第167話 結婚式前夜中編(いつまでも変わらないもの)
「セアラさん、リタさん、シルちゃん、他の方々もようこそ。今日は明日に備えて、自分の家だと思って寛いでくれたまえ」
ファーガソン家のエントランスで一家に迎えられるのは、アルと別行動のセアラ。シル、リタ、メリッサ、レイチェル、エリーと共に訪れていた。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
セアラが代表して礼をすると、リタとシルが続けて頭を下げる。
「ほ、本当に私たちまでよろしいのでしょうか?」
過度に華美な装飾は見られないファーガソン家の屋敷。それでも場違い感を自覚したメリッサが恐縮しながら尋ねると、レイチェルも青い顔でこくこくと頷く。
「ああ、もちろんさ。その方が明日の準備がスムーズに出来ていいだろう?その代わり、明日はセアラさんを飛びっきり綺麗にしてもらえるかい?」
「お任せくださいませ。ご期待に添えられるよう尽力致します」
セアラの元専属侍女のエリーが一歩前に進み出て、優雅にお辞儀をする。その所作は洗練されており、一目で教育を受けた者だと分かる。
「エリーさんはセアラさんの元専属侍女だったそうだね?幼い頃から成長を見てきたとあれば、喜びも
「はい、仰る通りにございます。本当に……この日が来ることを、いつも夢見ておりました」
「エリー姉さま……ありがとうございます」
セアラがエリーに抱きつくと、エリーはセアラの金髪を愛おしそうに撫でる。
「ふふ、本当に姉妹のように仲がよろしいのね?今夜は女性だけですし、色々とお話が聞けそうでたのしみですわ。さぁ、あなたも挨拶が済んだならそろそろ行かないと。約束の時間に遅れてしまいますわよ?」
夫人のレイラが二人の様子微笑ましく眺め、まるで邪魔者をを追い出すかのようにブレットの背中を押す。
「そんなに急かさなくてもいいじゃないか……皆さん、せっかく来てもらったというのに申し訳ないが、今日は私はアル君の方に行くことになっていてね。セアラさん、しっかり土産話を持ってくるから楽しみにしているといい」
「え?あ、はい……?」
サムズアップしたブレットに満面の笑みを向けられると、セアラは困惑しながら取り敢えず頷く。
その反応に満足したブレットはセアラたちに軽く手を振り背中を向けると、すぐにその表情を真剣なものへと変え馬車へと向かう。
「……アレク、何か問題は起こっていないか?」
「小さな小競り合いはありますが、大きな問題は何も……」
「そうか、ご苦労。だが最後まで気を抜くなよ?」
ブレットは護衛兼側近のアレクの返答に満足そうに頷くと、屋敷の前に停められていた馬車に乗り込む。座席にどかっと腰を下ろして念入りに眉間を揉むその仕草は、今日までの激務を物語る。
「勿論です。しかし明日はアルさんとセアラさんの結婚式に参列するため、各国首脳が集まる日です。各国とも大所帯ではないにしろ、優秀な護衛を連れて来られますから、警備の厳しさは今日までの比ではございません。何も心配はいらないかと」
「ああ、分かっているさ。だがそういう状況で失態を演じるわけにはいかないからな」
「重々承知しております。それにしても、わざわざ世界中の首脳が祝いに来るだなんて……さすがは世界を救った英雄と呼ばれるだけありますね」
遠い目でアルと初めて出会ったカペラの祭りを思い出すアレク。
感心しきりといったその様子に、ブレットは背もたれに体を預け、腕を組んだまま口を出す。
「アレク、アル君とセアラさんは確かに英雄と呼ばれるに相応しい活躍をした。しかしだからと言って、忙しい合間を縫って、わざわざ各国の首脳が挙って祝いに来ると思うか?」
「……何らかの思惑が?…………やはり世界を救ったその力、でしょうか?敵に回したくないと思うのも無理は無いかと」
「違うな。我が国の先王のように、虎の尾を踏むような愚行をしない限り、そのようなことを恐れる必要など無い」
「では一体……」
「重要なのはアル君の出自、魔王陛下の息子という点だ」
「……まさか、アルさんが次期魔王になると仰られるのですか!?」
思わず座席からその巨体を浮かせるアレク。
「先のことは誰にも分からん、だが今のうちに布石を打っておきたいと思うものだろう?」
「し、しかしご本人がそれを望んでいるとは到底思えません……」
