第160話 最高のプレゼント(中編)
シルへの誕生日プレゼント受け渡しの列は、一時間経っても途切れることは無かった。
それは単純に並んでいるものが多いことに加え、シルが一人一人に丁寧に礼を言い、そのまま会話をしていたことが要因となっていた。
メリッサの話によると、シルの負担にならぬよう予算は銀貨一枚までに収めるようにとの通達済み。なかには密かに高価なアクセサリーを贈ろうとするものも少なからずいたのだが、レイチェルの夫でオールディス商会のトムがプロの目利きを発揮してそれを見抜いてくれていた。
そもそもアルからすれば、十一歳の女の子に成人男性がアクセサリーを贈るのはセーフなのかという気もするのだが、ダメだと決められていない以上口を出さずにいる。
「それにしても……あの馬車と言い、トムと言いオールディス商会は協力を惜しみなさ過ぎじゃないか?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?この誕生日会のメインスポンサーはオールディス商会ですからね。さすがに有志だけじゃ無理ですって」
「オールディス商会が?なんでまたそんなことを……」
「レイチェルが言うには、たまたま街中で転んで怪我をしたオールディスさんの娘さんを、シルちゃんが治療したことが発端らしいですよ?」
「そんなことが?」
「え、知らないんですかぁ?まあそうは言っても本人も多分知らないと思うんですけど……シルちゃんは怪我をしてる人がいれば誰にでも治癒魔法をかけてあげるんです。分け隔てなく、もちろん見返りなんて要求せずに。ああやって冒険者だけじゃなくて、町の人までもがプレゼントを渡しに来ているのがその証拠ですよ」
「そうか……偉いな、シルは」
「……アルさん、本気ですか?私がこんなことを言うのもなんですが、そのセリフはちょっとどうかと思いますよ?」
呆れた様子のメリッサからジト目で見られ、アルは意味が分からないと困惑の表情を浮かべる。
「困ってる人がいれば助ける、シルはそんなアルさんを真似ているんですよ」
嬉しそうにセアラが言う。
「シルが俺の真似を……?」
「セアラも他人事じゃないわよ?シルちゃん、よくセアラの仕草の真似もしてるもの」
「へ?そうなの?」
「そうね、例えば……あ、ほらほら、ああやって小指を立てて髪をかきあげる仕草なんてセアラそっくりよ?」
メリッサの指摘通り、小指を立てながら髪をかきあげて耳に掛けるシル。それはセアラの癖であった。
「よく見てるな、初めて気が付いた」
「えぇ……私って小指立ててるんだ……」
アルとセアラがその観察眼に『へぇ〜』と感嘆の声をあげると、調子づいたメリッサは胸を張って得意げにふふんと鼻を鳴らす。
「伊達にベストショットを虎視眈々と狙って無いですよ!ちなみに髪を書きあげている写真は人気があってすぐに買い手が……」
「その情報はいらない」
「……メリッサ、ちゃんと仕事してる?あの店潰れたりしないの?」
「ちゃんと人を雇ってるから問題ナシよ。それにね、今回のこれだって言ってみれば営業活動の一環なのよ。こういうイベントごとのスタイリストを私がやってるって広まれば、自然とお客さんも増えてくれるって寸法ってわけ。きっとシルちゃんの着てるワンピースもバカ売れ間違いなしね」
会話をしながらも写真と相変わらず謎のメモを取り続けるメリッサ。
「セアラ、せっかくだから俺達も並んで渡そうか?」
「いいですね、レイさんとローナさんはどうされますか?」
「では私たちも」
四人がだいぶ少なくなってきた列の最後尾に加わると、すっとその後ろに見覚えのある三人家族が並ぶ。
「や、アル君。久しぶり……という程でもないか」
「え?ブレットさん、どうしてここに?それにその格好……」
現れたのはディオネの領主ファーガソン辺境伯家の三人。その装いは小綺麗ではあるものの、市井に溶け込むようなカジュアルなものだった。
「おやおや、どうしてとは連れないじゃないか」
「アル君とセアラちゃんは私たちの子供。つまりシルちゃんは私たちの孫ということになるでしょう?」
「ということで、今日はただ家族を祝いに来たという体で来ちゃいましたっ!なのでちゃ〜んと並びますよ?」
確かにファーガソン家はアルとセアラにとっては家族のような存在。それでも色々と解せないと首を傾げるアル。ブレットはそれを察して説明を始める。
