第148話 理解出来ても納得出来ないコト
バァーーーン!!
勢いよく扉が開け放たれると、転がり込むようにマルティンが室内へと入ってくる。
「お父様、来客中にノックもなしに……一体どうされたのですか?」
「あ、ああ、すまない。皆さん、申し訳ありませんがご同行願えますか?実はアルさんとマイルズさんが……」
「え!?」
ガッシャーン!
「ってぇ……」
料理や酒が並べられたテーブルのひとつにアルが突っ込むと、血が滲む口元を手の甲でグッとこする。
「もう終わりかよ?お前から突っかかってきたんだろ!?」
口内からぺっと血を吐き出すと、マイルズがアルを見下ろしながら毒づく。
「おっ、兄さんら、喧嘩かぁ?」
「ちっ……」
服に付いた料理を振り払いながら、ゆっくりと立ち上がるアル。その頬は気の所為などではなく、いつもよりも赤みを帯びていた。それはマイルズに殴られたからでも、突っ込んだはずみでエールを頭からかぶったせいではなく、
「おぉいいぞ!まだやる気みたいだぜ!!そら囲め囲め!」
「俺は黒髪に賭けるぞぉぉぉ!!」
「じゃあ俺は赤髪だぁぁ!!!」
ミスリルの大鉱脈を発見したことにより、街の中心にある広場で催されていたドワーフたちによる大宴会。酒の席での荒事となれば、たちまちいい見世物と化してしまう。
「おら、来いよっ!」
「俺はまだ納得してないからなぁっ!!」
「しつけえな!蒸し返してんじゃねえよっ!!!」
マイルズが苛立ち紛れに右ストレートを繰り出すと、アルは僅かに体を右にずらして、クロスカウンターを右頬にお見舞する。
酔いの所為で下半身が上手く使えず手打ちではあるものの、タイミングはドンピシャで、その上アルの強靭な上半身から繰り出された一撃。堪らずマイルズがたたらを踏んで後退すると、周囲を囲むドワーフの一人に支えられる。
「くっ……こんの馬鹿力が……俺じゃなきゃ死んでるぞ!?」
「いい機会だからな、今日はとことんやってやるよ」
「……はっ、面白ぇ、そういやお前とステゴロは初めてだな」
「ああ、剣聖様には負けた時の言い訳が必要だろ?」
「抜かせ、これでも一通りの武芸は叩き込まれてんだよ。一番剣が得意だったってだけのことだ!てめぇこそ英雄が喧嘩に負けたとあっちゃカッコがつかねえぜ!?」
マイルズは切れた唇から流れる血をペロリと舐めると、ぐるぐると右腕を回しやる気を漲らせる。対するアルは首をコキコキと鳴らし、右のこぶしを左手に打ち付け乾いた音を広場に響かせる。
「そんな心配は必要ない、俺は剣よりこっちの方が得意だからなっ!」
「ちょっ、えええ!?なんでお二人が喧嘩をされているんですか?」
セアラたちは宴が催されている広場に到着すると、そこには騒動の中心に向かって大騒ぎするドワーフの人垣。分け入るのは困難だと判断すると、仕方なくブリジットが魔法で作った見晴台に登って、その中心地を覗き見る。
そこではアルとマイルズが拳にテーピングだけを巻いて、真っ向からの殴り合いの真っ最中。髭面のドワーフたちが酒瓶やジョッキを突き上げながら、円になってリングを形づくり、声援とヤジを飛ばしていた。
「あらら、素手で殴り合いだなんて珍しいね?」
「そうねぇ、稽古がてらの木剣での喧嘩なら昔もしょっちゅうだったけど……素手ってのは初めてじゃないかしら?」
「お、お二人共、落ち着いてないで早く止めましょうよ!!あぁもう、血がいっぱい出てるじゃないですか……」
「そ、そうですよ!!お父様どうにかしてください」
これ以上は見ていられないというように、セアラとジュリエッタが二人から目を逸らす。
「う、うむ……しかしあれに割って入るのは……」
最愛の娘の懇願を受けてもなお、マルティンが渋るのも無理は無い。英雄と剣聖の喧嘩ともなれば、たとえ酒に酔い、剣を持っておらずとも、その迫力は凄まじいものであった。
酒と荒事が大好物の周りで囲んでいるドワーフたちでさえも、しばしば声を出すのを忘れて贅沢な格闘ショーに魅入られている。
そしてアルが戦っているところは見慣れているセアラでも、こうして真正面から殴り合いをしているアルを見るなど初めてのことで、その表情には焦りの色が浮かんでいる。
「……少し様子を見ませんか?あの二人のことです。あれだけ熱くなっているのであれば、無理に止めるよりは、ある程度気の済むまでやらせた方が後々面倒が無いかと」
「そうそう、回復なら私がやってあげるし、セアラも二人の話を聞きたいでしょ?」
