第177話 血の繋がりはなくとも
着々と祭りのクライマックスとなる女神降臨の儀と結婚式の準備が進む教会では、伝説の女神の姿が見られるとあって、夜からの開始にも関わらず、まだ日の高いうちから良い場所を確保しようと多くの人々が集まり出していた。
「アルさん、外を見てきたんですけど、すごい人ですよ!!それに教会の中もお偉いさんっぽい人がたくさんいます!」
「まあ、アレでも一応は女神だからな」
興奮するレイチェル。黒のタキシードに袖を通しながら、アルが面倒くさそうに答える。
「いくらアルさんでも聞き捨てなりませんよ?女神様を侮辱しないでください!」
アルの発言を咎めるのは、アフロディーテの恩恵によって何不自由ない生活を送っているセレナ。
二人の関係を知らないセレナは、頬を膨らませながらアルを上目遣いで睨みつける。
「悪い。ちょっと緊張しててつい、な」
「ダメですよ?神父様に聞かれでもしたら大変なことに……」
「やっほー!可愛い可愛い息子ちゃんにお母さまが会いに来たわよ~」
勢いよく開かれる控え室のドア。
立っているのはアルの娘と両親。すなわちシルと魔王アスモデウス、そして女神アフロディーテの
「……ふえ……?」
アフロディーテの姿に固まるセレナ。アルは十分に予想していたものの、今朝の自分への仕打ちを全く反省していない様子に嘆息する。
「……可愛い息子なら放置して行くなよ」
「そんな細かいこと気にしてたら、セアラちゃんに嫌われるわよ?どれどれ、ふーん、黒のタキシードにオールバックか……アルにはいいチョイスなんじゃないかしら?シュッとして見えるし、アナタの若いころを思い出すわね」
「うむ、悪くないな」
「そりゃどうも。まあよく見えるんなら、それはメリッサとレイチェルの手柄だよ。ところでシルは何で寝てるんだ?この町を覆っているやつと関係でも?」
アルがアスモデウスの背中からシルを受け取りながら尋ねる。
「あら、さすがに気付くのね。ちょっと私のお手伝いをしてもらったってところよ。少し魔力を使い過ぎただけだから、そろそろ起きると思うわ」
その言葉通り、アルの腕の中でもぞもぞと動き出し、おもむろに顔を上げるシル。
「……うにゃ…………ほえ……?あれ……パパ……だよ、ね?」
寝ぼけまなこをこするシル。いつもと全く違う雰囲気のアルを見て、不思議そうに首をかしげる。
「おはよう、シル。よく眠れたか?」
「……うん……」
寝起きのぼんやりとした表情でアルをじーっと見つめるシル。
「変か?」
「……あ、そっか……結婚式……ううん、全然変じゃないよ、おじいちゃんにそっくりだったからびっくりしたよ。今日は魔界の王子様みたいだね」
「はは、ありがとう。ほら、シルも準備しないと間に合わないぞ」
「は~い、メリッサさん、レイチェルさん、よろしくお願いします!」
「任せといて~、とびっきり可愛くしてあげるからね」
「うん!」
張り切る二人。そして先ほどまでアルが座っていた椅子に座らされ、お姫様気分でご機嫌なシル。
その様子にアルは満足そうにうなずくと、固まって微動だにしないセレナを覗き込む。
「あー……セレナ、大丈夫か?」
(……女神様に似てるけど……まさか本人?息子?誰が?アルさんが息子?女神様の?それともそっくりな別人?)
