を押して欲しいって思うんです。


「それは……困りますね。私はアルさんがいいんですから」


「ああ、知ってるよ。俺も二人がお似合いだと思ってるさ」


 だから、ありがとうございます、モーガンさん。

 今日は胸を張って、アルさんの隣に立つことが出来そうです。

 

―――――ここからアル視点―――――


「それでは新婦様のご入場でございます。皆様、お立ちになって拍手でお迎えください」


 教会の扉がもったいぶるかのようにゆっくりと開くと、万雷の拍手が入場する二人に降り注ぐ。

 顔が引きつり早足になりそうなモーガンとは対照的に、セアラはゆっくりと、威厳に満ちた足取りで歩を進める。

 ずらりと揃った各国の首脳たちを前にしても、臆すことのない堂々とした振る舞い、そしてヴェール越しにも分かる白い肌と整った顔立ち、ステンドグラスから差し込む夕暮れの陽光を浴びて輝く金髪は、見る者が思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほどに美しい。


『戦場の女神』


 誰もが思うだろう。セアラほどその二つ名に相応しい者はいないと。


 今でもはっきりと覚えている。森の中で倒れていた君を見つけた時のことを。

 汗と泥にまみれた金色の髪。白く華奢な背中に刻まれた傷跡から流れる真っ赤な血。

 面倒でも助けないという選択肢はなかった。

 何故か予感めいたものがあったんだ。この出会いは何の希望も持てず、出口の見えない暗闇をさまよう俺の現状を変えてくれるかもしれないっていう予感が。


 バージンロードも半ばまで差し掛かると、モーガンと何やら言葉を交わしているセアラと目が合う。

 あの日、目を覚ました君の瞳は、色んな種族が暮らすこの世界でも初めて見る不思議な色をしていた。強く輝き、吸い込まれそうな青。

 まるで俺のことはなんでも分かっているとでも言いたげな、その瑠璃色の瞳がどうしようもなく腹立たしかったのに……その反面で、俺は自分の予感が正しいような気がしていた。


 俺が言うのもおかしいけれど、セアラは誰もが認める超がつくほどの美人で、未だに俺の妻だと知らずにちょっかいを出す新人バカどもが後を絶たない。それに性格だって老若男女問わず、多くの人から慕われているくらいだから申し分ない。

 そんな誰もが羨むであろうセアラとの(偽装)新婚生活は、何と言うか、ただただ慌ただしかった。

 やる気だけはあったものの、本当に何も出来なくて、とにかく危なっかしくて目が離せなかった。でもそれが逆にありがたかった。セアラに色々教えている間は、どんなに慌ただしくても、不思議と心穏やかな暮らしが出来た。

 とは言えセアラは持ち前の勤勉さを活かして、だんだんと出来なかったことが出来るようになって……その度に向けてくれた嬉しそうな顔をよく覚えている。今だったら当たり前に分かる、その時にはもう俺にとってセアラが特別だったと。 

 だけどあの頃の俺は、こんな世界に俺の居場所なんて無いと思っていた。ここで大切なものなんて見つかるはずがない、必要ないと思っていた。だからそんなことにも気付くことが出来なかったんだ。

 俺の留守中にセアラが襲われた時だって、自分が本当は何に怒っているのか理解が出来ていなかった。だから俺は涙をこらえて小さく震えるセアラに気付いていながら、その手を離してしまった。

 間抜けな俺は永遠にセアラを失いかねないという時になって、初めて気が付いたんだ。俺を害そうとする連中への怒りなんざたかが知れている、大切な人をみすみす危険に晒した自分に一番怒っているのだと。


 二人がバージンロードを歩き終えると、セアラはモーガンに向かって優雅に礼をする。

 ……あの時、俺を叱ってくれたのはモーガンだったよな……


「悪いな、面倒な役を引き受けてもらって」


「何言ってんだ。こういう時は普通、ありがとうって言うもんだろ?」


「そうだな、ありがとう……色々と、本当に世話になった」


「……ああ、おめでとう。ほら、二度とセアラちゃんの手を離すなよ?」


 モーガンから送り出されたセアラの手を引き、その言葉をしっかりと心に刻んで頷く。


「アルさん、お待たせしました」


「待たせたのは俺だよ、ごめんな」


「いえ、待っている間にも来てくださった皆さんから、たくさんお祝いの言葉をかけていただけたので良かったです」


「そうか、またあとで礼を言わないとな」


 あの日、セアラが俺の特別だと理解すると同時に気付いた。自分が死ぬことよりも、希望もなく無意味に生きることなんかよりも、この笑顔を失うことのほうがはるかに恐ろしいと。

 だからプロポーズの時に誓ったんだ。この先、どんなことがあっても絶対に俺がセアラを守るんだと。なのに俺は、俺たちを守るために命を投げ出す君を見ていることしか…… 


「はい。あ、アルさん、メリッサが仕立てたタキシードも、その髪型もとっても似合ってます、素敵ですよ」


「……ありがとう。セアラも綺麗だ、母さんよりもはるかに女神様みたいだよ」


「ふふ、そんなことを言ったらお義母様が怒りますよ?でも、ありがとうございます」


 セアラのいつもの笑顔に癒されてから、少しだけ視線をその後方にいるシルに向ける。耳をせわしなく動かしながら目を輝かせて、一目でその心理状態が分かる。

 あの日の俺はふたつの宝物をなるべく危険から遠ざけて、自分一人ですべてを背負い込んで、それでどうにかできると自惚れていた。その結果があのざまだ。

 もうあんな思いは……自分のふがいなさを恨んで涙を流すだなんて二度とごめんだ。

 優しい君は『こうして生きているからいいじゃないですか』と笑うだろうけれど、俺はあの誓いを守れなかったことを絶対に忘れない。結果が良かったからって帳消しに出来る程度の覚悟で、俺はあの時セアラにプロポーズをしていない。


「……セアラ、いい結婚式にしような」


「はい」


 だから俺は今日ここで改めて誓うよ。

 これからずっと、セアラと一緒に大切な家族を守っていくと。

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