第159話 最高のプレゼント(前編)
シルの二十店以上に及ぶ屋台巡りが終わりを告げ、ようやく解放されたアル。途中セアラたちが助けに入ったものの、早々にギブアップしたためアル一人で半分以上の屋台の味を堪能する事となった。
「あの、アルさん大丈夫ですか?」
あまり戦力になれなかった三人が、ベンチに座って腹をさするアルを申し訳なさそうに覗き込む。最初は寝転ぼうとしたのだが、食べたものが出そうになるためこの体勢に落ち着いていた。
「ああ、問題ないよ。少し休めば大丈夫だ」
「あの……パパ、ごめんね?」
「謝る必要なんてないだろ?みんなシルが買いに来てくれて喜んでたじゃないか」
バツが悪そうにモジモジしながら謝るシルの頭を、アルは優しく撫でる。
「ありがとう、パパ」
気持ち良さそうに目を細め、ゴツゴツとしたアルの手の感触を楽しむシル。思わずセアラたちにも笑みがこぼれる。
「ところでシルの誕生日会という名目ですが、こうした屋台以外にも何か催し物でも有るのでしょうか?」
「そうですね……恥ずかしながらこちらの準備は町の皆さんにお任せでしたので、私達も何が有るのかは……」
「ふふふ、もちろん用意していますよっ!!」
ここまでカメラマンに徹してきたメリッサが、待ってましたとばかりに声を掛けてくる。
「どうせまたロクでも無いことだろ?」
膝に座らせたシルの頭を撫でながらアルが胡乱な目を向ける。
「失礼ですねっ!アルさんの私への評価はどうなってるんですか!?」
「今までの行動に鑑みれば、ごくごく自然な評価だと思うんだが?」
「ふふん、果たしてこれを見てもそんなことが言えますかねえっ!?」
メリッサが高らかに啖呵を切ると、広場中央に意味有りげに設えられたシートがバサッと取り払われる。
【シルちゃん誕生日おめでとう!プレゼント受け渡し会場はコチラ!】と書かれた幕と、純白のクロスと花で飾り付けられたテーブル、赤い布張りの玉座のように豪華な一脚のイス。
恐らくはそこにシルを座らせて、プレゼントを渡したい人たちが渡していくという、至ってシンプルな催しだと窺えた。
「……飾り付け以外は意外と普通だな」
「普通で結構!!ファンクr……げふんげふん、シルちゃんを慕う人達からの要望を叶えたまでですから!」
「でも私、誕生日プレゼントなんてあげたことないよ?なのにプレゼントをもらうなんて……なんだか悪いよ」
「大丈夫、みんなシルちゃんがやってくれる格安の治療へのお返しみたいな側面が大きいんだから。受け取ってあげた方が喜ぶよ」
「い、いいのかな……?」
メリッサにそう言われても、未だ納得がいかないシルは傍らに立つセアラを見上げる。
「せっかくシルのために用意してくれたのだから、受け取ってありがとうと伝えてあげたらどうかしら?シルがもしプレゼントをあげる立場ならどう?その方が嬉しいと思わない?」
「う〜ん…………そう、かも……うん、分かった!じゃあ来てくれた人にはちゃんとありがとうって言う!」
困り顔のシルは律儀にセアラに言われた通り、想像を働かせようと目を閉じて唸ったのち、いつもの笑顔の花を咲かせる。四人の親たちは、感情のままにコロコロと表情を変える娘の可愛らしさに、うんうんと頷く。
「さあさあ話もまとまったところで……シルちゃん、席に着いて。主役が登場するのをみんな待ってるわ」
パンパンと手を叩いて急かすメリッサ。促されるままにシルは仰々しいまでに華美な椅子に着席する。
「わっ、ふかふかだよ。この椅子」
シルが豪華な見た目に決して引けを取らない椅子の座り心地を堪能していると、第一号となるプレゼント受け渡し希望者が現れる。
「ようシルちゃん、楽しんでるかい?」
「ギデオンさん!はい、とっても!!」
栄えある第一号はカペラのギルマス、ギデオン。すぐに列が出来るかと思いきや、彼が睨みを効かせていたため、他の者は近づくことすら出来ずにいた。
「そりゃあ良かった、じゃあ早速だが俺からはコレを」
