第169話 女神と魔王の電撃おうち訪問

「ああ、やっとこの日が来たのね……私がどれだけこの日を待ちわびたことかっ!!」


 自身の石像の前で一日千秋の思いを体現するかのように、魔導人形マギドール姿の女神アフロディーテが高々とこぶしを突き上げる。


「うむ、ちょうど日も昇ったところだ。早速迎えに行くとするか」


「待て待て、まだ寝てるに決まってるだろ……何考えてるんだよ……」


 アルがぐったりと教会の椅子に身体を横たえたまま、呆れを含んだ視線を両親に向ける。

 時刻は午前四時半過ぎ。ようやく空が白み始めただけで、まだまだ日が昇ったと言うには早すぎる。


 事の発端はアスモデウスがギルドで寝ていたアルを教会に拉致したことから。

 そして光の魔力をアフロディーテお手製の魔導人形マギドールに、限界まで注入させたのだった。本来セアラとともにするはずだったものを、時間が早すぎることからアル一人で行ったため、相当な無理を強いることになってしまった。


「ええ?お寝坊さんなのねぇ……私は楽しみすぎて昨日の十一時には起きてたわよ?」


「……十一時って夜のだろ……?いったい何時に寝たんだよ?そもそも普段は石なんだから、寝る必要なんてないんじゃ?」


「母親に向かって石て……まあいいわ。え〜っと、たしか昼過ぎ頃だったかしら?」


「寝過ぎだろ」


「仕方ないじゃない。結婚式の準備のせいで参拝客が入ってこないから暇で暇で、寝るくらいしかやることなかったのよ」


「我は仕事を片付けるために寝ておらぬ」


「……孫バカめ……」


 アフロディーテとアスモデウスが待ちわびていたもの、それはアルとセアラの結婚式、よりもシルとのお祭り練り歩きツアー。

 シルの誕生日祝いに来られなかった分、今回にかける思いは並々ならぬものがあった。


「それにしてもアディ、もう少し地味な格好にしたらどうなのだ?」


 アスモデウスの苦言に、アルが『確かに』と同意を示す。

 アフロディーテの格好は腰回りがくびれたノースリーブの白いワンピース。キレイめな装いで女神らしいとも言えるかもしれないが、息子のアルからすると『よくもまあ年甲斐も無くそんな格好を』と言いたくなるところ。

 だがアスモデウスの懸念はそこではない。


「そのように肌を露出する煽情的な装いでは、よからぬ輩が寄ってくるやもしれぬであろう?」


 アルが信じられないものでも見るかのような視線を父親に向ける。


「あら〜、心配してくれてるの?でも、そうなってもアナタがちゃんと守ってくれるでしょ?」


「無論だ。しかしアディがそういう目で見られてしまうではないか」


 アフロディーテの挑発的な物言いに、アスモデウスはコホンと咳払いをしてきっぱりと言い切る。


「うふふ、そんなふうに言ってくれるのは嬉しいわねぇ。でもせっかくのデートなんだし、アナタの前では可愛い私でいたいじゃない?」


「ふむ……確かにな。ではそのままで行こう」


「……結婚式当日の夜明け前に無理やり連れてこられて、俺は何を見せられてるんだ……」


 アルは体内の魔力量の減少と睡眠不足よって薄れ行く意識の中、決して今日という大切な日のスタートに失敗した訳では無い。なんなら親孝行という善行をしたのだと自分に言い聞かせ、眠りにつくのであった。


ーーーーーーーーーー


「あの……奥様、お客様がいらしております」


 ところ変わってファーガソン邸、時刻は七時を少し過ぎた頃。朝食を摂るため、食堂に集まっていた面々。

 明らかに困惑の表情を浮かべている執事の言葉に、レイラが首を傾げる。


「お客様?こんな早くにどなたかしら?」


「えっと……それが……あっ……」


「お邪魔するわね〜、あ、いたいた!」


「お、お義父様、お義母様!?」「おじいちゃん!おばあちゃん!」


 ずかずかと食堂に立ち入るアフロディーテとアスモデウス。それを見たセアラの驚きに満ちた声と、シルの喜色が溢れた声が重なる。

 そして二人の言葉を脳内で反芻し、その正体にアタリをつけたほかの面々は、驚愕と畏怖が入り交じった表情を浮かべている。

 代表してレイラが一歩前に進み出て、緊張した面持ちのまま優雅に腰を折る。


「お、恐れながら、ディオネの守護女神アフロディーテ様と魔王陛下とお見受け致します。ブレット・ファーガソン辺境伯が夫人、レイラ・ファーガソンと申します。こうして御二方にお目にかかれましたこと……」


「ストーップ!!こっちが勝手に来ちゃったんだからそんな堅苦しくなくて大丈夫よ。楽にしてちょうだいな」


「うむ、アルからもどうせ止めても行くのだから、せめて気を使わせるな、と言われておるしな」


「さ、左様でございますか……」


「あ、でもこれだけは言っておかないといけないわね。あなた達が代々頑張ってくれているおかげでこの町はいい町になってるわ。どうもありがとう」


 頭を下げることはしないが、にっこりと笑うアフロディーテ。その美しさは文字通り人外のもので、まるで魅了にかけられたようにその場の時が止まる。


「……そ、そのようお言葉、勿体のうございます」


 正気を取り戻したレイラが慌てて取り繕うと、今度はセアラが一歩前に出る。


「あの、お義母様。こうして魔導人形マギドールで出歩かれていると言うことは、魔力の注入は終わったのですか?まさかアルさんが一人で?」


「ええ、今は教会でぐーすか寝てるはずよ。セアラちゃんはまだ寝てるだろうから一人でやるって聞かなくってね」


 そこまで言うと、アフロディーテがセアラの肩をポンと叩いて『愛されてるわねぇ』と耳打ちする。

 魔力の注入は先日体験したが、その疲労感は憂鬱になるほどの凄まじいもの。正直なところアフロディーテの依頼でなければ丁重にお断りしたいとセアラは思っていた。

 それをアル一人でやったとなれば今の状況は容易に想像できるというもの。


「はい、本当に…………ちなみに何時だったんですか?」


「四時前だな」


「よっ……」


 さらりと言い放つアスモデウス。

 それでも非常識を非常識と思わせない、そんな圧倒的な説得力がごく短い言葉にも、そして僅かな所作にも満ち溢れていた。

 当然誰も突っ込めるはずもなく、セアラは愛想笑いを浮かべながら、ご愁傷様でしたと心の中でアルを労う。


「ところで今から朝食だったのかしら?」


 魔導人形マギドールの性能を存分に発揮し、屋敷に漂う香ばしいパンの香りを嗅ぎつけたアフロディーテがきょろきょろと辺りを見回す。


「うん、そうだよ。あ、レイラさん、おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に食べたらダメですか?」


 シルの無邪気な提案に、その場の空気がピリッと引き締まる。


「そ、そうよね?女神様、魔王陛下。もしお済みでなければ、お口に合うかは分かりませんが……」


 レイラとしてもどうするべきかと思案していた事柄。

 シルに背中を押される形で腹を決め、二人に着席を促す。


「あら、いいの〜?なんだか催促したみたいで悪いわねぇ?」


「ではお言葉に甘えさせていただこう」


 アフロディーテとアスモデウスは、言うが早いか当たり前のようにシルを挟んで着席する。

 ただの孫好きな祖父母にしか見えないその行動に、びくびくしていたメリッサたちの表情が思わずほころぶ。

 それに加えてコミュ力お化けのアフロディーテの振舞いのおかげで、朝食会は思いのほか盛り上がりを見せるのだった。

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