第172話 この名にかけて

「ギデオンさん!」


「っとシルちゃん?どうしたんだ、こんなところで?それにその二人は?」


「えっとね、パパとママのお友達で、結婚式の準備の間に私が暇になっちゃうから一緒にお祭りを見てたの」


 シルが事前の打ち合わせに従ってスラスラと説明する。

 この瞬間も祭りを見て回っていた間も高度な認識阻害魔法によって、二人が魔王と女神ということには誰も気付くことが無い。


「おいギデオン、誰だこのガキンチョは?」


「ああ、うちのギルドで治癒士やってもらってるシルちゃんだ。シルちゃん、こいつはジャイルっつって、ディオネのギルマスだ」


「初めまして、シルです。よろしくお願いします」


「……おいおい、冗談だろ?こんなガキンチョが治癒士だと?そもそも獣人じゃねえか、カペラのギルドはよっぽど人がいねえんだな?」


 礼儀正しく頭を下げたシルの挨拶を無視し、せせら笑うジャイル。

 見かねたギデオンが諌めようとすると、一足先にアフロディーテが口を挟む。


「ちょっと、シルちゃんが挨拶してるわよ?」


「あ?」


「果たして」


 腕を組んだままアフロディーテがジャイルの前にずいと進み出る。


「他者を見た目だけで判断し、挨拶も返せないような奴に人の上に立つ資格があるのかしらね?それともこの町のギルドは、こんな奴が上に立たないといけないほど無能の集まり人材不足なのかしら?」


「てめぇ、女のくせに舐めた口を……」


「ほらね?そうやって女のくせにとか言っちゃう時点で、相手の本質を見極めようともしてないってことが丸わかり。つまり上に立つ者としては不適格だって認めてるようなものよ。女だから何?世の中にはあなたより優れた女性なんていくらでもいるわ」


『私を含めてね』と鼻で笑うアフロディーテ。両者が一触即発の空気を醸し出すと、シルが慌てて割って入る。


「そ、それよりどうしたんですか?まるで戦いにでも行くみたいですけど」


「ん?ああ……ちょっとな……」


 ギデオンがアスモデウスとアフロディーテをちらりと見やる。


「ふむ、この状況はギルドへの依頼によるものであり、部外者にはおいそれと話せぬ、ということか?もしも人手がいることなら手伝おう」


 ここまで静観していたアスモデウスが懐からサッと二人分のギルドカード(精巧な偽物)を提示すると、さっさと退散したいアフロディーテは何を勝手なことをと、夫のももを見えないようにつまみ上げる。


「Bランクか……確かに今は人手がいるから助かるが……だがいいのか?シルちゃんを面倒事に巻き込むとなるとアルたちが怒るぜ?」


「ううん、いいの。私がお話聞きたいって言ったから」


「そういうことだ。では話してもらおうか?」


「ああ、いいだろう」


「おいっ、正気かよ!こんな得体の知れねえ奴ら……」


「黙ってろ、シルちゃんは信頼出来る子だ。そのシルちゃんが一緒にいるんなら問題ない」


 ギデオンの話によると、発端は何やら怪しげな行動をしていると路地裏で捕らえた一人の男。

 金に困っていた男はフードを目深に被った正体不明の輩に依頼され、指定された場所に魔道具を設置していた。ただし、その目的が何なのかは知らないとのことだった。


「そんで、これがその魔道具ってやつだ」


 ギデオンが差し出したのは、手のひらに収まる大きさで真っ黒な飾り気の無い立方体の魔道具。一面だけに無数の穴が空いており、ここから毒か何かを出すものではと推測していた。