差し出されたものは一枚のカード。シルは『えっ?』と声を発してそのまま固まる。
「お気に召さなかったかい?」
それは冒険者であることの証、ギルドカード。シルは受け取っていいものかどうかと、両親の反応を盗み見る。
「ははっ、心配しなくてもちゃんと許可はとってるさ。さすがに受ける依頼の制限とかはさせてもらわなくちゃなんねえが、これでシルちゃんも晴れて冒険者の仲間入りって訳だ。うちのギルドの最年少だな」
「ありがとうございますっ!嬉しいですっ!!」
自分のギルドカードを手に取ると、そのまま頬に寄せて椅子から飛び上がって喜ぶシル。
「ふむふむ……『椅子から飛び上がる』か……一人目にしてこれは高得点……」
シルの反応を写真に収めるやいなや、何やらブツブツと言いながらメモを取り始めるメリッサ。アルとセアラはそれに瞬時に気付いて横目で見るが、せっかくシルが楽しそうなこの場が冷めることを危惧して、一先ずは泳がせることにする。
その後はギデオンという重石が取れたことで、堰を切ったように続々と人が集まり始める。
日頃シルに治療してもらっている冒険者はもちろん、町で普通に暮らす人たちの姿も多く見られた。
アルとセアラには予測出来た光景ではあるが、レイとローナにとってそれは衝撃的と言って差し支えなかった。
そして同時に得心が行く。自分たちが愛情を注ぐことが出来なかった間、アルとセアラを始めとした多くの人たちに、シルはたくさんの愛情をもらうことが出来た。だからこそシルは、今こうして心から笑うことが出来るのだと。
「シルは本当に幸運ですね……お二人のような方に引き取られ、ああやって町の人達にも愛されて……」
ローナの視線の先には、プレゼントを受け取る度に頭を下げて丁寧にお礼を言うシル。思わず口から漏れ出たその言葉に、セアラは微笑みながらゆっくりとかぶりを振る。
「たしかに幸運なこともあると思います。ですが決してそれだけじゃありませんよ」
「……そうですね……子供の頑張りをちゃんと認めてあげられなくては、親だなんて言えませんね」
「はい、一緒にいると、ついつい細かいことが気になって小煩いことも言ってしまいますけどね……特にひどく怒ってしまった時には自己嫌悪になって……こんなこと考えてはダメだと思ってはいるんですが、シルとは血が繋がっていないから怒ってしまうのかなって思うこともあって……」
珍しく弱気な発言をするセアラ。ローナはその手をそっと取って頷く。
「いいんですよ、それで。可愛がることと甘やかすことは違います。それに、そこに愛情があることはあの子を見ていればすぐに分かりますから。ああやって、人から優しくされた時にありがとうと言える。自分が悪いと思えば素直にごめんなさいと言える。どちらも当たり前のことですが、それを当たり前に、そのうえ心を込めて出来る人は多くないのではないでしょうか?シルにはそのすごく大切なことがきちんと身についています」
ローナの言葉を受けて、レイが続ける。
「私は迷いがあるというのは悪い事だとは思いません。それは正しくあろうと努力をしている証だと言えるのではないでしょうか?なにより初めての子育てで、それが養女ともなれば難しいことも多いでしょう。だから迷って当然なんです。セアラさんとアルさんはあの子にとって良い親だと、私はそう思いますよ」
上辺だけではない、実感のこもったレイの言葉。それを聞いたアルとセアラには、確信めいた考えが生まれる。シルが自分たちの言うことを素直に聞いてくれるのは、きっとこの両親に育てられた素養が彼女の中に息づいているからなのだと。
シルの前ではそんな素振りは見せないが、まだまだ子育てには迷うことの多いアルとセアラ。そんな二人の背中を、レイとローナはいつも優しく押してくれていたと知るのだった。
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