第163話 私たちらしいものって?

 昨夜のリタの提案を受け、アルとセアラはオールディス商会への道を進む。


「はぁ……正直、気が進まないな……」


「まあまあ、確かにレイチェルさんとトムさんのことは気になりますけど、行かないという訳にはいかないんですから」


 足取りの重いアルを、ニコニコしながら後ろから押すセアラ。相も変わらず仲睦まじい様子ではあるものの、いつもは並んで手を繋いで歩く二人の珍しい光景に、道行く人々は何事かと興味津々といった様子で視線を送る。


「それはそうなんだが……」


 ややすると絶えず多くの客が出入りをする大きな商会が見えてくる。

 オールディス商会は、実店舗の上の階に事務所を構えるというスタイル。客の反応をダイレクトに見ることが出来るため、創業からずっとこの形態を貫いている。


「いつもながらすごい人ですね」


「カペラを代表する商会の一つだしな……ってレイチェルがいるな……」


 店舗入口で二人に向かってブンブンと手を大きく振るレイチェルの姿を認めると、アルはあからさまに嫌そうな顔をする。

 アルとしては出来ることならばレイチェルには会わずに、他の店員に相談して決めればいいと思っていたのだが、その計画は早くもご破算となる。


「こんにちはレイチェルさん。わざわざ待ってくださっていたんですか?」


 いつもの柔らかな笑みを湛えて挨拶をするセアラ。レイチェルは思わずうっとりと見惚れていたが、頬をパンパンと二回叩いて接客モードに切替える。


「んん……本日はお越しくださいましてありがとうございます。お二人の最善の選択を手助け出来ますよう、身命を賭して……」


「重い重い、あと気持ち悪いから普段通りにしてくれ」


「アルさん、それはさすがに言い過ぎですよ……でも、私もいつも通りが嬉しいですね。その方が色々と気軽にお話できますし」


 二人からそう言われては是非も無く、キリッとした表情を早々に緩ませるレイチェル。


「そ、そうですかぁ?では……今回のことは私が言い出しっぺですからね、張り切って接客させていただきますよっ!ちなみにアルさん、私を見つけて嫌そうな顔したのバレバレですからね?バッチリ見えてましたからね?」


「そこまでフランクにならなくていい。ところで…………」


 いつも通りのレイチェルの調子に釣られ、ついつい『今日はトムは居ないのか?』という、目に見える特大の地雷を踏みそうになって思い止まるアル。


「と、ところで今日はどのようなものを見せていただけるんでしょうか?昨日からすごく楽しみにしていたんですよ、ね、アルさん?」


「ん?あ、ああ、そうだな」


「ふっふっふ、それはもちろん定番の物から私のオススメまで、いくつかのプランを用意させていただいてますよ。じゃあ早速行きましょうか」


 元々が素直な性格をしているアルとセアラ。あからさまにぎこちない二人の様子を見ても、レイチェルは気にする素振りは全く見せずに、いつも通りの反応だけを返して店内へと進んでいく。

 まずは一階、主に食品を扱うフロアへと誘われる二人。


「割と定番なものがお菓子ですね。なかでもやはり日持ちする焼き菓子が人気です。単体でも勿論いいですし、他の物と組み合わせてもいいと思いますよ」


「他の物って例えばどのようなものがあるんでしょうか?」


「そうですね、食器などはどうでしょうか?」


「食器……それってまさか写真が印刷された皿じゃ無いよな?」


 食器と聞いてアルの脳裏に浮かぶのは、一般家庭では使い勝手の悪い巨大な皿に、新郎新婦の写真がプリントされたもの。

 まだ向こうの世界にいた時、どこからか手に入れたそれに大皿料理が盛り付けられていたことを思い出す。


「食器に写真ですか?……それは初めて聞きますね……」


「いや、違うんならいい。忘れてくれ」


「……でも……それはなかなかいいアイデアかもしれませんよ?」


 予想外の食い付きを見せるレイチェルに困惑するアル。


「大きさはこれくらいで……あとはどうやって皿に写真を定着させるかが問題ですね……そういう魔法があるのかしら?」


「いや、それは却下だから考えなくていい」


 レイチェルが実現に向けて真剣に悩み始めると、アルは慌ててそれを制止する。


「でもレイチェルさん、それがいいアイデアというのはどういう事ですか?」


 小首を傾げるセアラに、レイチェルは諭すような口調で、それでいて力強く語りかける。


「いいですか?他でもないアルさんとセアラさんの結婚式ですよ?世界を救った英雄お二人の結婚式ですよ?お二人はあまり自覚は無いかもしれませんが、もはやそれに招待されるという時点で、末代まで誇れる栄誉と言っても過言ではありません!」


「そ、そんなことはないと思うんですけど……」


「となるとです!お返しはただの既製品よりも、お二人から贈られたということが分かるものが喜ばれると思うんですよ。そう考えると、形に残る物が望ましいです。なので、お二人の写真というのはいいアイデアかと」


 腕を組んで大きく頷くレイチェルが、『私も欲しいし』と小声でつぶやく。

 来週に迫った結婚式にはカペラでも親交の深い者たちは招待しており、トムとレイチェル夫妻も例外ではない。


「なるほどな、金額云々よりも俺たちらしいもの、ってことか……」


「確かに……式には王族や貴族の方まで来られるんですから、既製品の中から見繕うのも限界がありますね……」


「ちょ、ちょっと待ってください!王族に貴族?もしかして王様とか来ちゃったりするんですか?」


「ああ、知らなかったのか?」


「知りませんよぉっ!!その時点で私の考えてきたプランは全部破綻ですよっ!!」


 多くの客で賑わうフロアであったが、悲しみにくれたレイチェルの叫びは、誰の耳にも届くほどに響き渡るのだった。

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