第158話 四人いるくらいでちょうどいい

「ふわぁ〜、すごいすごい!!目と鼻が喜んでるよっ!ここは地上の楽園エデンだようっ!!」


「ちょっと待った、なぁ、シル。どこで覚えたんだ、そんな言い回し……」


「えへへっ、本の登場人物が言ってたんだよ!!人気の小説だよってレイチェルさんがくれたの」


「……ちなみにどんな内容なんだ?」


「えっと……異世界に転生した男の子がたくさんの女の子と仲良くなって楽しく暮らすっていうお話でね、今のセリフはね、主人公の男の子が作った料理がどれも美味しくて、猫獣人の女の子が喜んで言うの。レイチェルさんは最近流行りのラノベって言ってたかな、タイトルはすっごく長くて忘れちゃったけど、このセリフは覚えてたの」


「ふぅん……セアラ、ちょっとあとでレイチェルを交えて話をしようか……」


「ええ、そうですね……」


 大いに気掛かりな点はあったものの、改めて屋台のラインナップを確認したシルのテンションの上がりようと可愛らしさに、大人たちは思わず笑みをこぼす。

 食べることが大好きなシルにとって、二人からなされた屋台を巡るという提案は願っても無い。何より大好物ばかりが並んでおり、それが食べ放題とあらば否が応でもテンションは上がるというもの。


「シル、何か食べたいものはあるの?」


 身体を動かしていることで緊張感も和らぎ、流れに乗ってごく自然にローナが尋ねると、シルは満面の笑みで一本、二本と指を立てながら食べたいものを挙げていく。


「えっと〜……やっぱりお肉が食べたいから、からあげと〜、やきとりと〜、牛串もいいなぁ!あっ!たこ焼きと焼きそばもある!!う〜ん、決めきれないよぅ……」


「あらあら、シルはたくさん食べるのねぇ?」


「うん、たくさん食べておっきくなりたいんだっ!」


「それにしても……私たちにはあまり馴染みのない食べ物が多い気がするけれど、この町の名物なのかい?」


「ん〜ん、違うよ?あのね、パパがいた世界の食べ物なんだよ。すっごく美味しいんだよっ!」


 シルのざっくりとした説明を受けると、レイとローナは補足を求めて少し後ろを歩くアルに視線を送る。


「正確に言うと私のいた日本という国の食べ物で、こちらの世界で言うとラズニエ王国で広く食べられているものですね。カペラは自由都市ですから世界中の食べ物が集まるんですよ」


「ああ、そうでした、アルさんは異世界におられたのでしたね。ではシルがそういったものを好むのはアルさんの影響なんですね」


「ええ、やはり私にとっては故郷の味ですからね。こうして手軽に食べられることは有難く、ついつい手が伸びてしまいます」



 そのまま和やかなムードで屋台の味に舌鼓を打つ五人。どの屋台に行ってもシルがいるため全て無料でいいと言われるが、アルたちはシルの分以外は律儀に代金を支払う。


「ふぅ……皆さんの楽しい雰囲気に当てられて食べ過ぎてしまいますね……」


「はい、私も最初の頃はあれこれ目移りしてしまい、お腹いっぱいで苦しかったものです」


 食休みを欲したレイとローナはセアラに促され広場に設置されたテーブルにつくと、感慨深げな表情で、未だアルを引き連れて屋台を回るシルを眺める。


「セアラさん、今日は招待していただきまして、本当に有難うございます。こんなことを言える立場では無いのは重々承知しておりますが……シルの幸せそうな姿を見られて安心しました」


 視線の先では町の人々からひっきりなしに祝福の言葉を掛けられ、それに笑顔で応えるシルと優しく見守るアル。

 外見は似ても似つかないアルとシルだが、その様子は疑いようも無く幸せに満ち溢れた親子の姿。レイとローナは安堵と共に寂しさを噛み締める。『私たちが引き取らなくて良かった』そんな卑屈な言葉が出そうになるのを、どうにか堪えていた。

 セアラはそんな空気を敏感に感じ取ると、背筋を伸ばしてレイとローナに相対する。


「シルは本当に賢くて、優しい子です。確かに自身の生い立ちを知った時にはショックを受けておりましたが、あの子は当時のお二人の立場も理解しています」


「……私たちのしたことは、親として許されないことです……」


「ですがシルはお二人を許しています」


 セアラが毅然と言い放つと、うつむき加減だったレイとローナはハッと顔を上げる。


「そうでなければ私たちはこうしてお二人を呼んだりしません」


「はい……そう、ですよね……」


 セアラはいつも物腰の柔らかさを崩さない。そんな彼女から掛けられた強めの言葉に、レイとローナが耳をピンと立てて硬直する。


「すみません、言い方が悪かったですね。確かに思うところが全く無いと言えばウソになりますが、私たちはシルの希望を何よりも優先してあげたいと思っている、ということです」


 レイとローナがこわばった表情を僅かに緩めるのを確認すると、セアラはそのまま続ける。


「あの子なりに、きっと色々な葛藤があったのだろうと思います。お二人を呼ぶかどうかを尋ねた時も、二つ返事という訳ではありませんでしたから。それでもシルはお二人と向き合うと決めました。お二人は、この先も罪悪感から逃れることは出来ないのかもしれません。ですが、せめてあの子の前では、それを表に出さないようにしていただけませんか?」


 セアラのその言葉は、今後もシルに会って、もう一度絆を深めていって欲しいということと同義。

 思いもよらぬその言葉に、レイとローナは顔を見合せ、おずおずとセアラに尋ねる。


「……セアラさんは…………私たちがシルに関わることが嫌ではないんですか……?」


 シルとレイ、ローナはソルエールにいたころも顔を合わせて話はしていた。それでも互いに一線を引いた関係。レイとローナの側からすると、その距離を生んでいたのは、シルに抱く罪悪感だけではない。アルとセアラへの遠慮も大きかった。


「先ほども申しましたように、思うところが全く無いわけではありません。ですがシルは勇気を持って前に進むことを選択しました。それならば私たちはそれを尊重し、出来ることをするだけですから。それに……」


 緊張した面持ちで次の言葉を待つレイとローナに、セアラはニッコリと微笑みかける。


「シルはローナさんがお腹を痛めて産んだ子です。それに、私たちはシルと一緒に暮らしてまだ一年足らず。愛情に年月を持ち出すのはおかしいかも知れませんが、お二人が十年もの間シルにたくさんの愛情を注いでいた事は、初めてお会いした時から全く疑っておりません。ですから、私たちだけの意思で考えたとしても、やはりお二人を呼んだのだろうと思います」


「っ……ありがとう……ございます……」


 レイは声を震わせて謝意を示し、ローナは涙を堪えきれずに静かに頭を下げる。


「さぁ、アルさんがそろそろ苦しそうですから、私達も行きましょう」


 セアラの視線の先には、片っ端から注文をしては一口だけ食べるシルと、その残りをひたすら食べ続けるアル。


「もう……あの子ったら……」


 涙をふいて、困ったように笑うローナ。


「ふふっ、自分のためにお店を出してくれたのに、食べないのは悪いと思っているんでしょうね」


「それにしても、量を減らしてもらうなど、やりようがありそうなものですが……」


 呆れ声を漏らすレイに、セアラは『でも』と切り返す。


「あんなふうに自由に振る舞うシルを育てるには、四人いるくらいでちょうどいいんだって、そう思いませんか?」


 そんなセアラの言葉に、レイとローナは『確かに』と笑うのだった。



※どうでもいい補足


文中には登場しておりませんが、メリッサは常にシルの写真を撮っています。

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