第161話 最高のプレゼント(後編)
「むぅ、さすがシルちゃんの実の親。あの屈託のない笑顔はなかなか引き出せません。一躍トップの座に躍り出たと言っても過言では無いかもしれませんね、これは……」
「もう俺達しか残っていないから聞くが、そのメモはなんなんだ?」
つらつらと何かを書き終えると、メリッサはメモ帳から顔を上げる。
「ああ、コレですか?別に怪しいものでは無いですよ。シルちゃんが一番喜んだプレゼントをあげた方には、ファンクラブ運営から景品が出ることになっているんです。私はその審査員の一人でして、あ、ちなみにシルちゃんの私物とかじゃないですよ?私も反省しましたからね」
メリッサが胸を張って特に自慢にもならないことを自慢げに言うと、アルは怪訝な目を向ける。
「また妙なことを……」
「そう言いますけどね、これは大事なことなんですよ?こうすることで独り善がりなプレゼントを防げるわけです。シルちゃんはもらったものにケチをつけるような子ではありませんが、それにつけ込んで変なものを渡す輩がいないとも限りませんからね」
「ふぅん、意外とそれっぽい理由だな」
アルは見直したというように頷くが、セアラは笑顔のままで詰問する。
「メリッサ、本音は?」
「シルちゃんの最高の笑顔が撮りたいっ!!」
「「…………」」
「今日のシルちゃんはいつもに増して超絶カワイイです、もう世界一の美少女!もはや天使ですよ!それにあのレモンイエローのワンピースもバッチリだと思いません?萌え袖パーカーとで朝まで迷っていたんですが、英断でしたね!そして最高の笑顔が加われば……ぐふふふ……あ、鼻血が……」
熱っぽく語り始めたかと思うと、次第に恍惚の表情を浮かべて鼻血まで出すメリッサ。アルとセアラは触れてはいけないものに触れてしまったと、思わずじりじりと後ずさりをする。
「そ、それにしてもメリッサがそんなにシルにご執心なんて……私、知らなかったよ?」
「む、失敬な。その辺のぽっと出と一緒にされては困るわねっ!!」
メリッサは左手で鼻をつまんだまま、メモを取っていた手帳の表紙裏に挟んだ、一枚のカードをアルたちに見せつける。
「シルのファンクラブの会員証?……ってあれ?これ、会員番号が……」
「そ、栄えある会員番号一番、それこそが私なのよ!!」
メリッサが腰に両手を当てると再び鼻血が垂れ始め、慌てて今度はティッシュを詰める。
「ということは、シルのファンクラブはメリッサが立ち上げたのか?」
「まあ発起人の一人ですが、そういうことになりますね。だってセアラはほぼ完成されちゃってて面白くないけれど、シルちゃんはまさにダイヤモンドの原石!ぜひともこの手で磨いて愛でたい!!」
「面白くないって、酷くない……?」
「セアラの場合は元が良過ぎるのよ。去年のミスコンだってさ、結局、私ができることなんてほとんどなかったもの。基本的な化粧をして、セオリー通りの服を選んで。たったそれだけで圧倒的大差で優勝だもの。だから
「確かにその通りだ」
「アルさん、真顔で同意するのは止めてください……」
珍しくアルがメリッサの意見に百パーセントの同意を示すと、セアラはアルの腕にしがみついて赤く染まった顔をぶんぶんと振る。
「その点シルちゃんはいいわ!ご両親……というよりケット・シーの特徴からして、体のほうは急激な成長を見込めない。それでもあの整った顔立ち、人懐っこいルビーのごとき瞳、思わず目を奪われる銀髪に、愛らしい猫耳&尻尾という強力な武器!その辺をどうやって活かしていけばいいのか……考えただけでもワクワクするわ!!」
瞳にメラメラと炎を宿し、天高く両こぶしを突き上げるメリッサ。アルとセアラにはその気持ちはいまいち分からないものの、彼女の中にあるスタイリストとしての矜持やこだわりのようなものなのだろうと納得する。そしてそれを止めることは出来ないのだろうと、顔を見合わせて嘆息する。
「まあ今のところシルはメリッサが選んでくれる服を気に入ってるからいいけど、あんまり無茶しないであげてよ?」
「まっかせなさいよ!アルさんが惚れちゃうくらいに可愛くしてあげるから!!」
「……冗談もほどほどにしておけ。それに今だって俺の娘は世界一可愛いだろ?」
