第178話 追憶

 人ごみを掻き分けるように、ゆっくりとディオネの町を走るセアラたちを乗せた馬車。

 ファーガソン家の獅子の家紋が入っている二台の馬車に人々の注目が集まる中、馬たちはその足の運びをトロットからウォークへと変え、やがて完全に停止する。


「セアラちゃん……前言撤回していいかい?」


「……心中お察し致しますが……ごめんなさい」


 モーガンが思わず尻込みしてしまうのも無理はない。

 教会まで引かれた真っ赤な絨毯のバージンロード。その距離はなんと二百メートルにも及び、その両脇には大勢の見物客が花嫁の登場をいまかいまかと待ちわびている。


「だから言ったでしょう?私じゃ途中で膝から崩れ落ちるって」


「知ってたなら教えてよ……」


「教えたってどうなるものでもないでしょ?アナタは主役なんだから」


 ぐぅのねも出ない正論をぶつけられ、ふぅと息を吐くセアラ。


「セアラ、大丈夫よ。ここには女神様目当ての見物客だけじゃなくて、二人を祝うために来てくれた人も大勢いるでしょ?その人たちのために、あなたの花嫁姿を見せてあげないと」


 エリーがセアラをぎゅっと抱き寄せ、ヴェールを被せる。


「エリー姉さま……うん、分かった。モーガンさん、お願いします」


「ああ、任せときな。きっちりアルんとこまで連れて行ってやるさ」


 馬車のドアが開けられると、覚悟を決めたモーガンが巨体を揺らしながら先に降り、セアラに向かって手を伸ばす。


「行こう、アルが待ちくたびれちまう」


 セアラはこくりと頷くと、その手を取ってふわりと微笑む。


「はい、行きましょう」


 長い長いバージンロードをゆっくりと、堂々と歩く対照的な二人。

 まるで熊のような大男モーガンのエスコートで歩を進める花嫁セアラは、ヴェール越しにもその美しさが際立っており、詰めかけた見物客からは感嘆のため息が漏れ、あれが女神ではないのかと勘違いする者まで出ていた。


 メリッサの用意したウエディングドレスは、言葉通りごくごくシンプルなもの。それでもセアラの白く美しいデコルテと、細くくびれた腰を強調するデザインとなっていた。

 その首元を飾るのは、レイチェルが特注で作ったラピスラズリとダイヤモンドを組み合わせたネックレス。

 見物客たちからの上々の反応を見届けると、リタとエリーは馬車から降りて、教会の中に用意された親族席へと移動を始める。


「ねぇエリー。ちょっと気になったんだけど、実際のところセアラって一目惚れでアル君を好きになったの?」


「いえ、違いますよ。むしろ最初は……」


ーーーーー以下、セアラ視点ーーーーー


 ヴェールで覆われた視界はまるで世界から少しだけ外れた場所にいるみたい。だからかな?今日までのことをいろいろなことを思い出してしまう。

 小さい頃のお母さんとの楽しかった記憶。

 お母さんと離れ離れになって、お城で暮らしていた辛い記憶。

 その中でも一番思い出すことは、やっぱりアルさんと出会ってからのこと。


 メリッサの質問に咄嗟に答えられなかった理由……あんまり思い出したくなかったな…………ねぇアルさん……


『嫉妬』


 それが私がアルさんに抱いた最初の感情だったなんて聞いたら、あなたはなんて言うのかしら?


 異世界から無理やり連れてこられて、魔王を倒せという難題を突き付けられたアルさん。


 お母さんから無理やり引き離されて、政略結婚の駒になるように命令された私。


 いま改めて考えると、どちらがひどい話かなんて、火を見るよりも明らかですよね。比べることすらおこがましいですよね。

 それでも……ううん、だからこそ、そんな境遇でも自分を信じて道を切り拓こうとするあなたの姿は、あの頃の私には眩し過ぎたんです。

 そんなあなたを見ていたら、自分には何もできないと決めつけて、うずくまっていることしかできない自分がひどくみじめに思えて……ずるい、強いあなたが羨ましいと思ってしまいました。


 だから私はあなたのことをもっともっと知りたいと思いました。どうしたらそんな強さを持てるんですか?あなたと私は何が違うんですか?それが知りたくて、時間さえ合えばあなたの訓練を遠巻きに眺めていたんです。

 私には、あなたがあえて厳しい訓練に身を投じているように思えました。才能があるとはいえ、魔王を倒すのだから当たり前のことかもしれませんが、どうしてそこまで自分を追い込むのかと疑問に思いました。


 そして何度も足を運ぶうちに、当たり前のことに気付いたんです。

 あなたも私と同じで、不安で不安で仕方がないっていうことに。

 だから不安な気持ちを打ち消すために、私みたいにいろいろ考えて動けなくならないように、今できることに一生懸命だったんですね。


 それが分かった時、私の心の中に渦巻いていた、あなたに対する嫉妬の感情はきれいに消えていました。

 こんなに頑張っているんだから、この人の願いが叶ってほしいって思いました。少し寂しいけれど、魔王を倒して、無事に元の世界に戻れたらいいなって思いました。

 あなたがそれを成し遂げたのなら、きっと私ももう一度立ち上がれるって思ったんです。

 こんな私にも前を向く勇気を与えられるあなたは、きっと誰よりも勇者と呼ぶにふさわしいと思いました。


 そしてあなたが魔王討伐に旅立ってから約半年後、忘れもしないあの日がやって来ます。

 私に対するあらぬうわさがお城の中に流れていること、そしてあなたが魔王と相討ちになり、命を落としたと聞かされた日です。


 悪いことは重なるものなのだと実感したことを、今でも鮮明に思い出します。

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