「ふむ、何故ここでやっているのかを知っているのか、ということかい?君たちに関する情報は、逐一入ってくるようにはしているんだよ。ああ、監視をしているという程ではないよ?街中でちょっと情報を集めるくらいのものさ。それで今回のことを知ってね、アル君の懸念していた通り、家まで押しかけるのはちょっと立場的にマズイかもしれないが、これくらいならまあ誤魔化しも効くだろうということでね」
「ごめんなさいね、アル君。この人、連日例の祭りの準備にかかりきりでね、今日は息抜きということで来させていただいたの」
「い、いえ、謝っていただくようなことではありませんよ。シルも喜ぶでしょうし」
「ふふ、ありがとう。ところで……セアラちゃんは随分と可愛い格好をしているわね?」
「お母様の言う通りです!本当シルちゃんにそっくりですよ」
ブレットの妻レイラと娘のヒルダの視線と言葉を受け、セアラは改めて自身の姿に目を落とすとその場に膝から崩れ落ちる。
「はわわ……自分の格好をすっかり忘れていました……よりにもよって皆さんにこんなお姿を……」
「いいじゃないですかセアラさん!実は私も街中で見かけて着たかったんですけど、お父様がどうしてもダメだと許してくれなくて……」
「当たり前じゃないか!シルちゃんくらいなら可愛らしいが、年頃の娘があんなに足を出すなんて、はしたない……」
「うう……二十歳にもなってこんな格好してすみません……はしたなくてすみません……」
「いやっ、その……セアラちゃんの健康的な足には、実によく似合って……」
慌てすぎて、もはや自分でも何を口走っているのか分からなくなるブレット。娘からは冷たい視線が差し向けられる。
「あなた、話題を変えた方が良いんじゃないかしら?」
完全に泥沼へと突き進もうとする夫を見かねて、レイラが強引に引き戻すべく助け舟を出す。
「あ、ああ……こほん、ところでそちらがシルちゃんの実のご両親かな?」
ブレット大きく咳払いをしてはレイラに頷き返すと、レイとローナへと話しかけることで、その場を強引に切り抜ける。
そうこうしているうちに列が掃け、まずはレイとローナがシルの前に進み出る。
「シル、誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとう。シル、左手を出してくれる?」
「うん、ありがとう、お父さん、お母さん。えっと、これでいい?」
シルは少しぎこちなさの残る笑顔を見せ、言われるがままに手の甲を上にして左手をローナに差し出す。
ローナはシルの左手首にケット・シーの毛色と同じ黒いミサンガを結ぶ。
「「愛しい我が子の人生が幸多きものになりますように」」
レイとローナがミサンガに手をかざすと温かな魔力が吸い込まれていく。
「……なんだか見てるとほっとする……これってなぁに?」
「これはね、ケット・シーの一族に伝わるおまじないなの。本来であれば十歳になった時の儀式のあとに親が子供に贈るものなんだけど」
「このミサンガには私たちの髪の毛が一本ずつ編み込まれていてね、それに魔力を込めることで御守りになるんだ。そしていつかシルが大人になった時、自然とこのミサンガは外れると言われているんだよ」
『両親から贈られるもの』。二人から説明を受けたシルは、一年遅れで自らの手首に巻かれたミサンガを、右手で愛おしそうに触れながら胸に引き寄せる。
「……ありがとう、お父さん、お母さん。大切にするね。あとね……もう一つお願いしてもいいかな?」
「ああ、いいよ。どうしたんだい?」
もじもじしてなかなか言葉を出すことの出来ないシル。そんな彼女に二人は急かすことなく温かな目を向ける。
「えっと……その……あのね……?もし良かったらね……今度、お父さんとお母さんのところにお泊まりに行きたいなあって思ってて……」
意を決してシルから発せられた言葉。それはセアラの言う通り、シルが二人を許し、また距離を縮めていきたいという意思の表れであった。
「いいよ、いつでもおいで。あなたは私たちの大切な娘なんだから、遠慮する必要なんてないのよ?」
「ああ、楽しみにしているよ。それにお母さんの作る料理はとっても美味しいからね、シルもきっと気に入ると思うよ」
「うん!!」
レイとローナは僅かにも迷うことなく、そしてアルとセアラに許可を求めることなくシルの願いに応える。それは二人が罪悪感の陰に隠れることなく、親として
そんな二人の思いを感じ取ったシルの笑みには、もはや僅かな陰りもぎこちなさも無かった。
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