第171話 不安なキモチ
「ん〜いい匂い……ほらシルちゃん、次はあれにしましょ!」
「う、うん……ねえおじいちゃん、おばあちゃんって、今は
お祭りを全力で楽しむアフロディーテ。
その勢いには、フォーレスタ家の元気印のシルでさえも終始圧倒されっぱなし。
「ああ、あれはアディの特製だからな。どういう原理かは分からぬが、食べたものを全て本体の魔力の回復に充てることが出来るように作ってあるらしい。故にアディの魔力が完全に回復しない限りは、どれだけ食べようとも満腹感を得ることは出来ぬということだな」
「ふぅん、そうなんだ。でもでも、なんで今日はおばあちゃんは
「ん〜、それなんだけど、ちょっと結婚式の準備も並行してやっておきたくってね。それにはやっぱり本体の方が都合が良くて……だけどシルちゃんとのデートは当然楽しみたいでしょ?だからこうして五感を全て再現した
アフロディーテはさらっと言ってはいるが、地上に住むものからすれば革命的な技術。
それを孫と遊びたいからという理由でやってのけてしまう妻に、アスモデウスは緩む口元を手で隠す。
「結婚式で何するの?」
「うふふ、それはヒ・ミ・ツ!だけど心配しなくていいわ。アルは私たちの息子で、セアラちゃんは大切なお嫁さんだもの、世界で一番派手な結婚式にしてみせるわ。もちろんそこらの王族の結婚式なんか目じゃないってくらいにね」
「そっかぁ、それなら良かった!じゃあ次は何を食べよっか?それとも何かして遊ぶほうがいいかな?」
「そうねぇ……ちょっと食休みついでに、シルちゃんとお話でもしようかな?」
「私と?」
「そ、どこか座れる場所は……」
戸惑うシルを他所に、目を細めてきょろきょろと辺りを見回すアフロディーテ。
「アディ、向こうの公園にベンチがある」
アスモデウスがいち早く見つけたのは、祭りの中心部からは少し外れた公園。
それ故に休憩している人がまばらにいるだけで、穏やかな時間が流れていた。
「あら、おあつらえ向きね。シルちゃん、行こ?」
「う、うん」
大きな湖を目の前に望むベンチに腰かける三人。アフロディーテとアスモデウスの間に、おどおどしながらシルがちょこんと座っている。
「ふぅ、疲れたぁ……って大して疲れてるわけじゃないのに、ベンチに座るとついつい言っちゃうのはなんでかしらね?」
「あの……おばあちゃん、なんのお話をするの?」
アフロディーテはシルの手に自身の手を重ねて頭を下げる。
「ごめんね、さっきのお屋敷での話、シルちゃんへの配慮が足らなかったなって……本来ならシルちゃんには、きちんとアルとセアラちゃんから伝えるべき事だったかなって思って」
いくらアルとセアラに大切にされているとはいえ、シルが養女であることに変わりはなく、近い将来に実子が産まれるというのはデリケートな話。
シルに伝えるのであれば、まずアルとセアラに先に伝え、シルへのフォローも同時にするべきだったとアフロディーテは反省していた。
「シル、大丈夫だ。あの二人は実子が出来たからと言って、シルを蔑ろにするような者たちではない。そのような半端な気持ちであれば、とっくに本当の両親の元に返されているはずであろう?血の繋がりなどなくとも、シルは間違いなく二人にとって大切な娘、そして我らにとっては大切な孫だ」
アスモデウスが妻の意図を汲んでフォローすると、シルは微笑みを湛えてこくりと頷く。
「うん、ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん。でもそれは心配してないんだ。それにパパとママに赤ちゃんが出来るのは嬉しいことだもん。だけどね……」
「何か他に不安なのことがあるの?」
「……うん……あのね…………えっと……私、赤ちゃんのお世話なんてしたことないから、ちゃんと出来るか心配なの。なにか今のうちに覚えておいた方がいいこととかあるのかな?」
