第179話 あなたが教えてくれたこと
※このお話はセアラ視点→三人称視点→セアラ視点となります。
三人称視点のパートはセアラの回想、過去のお話ということでアルの名前がユウです。念のため。
忘れもしない、あの日は激しい雷雨でした。
それはまるで、私の行く末を暗示しているかのようにも思えましたが、エリーとの会話が外に漏れないことは都合が良く、恵みの雨だと考えることにしたのです。
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エリーが荒々しく扉を閉める。
王女の専属侍女として本来であれば叱責されてしかるべき行動ではあるが、ここにそれを咎める者はいない。
「国庫から金を持ち出した?ろくに外にも出られない姫様に、そんなことを出来るわけがありません!こんな根も葉もないことをよくも…………姫様、大丈夫です。私が必ずどうにかして見せますから」
窓際のセアラは激しく降りしきる雨から、激高して取り乱すエリーに視線を移す。
日頃からセアラのことを大切に思っているエリーではあるが、彼女はあまり感情を表に出すことはないので、新鮮な気持ちを抱いていた。
「ねぇエリー、ユウ様は本当に亡くなったのかしら?」
「姫様!今はそれどころではございませんっ!!」
「私の噂のほうはどうでもいいから、ユウ様の情報を集めることに集中してほしいの。あなたならできるでしょう?」
「よくありません!もしも罪が確定すれば、国外追放は免れないんですよ!?」
国外追放はセアラにとってはそれほど辛くは無い、むしろこのまま政略結婚の駒にされるよりも、望ましい結果ともいえる。エリーの懸念はその先、この状況を作り出した者が、みすみすセアラを見逃すとは思えないということにあった。
それにしても、ここまで食い下がるエリーは初めてだとセアラは考える。しかし、すぐにそれは当たり前のことだと納得して、自嘲気味に笑う。自分は今まで自己主張なんてしたことなんてなかったのだからと。
「エリーにも分かっているでしょう?あなたは確かに優秀よ。でもね、何の後ろ盾もない私たちがこの状況を覆すことは不可能よ。すでにでっち上げの証拠と証人を用意していると思ったほうが自然だわ。それなら私は一縷の望みにかけてみたい」
「一縷の望み?」
「ユウ様を探し出して、そこに向かう。あの方なら匿ってくれるはずよ」
「っ!?姫様はあの方が生きておられるとお考えなのですか?」
セアラがある程度の確信を持って話していることに、エリーは驚きを隠せない。
「ええ、伝えられた顛末が正しければ、あの方はその命と引き換えに世界を救った英雄だわ。その亡骸を放置してくるなんてあり得ない。何としても亡骸を持ち帰り、国を挙げて手厚く葬るのが普通でしょう?」
セアラの言う『普通』というのは、決してユウに対して礼を尽くすべきだという話ではない。アルクス王国の国王エイブラハムは、無理やりセアラを連れてきたように、利用できるものは何でも使う。ユウの亡骸を国を挙げて丁重に葬るなどして、支持拡大の道具に利用するはずだということであった。
そして、気にかかる点はもう一つ。これまでの歴史に鑑みると、魔王を倒したとなれば勇者など無用の長物、それどころか国を二分しかねない邪魔者でしかない。だからこそ、勇者と魔王の相討ちは、おいしいところだけを手に出来る最高のシナリオ。はっきり言って、出来すぎているというのがセアラの見解。
「あの方に生きていてほしいという願望が先に立っているから、都合のいいように推測しているだけだと言われても仕方がないと思っているわ。でもそれでもいいの。このまま座して死を待つくらいなら、最後に少しだけあがいてみてもいいと思わない?」
セアラは姿勢を正して座ったまま、強い意志を持った瞳でエリーをまっすぐに見つめる。
「……姫様は変わられましたね」
「そうね……こんなことを言ったら不謹慎なんだけれど……今わたし、期待で胸が一杯になってドキドキしているわ。王女という地位にあっては絶対に不可能だった、あの方の隣にいられる未来を夢見ることが出来るんだもの」
エリーがセアラが浮かべた表情に目を奪われる。それは幼いころからセアラを一番近くで見守ってきた彼女ですら、初めて目にする柔らかな笑顔。
「……恋をすると人は変わるというのは本当のようですね」
