第168話 結婚式前夜後編(セアラ)
「うぅ〜、もうお腹いっぱい……はち切れちゃいそう……」
背もたれにダラりともたれかかって座るシルが、膨らんだお腹をポンポンと叩いていい音を鳴らす。
自らの分だけでなく、明日という大切な日をベストコンディションで迎える為にと、控えめにしていたセアラの分まで食べては致し方のない事だった。
「もう……シルったらいくらなんでも食べすぎ、それに行儀悪いわよ?」
「だってもったいないし、美味しかったんだも〜ん」
セアラの小言も何処吹く風。シルが屈託の無い笑顔を見せる。
「うふふ、相変わらずシルちゃんの食べっぷりは気持ちいいわねぇ。お気に召したようで何より、料理長にも伝えておくわ」
「ところでセアラさん、明日はどんなドレスを着られるんですか?私、それが楽しみで楽しみで……やっぱりメリッサさんの特注ですか?」
ヒルダがキラキラと目を輝かせながら、ずいっとテーブルの上に乗り出すと、セアラは苦笑を浮かべながら髪をかきあげる。
「ふふっ、そうなんですか?確かにメリッサの特注ではありますが、至ってシンプルなウエディングドレスだったので、残念ながらご期待には添えないかと……」
「シンプル……ほほぅ……なるほど、さすがメリッサさんですね」
「ええ、本当にそうね」
「身に余る光栄でございます」
満足そうに頷くヒルダとレイラに視線を送られると、メリッサは座ったまま恭しく礼をする。
「えっと……?」
セアラが困惑していると、ヒルダがすくっと椅子から立ち上がりセアラに抱きつく。
「だ〜か〜ら〜、セアラさんほど素材が良ければ、あれこれと飾り立てる必要なんて無いってことですよ」
「そ、そんなことは……」
「い〜え!そんなことあるんですよ!いつも領地に引きこもっているように見えるかもしれませんが、私だってシーズン中はちゃんと社交界に出てるんですからね?それでもセアラさんほどの方はお目にかかれませんから」
「……そう言えば……前にメリッサにも似たような事を言われたような……手をかける必要が無いから面白くないとか何とか……」
「そうね。まあ今回はその理由の他にも、アルさんとのバランスを考えないといけないからシンプルにしたのよ。結婚式なのにセアラばっかり目立っちゃ……」
そこまで言うと、メリッサはセアラの反応を目にして、しまったと口を押さえる。
しかし時すでに遅し。アルの容姿を下げているような最後の一言にセアラがあからさまに不機嫌になると、シルも隣で密かに難しい顔をする。
「……あ〜……ごめん……」
この世界において、最も人気があるとされるのは男女問わず金髪に碧眼。物語の主人公にもよく使われている容姿の特徴であり、セアラもその部類に入る。
対してアルのような黒髪、黒目は顔が整っていようとも、どうしても地味なイメージを持たれてしまう。つまりメリッサの言わんとしていることは的を射てはいるのだが、それでもセアラとシルは納得出来ずに、むぅと口を尖らせたまま。
メリッサとてセアラがアルの事になると冷静さを失うことは重々承知。だからこそ自身の不用意さを反省して困り顔を浮かべていると、見かねたエリーが助け舟を出す。
「ねえセアラ、アルさんが素敵な人だってこと、彼を知っている人なら私も含めてみんな理解してる。もちろんメリッサだって二人がお似合いだって分かってる。だけどね、明日の表向きの主役は女神様。つまり女神様を一目見ようと、あなたたちのことを何にも知らない人たちだって大勢来るわ」
「……うん……」
「だからね、メリッサは心配しているの。そういう方たちに、アルさんがセアラに釣り合わないとか言われたりしないか?ってね」
「そうですよ。だからセアラさんの衣装だけじゃなくて、アルさんの分も既製品じゃイマイチだからって一緒に作ったんですよ。ちなみに私もちょっとお手伝いさせてもらいました」
エリーに続き、レイチェルからもメリッサを擁護する声、セアラはハッとして頭を下げる。
「そうだったんだ……メリッサ、ごめんね。何も知らないで……」
「ま、まあ私にはそれくらいしか出来ないからね」
照れて頬を赤く染めるメリッサの手を取り、セアラはギュッと両手で包み込むと、涙声を絞り出す。
「……ありがとう」