大丈夫じゃないだろうなと思いながらも声をかけるが、セレナはまばたき一つせずにぶつぶつと独り言をつぶやくだけ。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
アルに次いでアフロディーテが覗き込むと、二人の目がバチっと合う。
「あ、あ、あわわ……」
一瞬で沸騰したように真っ赤になるセレナの頬。
「ん~顔が赤いわねぇ、熱でもあるのかしら?」
心配そうに額を合わせるアフロディーテ。セレナは『ひえ~』と絶叫しながら後ろに飛びのき、壁に頭を打って気を失ってしまう。
「あらら……可哀そうなことしちゃったかしら。いつも熱心にお祈りしてくれるからお礼を言いたかったんだけど」
「お礼?」
アルは聞き返しながら、『女神様のおでこ……』とうわごとを言って目を回しているセレナを抱き上げ、並べた椅子に寝かせる。
「前に教会に来てくれる人が増えて、私の力が戻ってきたって言ったでしょ?あれはお祈りしてくれた時に、体調に影響がない程度に魔力を分けてもらってるからなの。この子はケット・シーだから他の人よりも、持っている魔力が多くて助かってるのよ。毎日、しっかりお祈りしてくれるしね」
「へぇ、そういう仕組みだったのか」
「ま、お礼は後でいいとして、ちょっと神父さん呼んできてくれる?段取りを打ち合わせしておきたいから」
「……今更かよ……そういうのはもうちょっと早くするものじゃないのか?」
「仕方ないじゃない。シルちゃんと遊ぶ方が優先に決まってるでしょ?それに大したことじゃないから」
「分かったよ。すぐに呼んでくる」
シルと遊ぶ方が大事。散々不満気な表情を見せていたのに、その一言で素直に引き下がるアル。娘への溺愛っぷりにアフロディーテはクスリと笑うのだった。
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「……なぁセアラちゃん、本当に俺でいいのかよ?」
夕焼けに染るディオネの町を、式場となる教会へと向かって走るファーガソン家所有の二台の馬車。
そのうちの一台の馬車の中には、セアラ、リタ、エリー、そして慣れない燕尾服に袖を通したスキンヘッドに髭面のいかつい男。
緊張した面持ちのモーガンが小さくなりながら、向かいに座るウエディングドレス姿のセアラにおずおずと尋ねる。
「はい、もちろんです。引き受けて下さり、ありがとうございます」
「そりゃあ他でもないセアラちゃんとアルの頼みとありゃあ、やぶさかでもねえさ。でもよう、話を聞いたら各国の首脳まで参列するらしいじゃないか。さすがに俺じゃ場違い過ぎるよ」
「実はそれがモーガンさんにお願いした理由の一つなんです。例えば私がアルクス王国の現国王であられるエドガー陛下にエスコートをお願いしたとします。ご存知の通り、私はアルクス王国の元王女。つまり陛下の異母兄妹ですので、通常であれば不自然なことではないでしょう。ですが私はアルさんと一緒になるために、その身分を捨てた身。そしてアルさんがどの国にも与しない中立の立場を取っている以上、それをしてしまえば参列して下さった方々に要らぬ疑念を抱かせてしまうことになります。他のお世話になった貴族様にお願いしたとしても同じことです」
「ならリタさんはどうなんだい?父親がいなきゃ、母親っていうのはなんらおかしくないと思うが」
セアラの隣に座るリタに視線をやるモーガン。
「無理無理、こう見えて私、涙もろいんだから。なんならすでに泣きそうになってるもの。セアラの手を引いてバージンロードを歩こうものなら、途中で膝から崩れ落ちるわよ」
リタは両手をぶんぶんと振って、モーガンの提案を否定する。
「モーガンさん、納得していただけるようにもっともらしい理由をつけましたが、本音を言えば単純なんです。エスコート役を用意して欲しいと聞いて、真っ先に浮かんだのがモーガンさんだったんです」
「セアラちゃん……」
「あの時、世間知らずで全く役に立たない私を雇って下さり、それからも本当に色々と気にかけていただいて……勝手に父親のように思っていました。ですから是非にとお願いした次第です」
「……ふぅ……そうまで言われちゃ覚悟を決めるしかねぇか……分かった、なんとかヘマしねえように務めてみせるよ」
「ご無理を言ってすみませんが、よろしくお願いします」
セアラとリタが揃って頭を下げる。
「あー……セアラちゃん」
「はい?」
困ったような表情のモーガン。こほんと咳払いをして、座りなおす。
「今更だが結婚おめでとう。ウエディングドレスもよく似合ってるし、今日はいつにも増して綺麗だ。あと、その……なんだ……ビビッてあれこれ言っちまったが、俺もセアラちゃんのことは娘のように思ってる。だからエスコート役はこれっぽっちも迷惑なんかじゃなくて、本当に嬉しく思ってるんだ。ってことで、すみませんなんて言わないでくれ」
「……はい、ありがとうございます、モーガンさん。本当に……嬉しいです」
セアラが感極まって頭を下げると、リタとエリーが慌てて間に割って入る。
「ちょっとモーガンさん、柄にもないこと言ってセアラを泣かさないでよ。せっかくの化粧が崩れちゃうでしょ?」
「おお、悪い悪い。そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「もう、お母さん!私をダシにしないでよ、自分の方が泣きそうじゃない」
「だってしょうがないでしょ!?ただでさえ娘の結婚式に思うところがあったり、沢山の人達が祝福してくれて嬉しいのに、朝からみんなして涙腺を刺激するようなことばっかり言うんだから!」
馬車の外まで響くリタの涙混じりの絶叫。
そして賑やかで優しい空気につつまれたまま、馬車は教会への道を走っていくのだった。
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