「……ふむ、これは特殊な音によってモンスターを呼び寄せる魔道具のようだな。シル、聴覚強化をしてみるといい」


 ひと目で魔道具の正体を見破るアスモデウス。それもそのはずで、その魔道具は魔族がモンスターを操る際に使うもの。

 言われるがままにシルと魔法が使える者たちは聴覚を強化し、その意見が正しいことを確認する。


「ほう……魔道具に詳しいってことは、アルとはソルエールで知り合ったってところか?」


「そんなところだ。だがもう下手人は捕らえて魔道具も回収したのであろう?ならばこれで解決ということか?」


「いや、同じような奴が何人かいたのが確認されている。っつうことで、捜索に人手がいるってことで俺らも駆り出されたって訳だ」


「成程ね〜……だけど手遅れみたいよ?」


「は?またてめえは訳の分からねえことを……」


「もう割と近い所までモンスターの群れが来てるわ。そうね……三十分もすれば見張りからも見えるんじゃないかしら?」


 ジャイルの横槍を黙殺し、アフロディーテがあっけらかんと言うと、その場が騒然とする。


「んなバカな……」


 ギデオンが魔法使いらしき冒険者に目配せすると、その冒険者はふるふると首を振る。


「信じられぬかもしれぬが、アディの探知は正確だ」


 アスモデウスが言うと、シルがこくこくと頷きながら声を上げる。


「ギデオンさん、急いで見張り台に行こ!もしも見張りの人がモンスターの群れが来たことを町の人達に知らせたりしたら、パニックになっちゃうよ!」


「だがシルちゃん、群れの規模にも因るが、本当にそうなら逃げなきゃいけねえのは変わりねえだろ?」


「問題ない、我らがどうにかしよう」


「……正気か?Bランクに出来ることじゃねえぞ?」


 シルの手前、怒鳴りはしないが、ギデオンの顔色が明確に変わり、声色にも微かに怒りが乗る。

 判断を誤れば、多くの死者を出しかねないこの状況では致し方のないこと。

 アスモデウスはそれを理解し、認識阻害を切るために名乗りを上げる。


「心配はいらぬ、ディオネは我も思い入れのある場所。魔王アスモデウスの名に懸け、必ず守ると誓おう」


「ま、私もこの町の守護女神だからね。さっさと終わらせましょ」


 ギデオンとジャイルたちの顔色が急激に青ざめ、背中に冷や汗が伝う。


「嘘だろ……なんで気付かなかった……?」


 片膝どころではない。両手両膝を地面につき、土下座のような形を取るギデオン。

 話には聞いていたアルの両親、魔王アスモデウス、女神アフロディーテ。ひと目で魔道具の仕組みを看破したこと、桁外れの探知能力。そしてシルがこうして一緒にいること。全ての事が二人が本物であることを物語る。

 だがそれらは全て後付の理由。そのような事を考えるまでもなく、正体を明かされたその瞬間から感じる、息苦しいほどの威圧感が彼に膝をつかせていた。


「……御無礼を働きましたこと、謹んでお詫び申し上げます。おいジャイルっ!何突っ立ってやがる、てめえも頭を下げねえかっ!!」


 ギデオンに叱責されども、ジャイルは呆けた様にその場に立ちつくすばかり。

 アスモデウスはそんなジャイルに怪訝な視線を一瞬向けるが、すぐに興味を失いギデオンを立たせる。


「良い、気付かぬのは魔法の影響だ。それより今は時間が惜しい。見張りの元へ案内してもらおう」


「は、はい。それではご案内致します……」


 緊張で固くなった手足をぎこちなく動かし、自ら先導するギデオン。そこにとととっとシルが小走りで近づく。


「ねぇねぇ、畏まってるギデオンさんって珍しいね?」


 クスクスと悪戯っぽい笑みを浮かべるシル。ギデオンはワシャワシャと自身の髪をかきむしる。


「シルちゃん、さすがの俺でも魔王陛下相手に気安くは出来ねえよ……そこらの貴族にゃビビらねえ自信はあるが、ありゃ別格だ……正体知った時は死んだなと思ったよ……」


 認識阻害魔法が切れた時のことを思い出し、ギデオンが身震いする。


「あはは、おじいちゃんはそんなことしないよ」


「ああ、今ならそれも分かるけどよ、こんなことはこれっきりにしてくれ……ま、あっちの連中の衝撃は俺の比じゃねえみたいだけどな」


 ギデオンが親指を立てた右手で後ろを指す。

 その先にいるのはジャイルを始めとしたディオネのギルド員たち。

 生気を抜かれたように虚ろな目をしながら、辛うじて後ろをついてきている。


「ごめんなさい、こんなに大事だと思ってなかったから」


「シルちゃん!そんな熊男としゃべってないで、こっちこっち!」


 貴重なシルとのデートの時間。一時も無駄にしないという強い意志を見せるアフロディーテ。

 シルは『はぁーい』と返事をして、祖父母の間に収まる。


「く、熊男、か……魔王陛下の威厳は想像以上だったが、女神様は何と言うか……イメージと全く違うな……」


 ギデオンからすればボソリと口の中で呟いた言葉だったのだが、アフロディーテから『聞こえているわよ』とばかりにキッと睨まれる。

 そして深々と頭を下げながら、やはり本物なのだと実感するギデオンだった。

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