いつものメリッサの軽口に対し、調子を合わせて返すアル。それでも意表を突かれて僅かに表情を変えたことにセアラだけが気付く。
「わ、親バカですねぇ。知ってましたけど」
ケラケラと笑うメリッサ。セアラは先ほどの表情には言及せずに、微笑みながらアルの腕を引く。
「アルさん、レイさんとローナさんが終わったみたいですから、私たちも行きましょう」
「ああ、そうだな」
「むむ、大本命のご登場ですね!ここから先はまばたき無しで行きますよ!!」
ハイテンションのメリッサを黙殺し、アルとセアラはシルの前に立つ。するとシルはぴょんぴょんと跳ねながら食い気味に二人に問いかける。
「パパ、ママ!!あのね、お父さんとお母さんのところにお泊りに行ってもいいかな?」
実の両親と心を通わせる、それはこの誕生日会でシルが密かに自分に課した目標。見事に達成できたことで、いつもよりもまぶしい笑顔がアルとセアラに向けられる。
「ああ」
「よかったわね、シル」
「うん!!」
「それじゃあ俺とセアラからはこれを」
アルは収納空間から革製のシースに収められた一振りのナイフを取り出す。
「これって……」
決して過度な装飾の無い、あくまでも普段使いを想定としたもの。その意図はシルにもすぐに伝わる。
「抜いてごらん?」
期待に満ちた表情で鞘からナイフを抜くと、シルの赤い瞳が二十センチほどの刃に反射した光によってキラキラと輝く。
「わぁ……綺麗……」
「気に入ってもらえたかしら?このナイフはね、ドワーフの国に行って作ってもらったものなのよ」
「アダマンタイトとミスリルの合金だから、耐久性が高いのはもちろん、魔法の付与とも相性がいい。解体にも護身にも役立つはずだ」
「すごい……でも、もらっていいの?」
シルがおずおずと尋ねる。
もともと解体場での手伝いは専ら魔法での補助ばかり。まだ幼いシルに刃物を持たせるのはどうかと言われており、自身もそれに納得をしていた。
「ええ、もちろんいいわよ。だってそのために作ったんだもの。モーガンさんとも話して、そろそろかなってね」
「ホントにっ!?」
「でも最初は私と一緒にね?」
「うんっ!!」
「あとはそうだな……いまさら言うことでもないのかもしれないけれど、ナイフは人を傷つけることのできるものだから、無闇矢鱈と抜いたりしないこと」
「うん、分かってるよ。だって私はいつもパパを見てきたんだもん」
迷いの無い、真っ直ぐな目でアルを見つめるシル。
「……そうか……ありがとう、シル」
「あははっ、変なの~!なんでパパがお礼を言うの?私が言わないとおかしいよ。ありがとう、パパ、ママ。ずっとずっとず~っと大切にするからね」
今日イチと言っていいほどの笑顔を見せるシル。当然ながらメリッサが興奮し夢中でシャッターを切っているが、アルとセアラは完全に無視して笑顔を返す。
「ははっ、そうだな。どういたしまして」
「はい、どういたしまして」
「さて、最後は私かな」
「ブレットさん、レイラさん、ヒルダさん。今日は来てくださってありがとうございます」
打って変わって姿勢を正し、ぺこりと頭を下げるシル。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。と言っても私からのプレゼントは君たち家族に贈るもの、それも辺境伯という立場からになってしまうんだが……」
シルが訳が分からないと首を傾げる。
「あの、ブレットさん、それはどういう……それに今日はお忍びという体では?」
「うん、まあそれはそうなんだけど、このプレゼントは個人からと言うには少々無理があってね」
ブレットはそう言うと、シルの目の前に地図を広げる。
「地図?」
「そう、これがついこのあいだ開催された世界会議で認定された世界地図なんだ。ここを見てごらん?」
「……フォーレスタ大森林?」
「君たちが住んでいる森、通称『魔の大森林』をフォーレスタ領とする。陛下のその提案が正式に認められ、私はそれを代表して知らせに来たということさ。つまりアル君、君の名は今後、アル・フォーレスタということになるね。もちろんご所望の通り、どこの国にも属さない独立領で、入るためにはアル君の許可が必要になる」