「ふふふっ、でも、恋をすると人は愚かになるとも言うくらいだから、良い変化なのかどうかは分からないけれどね」
苦笑するセアラ。エリーが仕えてきたこの十年以上の時の中で、彼女がこうして冗談を言うこともまた初めてのこと。
「……間違いなく姫様にとっては良い変化ですよ。私が保証します」
たとえ愚かでもいい。
幼い頃から全てを諦め、物分りのいい王女を演じてきた結果が今の状況であるのならば、この変化は誰がなんと言おうと良いものに決まっている。
否、絶対に良いものにしなくてはならないと、エリーは静かに心の中で覚悟を決める。
「……ありがとう、エリー。最後まで面倒をかけてしまうのに、何もしてあげられなくてごめんね」
「謝る必要などございません……ですが、もし許されるのならば、いつか姫様の幸せな姿を私に見せていただけませんでしょうか?私にとって、それ以上の褒美はございませんから」
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ふふっ、こうして思い返すと、生きるか死ぬかの瀬戸際だと言うのに緊張感のなさに呆れちゃう。
でも、それまでの私だったらここにはいなかった。きっとあの状況でも笑えた私だから、あなたの隣にいられるんですよね。
「……ラちゃん、セアラちゃん」
「え?あ、はいっ」
モーガンさんの声によって現実に引き戻されると、いつの間にか長い長いバージンロードは終わり、目の前には教会の内と外とを隔絶している重厚な扉。
いつもは開放されているので気づかなかったけれど、こうして見ると神聖な場所を守る確かな威厳を感じる。
「もうすぐ内側から扉が開くから待機しててくれだとさ。緊張のほうは大丈夫かい?ずっと考え事をしていたみたいだが」
「はい、おかげさまで大丈夫です。やっぱり色々なことを思い出してしまいまして」
本当にモーガンさんに頼んでよかった。大きくてごつごつとした手は、アルさんを思い出すから。
きっと他の方にお願いしていたら、緊張し過ぎて色々考える余裕なんて無かったと思う。
「俺が知ってるだけでも、色んなことがあったもんなぁ……何はともあれ、本当にアルにはセアラちゃんがいてくれて良かったよ。まあ、いきなりセアラちゃんを連れてきた時は、腰を抜かすほど驚いたけどな。あの頃のあいつは誰も寄せ付けねえ感じで、怖がられてたりしたからよ」
「……あの時のアルさんは、昔の……アルさんに出会う前の私なんですよ。本当は優しい人だと分かっていましたから、何も怖いことなんて無かったですよ」
「昔の?へぇ、そりゃあ初耳だな……」
モーガンさんが続けようとしたその時、扉の向こう側で物音がする。
「ちぇっ、じゃあその話はまた酒でも飲みながらしてもらうとするか」
「ふふっ、そうですね」
私たちが大きく息を吐いて背筋を伸ばすと、扉がゆっくり、ゆっくりと開いていく。
盛大な拍手に迎えられ、まず目に飛び込んできたのは、今まで通ってきたものと同じ真っ赤なバージンロード。そして視線を足元から前に向けると、ヴェール越しでも見間違えることはない、女神像の前に立つ、私を変えてくれた世界で一番愛しい人の姿。
アルさんの服装は……タキシードかな?一刻も早くそばで見たい気持ちを押し殺して、一歩一歩、バージンロードを歩いていくと、想いがこみ上げてくる。
ねぇアルさん、知っていますか?
『この世界は私に優しくない』
それがあの頃の私の唯一絶対の真実だったんです。
誰も私を愛してくれないと思っていたんです。
私はこの世界で一人ぼっちだと思っていたんです。
だから、この世界が大嫌いでした。
そんな私にあなたが教えてくれたんです。
踏みしめる大地の感触を
風に揺れる草花の香りを
見上げた空の青さを
そして人の温かさを
全部全部、あなたに出会って、もう一度前を向いて生きようと決めたから気付けたんです。
この世界が私に優しくないんじゃない、私がこの世界を嫌いだからそう見えるだけ、世界はこんなにも輝いているんだって気付けたんです。
ずっとずっと私は一人じゃなかった。私にも愛してくれたお母さんがいる、ずっとそばで見守ってくれたエリーがいるって気付けたんです。
アルさん、あなたに出会えてよかった。
あなたを好きになって良かった。
こんなにもたくさんの人の温かさに触れることが出来たのだから。
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