「……シルちゃん、今は私たちしかいないんだから、そんなふうに誤魔化さなくていいのよ?」
「うむ、アルとセアラには言い難いこともあろう?」
取ってつけたような笑顔と答えなど、当然この二人には易々と看破されてしまう。
アフロディーテは優しく笑いながらシルを抱き寄せ、アスモデウスはその頭をポンポンと叩く。
「…………本当はね、ちょっと怖いの……」
「何が怖いの?」
「…………もしも赤ちゃんが産まれて、可愛いって思えなかったらどうしようって……」
シルはアフロディーテの胸に顔を埋めると、ぽつりぽつりとその心情を吐露する。
「うん、それで?」
「もし……もしそうなったら……パパとママ、ガッカリしちゃうよね……?私の事、嫌いになっちゃうかな?きっと意地悪な子だって思われちゃうよね……?」
不安な気持ちを表すかのように、徐々にか細くなっていく声。
「……シル……産まれてきた子をシルが可愛いと思うかどうかは分からぬ。だが確かなことは、アルとセアラはそれでもシルを嫌いになったりはせぬ。そも子は親とは別人格。それ故に子が親の望むとおりにならぬのは当然のことだ。それでも親が子に愛情を注ぐことは、果たさなくてはならぬ責務。アルもセアラも、そんなことは言われずともわかっておるよ」
「……うん」
珍しく熱っぽく語るアスモデウスにシルは圧倒され、こくこくと頷く。
「もう!アナタ、かたっくるしい言葉を使わないでよ。いい?シルちゃんの不安は、今はどうやっても答えは出ないことよ。だけどね?不安になるってことは、シルちゃんは意地悪なんてしたくないってことでしょう?仲良くしたい、可愛がりたいって思ってるんでしょう?だったらそれで十分だよ。もしそれで二人が怒るんなら、私がシルちゃんの味方になってあげるから!なんならシルちゃんに好かれないアイツが悪い!」
「ありがとう……でも赤ちゃんを怒っちゃダメだよ?」
「あ、そ、そうよね?赤ちゃんに怒っちゃダメよね?あははは……」
ビクッと肩を震わせ、乾いた笑いで誤魔化すアフロディーテにキョトンとするシル。その後ろではアスモデウスが呆れ顔でかぶりを振る。
「……おばあちゃん、おじいちゃん、お話聞いてくれてありがとう。ちょっとすっきりしたよ」
「ふふ、それは良かったわ。どういたしまして」
「うむ。シル、これからも二人に言い難いことがあれば、我らに相談するのだぞ?」
「うん、分かった!!」
満面の笑みを見せるシル。
その猫耳がピクピクと動き、異変を察知する。
「……ん……あれは……ギデオンさんかな……どうしたんだろ?」
シルの視線の先には何やら深刻な様子の熊獣人ギデオン。その他にも装備を身につけた冒険者らしき者たちが集まり、物々しい雰囲気が漂っている。
「冒険者たちか?どうやら祭りを楽しむという様子でも無さそうだな……とは言え今日は要人が来るだけあって、警備の人員も充実しておる。我らの出る幕はなかろう」
「他人事みたいに言ってるけど、アナタも
「ううん、このままじゃ気になるから、何があったか聞きに行く!」
「ええ〜!?そんなぁ……」
シルがベンチからぴょんと勢いよく降りると、ガックリと項垂れるアフロディーテ。
「ふむ、確かに放置して、万が一結婚式に影響が出ても事ではあるか……よし、アディ、行くとしよう。大したことがなければ、話を聞くだけですぐに終わる」
「はぁ〜い……」
アスモデウスに右手を引かれ、アフロディーテが重い腰をあげる。
「ごめんね?おばあちゃん、あとでまたいっぱい遊ぼ?」
左手をシルにきゅっと握られると、それまでの不満げな顔がみるみるうちにほころんでいく。
「よ〜し!ちゃっちゃと終わらせるわよ!」
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