「じゃ、じゃあ私は……」
「うん、シルちゃんはシル・フォーレスタだね。名実ともにアル君とセアラちゃんの娘だよ」
「……シル・フォーレスタ……それが、私の名前なんだ…………ふふっ、嬉しい……嬉しいなぁ……」
ポロポロと涙をこぼすシル。
たかが名前。呼び方が変わっただけで、本質的には何も変わらない。たとえ血が繋がっていなくとも、アルとセアラからの愛情を疑ったことなど、この一年でただの一度たりとてない。
それでも大好きな
「ブレットさん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
両手で顔を覆い、嗚咽を漏らすばかりで言葉がままならぬシルに変わり、アルとセアラが深々と頭を下げる。
「いやいや、私が決めたことではないからね。お礼なんて言わなくてもいいさ」
「だとしても、今日という日にわざわざ足を運んでくださったのはブレットさんです。だからやはり『ありがとうございます』なんです」
再び頭を下げ、そのままの姿勢で静止する二人。
「アナタ」
「お父さん」
妻と娘から急かされ、ブレットはふぅと息を吐く。
「どういたしまして、これからも家族仲良くね」
感謝の言葉が受け入れられたアルとセアラは、ようやく顔を上げて二人でシルを抱き寄せる。
「ほら、シルもお礼を言わないとでしょ?」
「ひぐっ……うん……ありが……ありがとう、ござい……ます」
「どういたしまして」
中腰になってシルと目線の高さを合わせたブレットは、泣き止むまでその頭を撫で続ける。
「私が言うまでもないけれど、シルちゃんにはアル君とセアラちゃん、レイさんとローナさん、この町の人達、大切に思ってくれる人がたくさんいる。もちろん私たちもね」
ようやく人心地がついたシルはこくりと頷くが、その表情にはありがたさと共に、どうして自分の誕生日を盛大に祝ってもらえるのかという困惑が見え隠れする。
ブレットはそんなシルの心の機微を感じ取ると、ふふっと優しく笑う。
「シルちゃんはいつも一生懸命で、他の誰かのために頑張れる。そういう人にはみんな何かしてあげたいと思うものだし、それがまだ子供ともなれば尚更さ。それでも何か感謝の気持ちを示したいと思うのなら、いつもの様に笑って過ごせばいいんじゃないかな?」
「笑って……そんなことでいいんですか?」
「シル、周りを見てごらん?」
目を丸くしたシルの周りには、先程の涙で何事かと集まった町の人達がいた。
「いいか?確かにこの町の人達は、シルが貴重な治癒魔法を使ってくれることに価値を感じている。だけどな、みんなそれ以上にシルの笑顔が好きなんだよ」
「私の……笑顔?」
小首を傾げるシルに、野太い声がかけられる。
「おうよ、シルちゃんは毎朝笑顔で気持ちのいい挨拶をしてくれるからな!今じゃそれがねぇと調子が狂っちまうよ」
「わ、私も転んじゃって痛くて泣いてる時、大丈夫だよって笑いかけてくれて……すっごく安心しました!それだけで痛いのなんて吹き飛んじゃうくらいっ!!」
「うんうん、シルちゃんの笑顔は、セアラさんとはまた違うんですよねぇ。セアラさんは綺麗な花のようで見とれちゃうけど、シルちゃんの笑顔はつられてこっちまで笑顔になっちゃう……あ〜ズルいっ!!そんなふたりに囲まれるなんてアルさんはズルいですよっ!!」
「何の話だ……」
ギデオン、オールディス商会の娘、レイチェルから始まり、多くの者がシルとの関わりを口にする。その全てには彼女の太陽のように輝く笑顔があった。
「だからな、シル。自分ばっかりなんて思わなくていいんだ。俺たちはいつもシルからもらっているんだよ。笑顔っていう最高のプレゼントをな」
「……うん、パパ、ママ、お父さん、お母さん、みんな……本当にありがとうっ!!私、この町が大好きだよっっ!!」
そう言ったシルの笑顔が今日一番輝いていたことは、もはや誰一人として疑う余地などなかった。
※補足
結局シルへのプレゼントの順位付けは有耶無耶になりましたが、最後の笑顔の写真はもちろん撮られており、アルたちの家に大切に飾ってあります。
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