第162話 アルの予感

 シルの誕生日から約一ヶ月、特に何事も無く平穏な日々が続き、女神降臨祭という名のアルとセアラの結婚式が一週間後に迫っていた日の夜。


「シルは本当に寝つきがいいよな。さっき部屋に上がったと思ったら、もうすっかり寝入ってるよ」


 つい最近、二階に新たに作ったシルの部屋。様子を見に行ったアルが階段を降りながら微笑む。


「ふふっ、そうですね。きっといつも一生懸命だから疲れるんじゃないでしょうか?」


「そこがシルちゃんの可愛いとこよねぇ〜。ほらアル君もどうぞ」


 階下のリビングでは、セアラとリタがチーズやナッツなどを肴に赤ワインで晩酌中。手招きするリタがテーブルに置かれた空のワイングラスに、表面張力を感じさせるほどなみなみと赤ワインを注ぐと、アルの顔がひきつる。


「……ありがとうございます」


「お母さん、注ぎ過ぎだって」


「えぇ〜?だってアル君、一杯しか飲んでくれないしさぁ」


 シルが十一歳の誕生日を迎えたことを機に、一人で寝ると言い出したため、夜はのんびりと晩酌をすることが多くなっていた。


「そういえば二人とも、今更だけど結婚式の準備は大丈夫なの?」


 三人で取り留めもない話をしていると、頬杖をついてナッツを吟味していたリタが不意に二人に問う。


「準備?準備って言っても私たちほとんどすること無いよ?会場は御義母アフロディーテ様の教会って初めから決まってるし、当日の衣装とかの打ち合わせもメリッサとしたし、食事……と言うより宴会の準備も向こうにお任せだし……」


 リタから問われたセアラが同意を求めるように横を見ると、既に少し頬の赤いアルもこくりと頷く。


「じゃあそうやって動いてくれている人たちへのお返しは考えてる?そもそも忙しいなかでわざわざ時間を割いて、あなたたちの結婚式を楽しみに来てくれる人が大勢いるのよ?その人たちへのお返しは?言葉で感謝を伝えることはもちろんだけれど、何か渡してもいいんじゃない?」


「……確かに……それもそうですね……」


「ど、どうしよう!全然考えてなかったよ!」


 慌てふためく娘夫婦を見て、リタがやれやれと首を振る。


「そういうことはちゃんとしないとダメよ。明日は休みでしょ?レイチェルに話を通してあるから、オールディス商会に行っておいで。そういうのも扱ってるらしいから」


 突然出てきたレイチェルの名前に、アルは首を傾げる。


「もしかしてレイチェルから言われたんですか?」


「え、ええ、昨日食事に行った時にあなたたちの結婚式の話になってね」


 アルとセアラが『ああ、いつものアレ合コンか……』と思ったところで、セアラが顔をしかめて立ち上がる。


「ちょっと、お母さん!レイチェルさん誘ったの?結婚してるからダメでしょ!」


「しょ、しょうがないでしょ?急遽一人足りなくなっちゃったんだから……」


 リタはむぅと口をとがらせると、グラスを一気に傾けてワインを飲み干し、手酌で注ぐ。


「もぉ〜!!明日、旦那トムさんに会えたら謝らないと……」


 セアラが頭を抱えていると、アルが挙動不審なリタの様子に気付く。


「……セアラ、それは先にレイチェルに確認しておいた方がいいんじゃないか?」


「えっと……」


 アルの指摘を受けてセアラがリタを見ると、そそくさと二本目のワインをキッチンへと取りに行く。


「もしかして……トムさんに許可とってないの……?」


「わ、私はちゃんと聞いたのよ?連絡しなくていいのかって……でもレイチェルが別にいいって言うんだもの……それに何も無い様にちゃんと最初に人数合わせだって……」


「レイチェルさんが?え……?どういうことだろ……うぅん、面倒なことにならないといいんだけど……」


 事態が飲み込めず、深刻な顔で腕を組むセアラの横。アルはなかなか減らないワインに口をつけながら、間違いなく面倒なことになって巻き込まれるのだろうなと、密かに覚悟を決めるのだった。



※あとがき

更新遅くなりましてすみません&短くてすみません。

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