「ああ、微塵もその考えはないだろうな。だがそこに本人の意思はさほど重要ではない。大事なのは彼が魔王陛下の息子であり、魔王に見合うだけの力を有しているということだ」
「そういうもの、ですか…………このお話、セアラさんにはされたのですか?」
「ああ……ソルエールでな」
ーーーーーーーーーー
『ブレットさん、お気遣いありがとうございます』
ブレットから各国の思惑を伝えられようとも、セアラは特に慌てることも、そうならないように相談を持ちかけるでもなく、ただ礼を述べるだけ。
『なるほど……セアラさんは王女だったのだから、気付いていてもおかしくは無いということか……では聞くが、アル君が魔王になっても構わないのかい?』
『構う構わないの話ではありません。例えばこの先、今回のように地上を脅かす者が魔王の座を狙った時、アルさんがそれを静観することは絶対にありません。そうなった時、私たちが望む望まないに関わらず、周りはあの人をその座へと押し上げることになるのでしょう』
そこまで言うとセアラはマイルズたちと言葉を交わすアルに視線をやり、口元に手を当ててクスクスと笑う。
『仕方ないなって頭を搔くあの人が目に浮かびますね』
『いいわけがない……仕方ないで済ませていいわけがないじゃないか!?君たちは周りのことを気にし過ぎだ!もっと自分たちのことだけを……』
大声ではないにしろ、堪らず強い口調になってしまうブレット。セアラは少しの動揺も見せず、ゆっくりとかぶりを振って否定の意を示す。
『それが出来ないこと、ブレットさんもよくご存知でしょう?それにアルさんだって誰も彼も助けてるわけじゃないんですよ?例えば身の丈に合わないクエストを受注して、助っ人を頼むような冒険者などには本気で怒りますし』
『アル君の性格はもちろん分かっているさ…………だが、そうだとしてもだ!さっきも言ったが、それではいつまでも誰かのためだけじゃないか……私は君たちには幸せになって欲しいんだ』
なお食い下がるブレットの熱意を受け、セアラは困ったように笑う。
『幸せに、ですか……お心遣いは大変有難いのですが、私たちは今でも十分に幸せですよ?あの日からずっとずっと幸せです』
『セアラさん……』
『あの日……アルさんが私を選んでくれた……ずっとそばにいろと言ってくれた。少しだけ震えていたその声が、痛いくらいのその抱擁が、その言葉だけは
淡々と語り始めるセアラ。その言葉に徐々に熱がこもり始める。
『本当に嬉しかった。信じられなくて夢じゃないかって思いました。嬉しくて仕方ないのに、涙ばかりが出てきて言葉が出てこない。アルさんはそんな私に、真っ直ぐに思いを伝えてくれました。憧れ続けた大好きな人に、君が好きだと、あなたが欲しいと言って貰える感動、喜びに身が震えました』
ブレットは何も言わずにセアラの想いに耳を傾ける。
『この先の人生で、いつかこの感動を更新するような出来事があったとして、私の隣には必ずアルさんがいてくれるんだなぁって嬉しくなりました……私にとってはアルさんが森の中で穏やかに過ごす青年でも、世界を救ったと称賛される英雄でも、魔界を統べる魔王でも、別に大した問題ではないんです。アルさんが私の夫だという、最高の幸せが変わってしまう訳では無いのですから』
そう言ってのけるセアラの笑顔は、かつてのように儚く可憐なだけではない。そこに確かな芯の強さを感じたブレットは、思わず見とれて何も言うことが出来なかった。
ーーーーーーーーーー
(……話だけを聞いたのならば、それは若さだと断ずることが出来ただろう。だが……あの表情を前にして、否定など誰が出来る?……しかし本当に……)
「……セアラさんは魅力的な女性になったな。私もあと二十年若ければ……まあそれでもアル君には敵わんな」
ブレットが自嘲気味に笑うと、アレクが頭を抱えて嘆息する。
「……ちょっと待て!!アレク、お前っ……レイラに言うつもりだろう!?ただの冗談じゃないか!?」
「……申し訳ありません、それも私の役目ですので」
「ぐっ……」
こうしたやり取りの結果、この後に行われたギルドでのアルへの尋問は、ブレットによるものが最も厳しいものとなったのであった。
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