「……うん……私はセアラのことを親友だと思ってる。もちろんアルさんのことも大切な友人のひとりよ。だから何も知らない人だろうと、二人の結婚式に少しでもケチをつけられるのはイヤ。誰もが心から祝福したくなるような、羨ましくなるような、そんな素敵な結婚式が見たいの。そのために私に出来ることなら、何だってするわ」
親友が見せる普段とは違う姿に、セアラは小さく頷いてぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、私もメリッサのこと親友だと思ってるよ。私にとって初めての友達で、いつも助けてもらって本当に感謝してる。メリッサがいてくれて本当に良かったって思う」
「う〜、ずるいです!私だってお二人の親友のつもりなんですからっ!」
レイチェルが大きく両腕を広げて二人に突進すると、包み込むようにしてがっちりとホールドする。
「あはは、痛いって、レイチェル」
「ふふ、もちろんレイチェルさんも親友ですよ。いつもありがとうございます」
「はいっ!!」
「私も混ざる〜」
「あらあら、楽しそうねぇ。私も混ぜていただこうかしら?」
「あ、お母様ったらずるい、私もっ!」
リタとエリーを残し、広い部屋で団子状態になるセアラたち。
「ほら、お母さんとエリー姉様も」
「ええ……私も?……仕方ないわねぇ……」
「じゃ、じゃあ失礼します」
言葉とは裏腹に、中心まで潜り込んでセアラを抱きしめるリタ。
やがて二人を残して離れていくメリッサたち。
「……セアラ、アル君はモテるからね?フラフラとどこかに行かないように、ちゃんと捕まえておかないとダメよ?なんなら首に縄をつけてもいいんじゃないかしら?」
「ふふっ、それはさすがにやり過ぎ」
セアラが苦笑すると、リタもまた笑みを浮かべる。
ややあってリタがセアラから体を離すと、その表情が僅かに曇っていた。
「…………カペラでね……」
リタが下を向いて口ごもると、セアラが小首を傾げる。
「……?……どうしたの?」
「…………たくさんの人に言われたわ……おめでとうございます、素晴らしい娘さんですね。結婚式も見に行きます、ってね」
「うん」
よくある社交辞令。何故それでリタの表情が曇るのか、セアラには理解できない。
「……何も言えなかった……ただ笑って返すことしか出来なかったの……」
「……お母さん……」
「……やっぱりね……一番近くであなたの成長を見守ってあげたかった……そうすれば胸を張って、ありがとうございます、自慢の娘なんですって言えたのに……」
「そんな……」
「そんなことはありませんっ!!」
戸惑うセアラ。エリーが大きな声を上げる。
「差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありません。ですが……それは絶対に違うと断言出来ます」
「……どうして?」
「お二人が一緒に過ごされたのは、確かに五年という短い歳月だったかもしれません。ですが、その五年が無ければ今のセアラはいないんです。幼少期に深い愛情を受けていたからこそ、あのような環境にあっても、心根が優しいままでいられたのです」
「それは……エリーのおかげ……」
「いいえ、当時の私はまだ子供でしたし、ただの侍女。大したことなど出来ません。セアラがあの魔窟で生きられるようにするだけで精一杯でしたから。あのような環境が人格形成に好影響だったなど、到底考えられません」
「…………」
「エリー姉様、ありがとう。ねぇお母さん。胸を張って言ってよ。私が育てた自慢の娘だって」
そう言うとセアラは傍らに立つ
「私ね、お母さんに抱き締められた温もりを知っていたから、
その言葉に両手で顔を覆い、嗚咽を漏らすリタ。セアラはそんな母を抱き寄せ、背中を優しく叩く。
「私の中にはね、お母さんが育ててくれた思い出がちゃんと残ってる。それは今も昔も変わらない大切な宝物だよ。だからそんな淋しいこと言わないで」
「………………ありがとう、セアラ……あなたは私の誇り、自慢の娘よ」
「うん、ありがとう。私の自慢のお母さん」
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