クラリスの言う通り、アルとマイルズは拳と共に何やら言葉を交わしていたが、歓声にかき消されてセアラたちの元までは届くことは無かった。
「そんな悠長な……それに話を聞くって言ってもこの歓声に、この距離ですよ?聞こえるはずないじゃないですか」
「えっと、それはねぇ、確かここに…………じゃじゃ〜ん!」
ごそごそとクラリスが懐から取り出したのは、大小の球がセットになった魔道具。セアラ、マルティン、ジュリエッタはその行動の意味が分からずに首を傾げ、ブリジットは顔をひきつらせる。
「さあさあご覧あれ、このちっちゃい方を……ほいっと」
小さい方の球がふわふわと漂ってアルとマイルズの元に到着する。
「そんで魔力を流してやると……」
『だからしつけえって言ってるだろうが!?』
「わっ、マイルズさんの声が聞こえました!」
「そ、これは盗聴用の魔道具。これさえあれば、どんな秘密の会話もバッチリ聞こえちゃうスグレモノ、スパイ稼業にピッタリ!!」
左手を腰にあて、右手でサムズアップして見せるクラリス。
「そ、そのようなものを持ち込まれていたのですか……?」
「あっ、その、ご、誤解しないでください!私たちは特別な任務が多いのでこういうものが必要になる時がありまして……決して今回のために用意したものではなく……」
曲がりなりにも国の大使として訪れているクラリス。そんな人物が盗聴用の魔道具を持ち込むなど、到底見過ごせるような話ではない。渋い表情のマルティンに、ブリジットが慌ててフォローに入ると、不用意なクラリスをキッと睨む。しかし当の本人は何処吹く風。
「お、また何か言ってる」
アルがマイルズの胸ぐらを掴み、右手一本で吊り上げる。
「お前の言い分は理解出来るさ、そういう生き方だってあるんだろうな。だがな、俺はお前がそれを選んだのが納得出来ないんだ!お前は頭は良くないが、いつだって前を向いてたじゃないか!それがなんだ!?ひねたガキみたいなこと言いやがって!!」
「ぐっ……誰がひねたガキだゴラァ!?」
吊り上げられたマイルズが、前蹴りをアルのみぞおちに突き刺し、その強固な拘束から逃れる。
「げほっ……」
「好き勝手言いやがって!!てめぇには関係ねえだろうがっっ!!」
苛立ちをそのままぶつけるかのような、見え見えの右のテレフォンパンチを放つが、アルはそれを躱すことなくで左手で受け止める。
「……お前らは自分で自分を罰することで、罪を償っている気になってるがな……俺から言わせれば楽な方に逃げてるだけでしかないっ!そんな後ろ向きな生き方じゃなくて、前を向いて生きてみろよっっっ!!」
「うるせえっっっ!!俺は……俺たちは逃げてなんかねぇっ!!」
マイルズの左ストレートをアルが右手で止め、睨み合ったまま二人の動きが止まる。
「……アルさんがあんなに声を荒らげるなんて……でも……一体なんの話なのでしょうか?」
「流石にこれだけでは分かりかねますね……」
アルとマイルズの会話が届けられても、セアラとジュリエッタは首を傾げる。一方でブリジットとクラリスは二人の諍いの原因を全て理解する。
「ねぇ……止めよっか、ブリジット……」
「そうね、さっさと止めさせましょ」
そこまで慌てる素振りなど微塵も無かったクラリスとブリジット。その態度が明確に変化したのを感じ取り、セアラとジュリエッタがアルたちから二人に視線を移す。
「ちょっと待ってください、お二人には会話の意味かお分かりになるんですか?」
「何かお心当たりでもあるのですか……?」
二人の問いかけにも、ブリジットとクラリスは固く口を閉ざしたままで、まるで取り合おうとしない。
「ふぅ……本来このようなやり方は私の主義からは外れるのですが……」
見かねたマルティンがおもむろに二人の前に立って咳払いをすると、執務モードの表情を作る。
「……マイルズ殿はアルクス王国を代表して訪問して頂いているお方。そのような立場に在られる方が、こうして乱闘騒ぎを起こされているという状況、看過することはできません。御二方、何か弁明があるのならお聞き致しますが?」
マルティンが二人に対し、どうぞと言わんばかりに手を差し出す。それはこのまま納得のいく説明がなされなければ、今回の協議は不調に終わったものとして、取引の再開は見込めないと示唆していた。
「それは……」
「その弁明とやら、儂も聞いてみたいものだな」
のっそりと見晴台に登ってきたのは、典型的なドワーフといった様相の男。その立派な口髭と顎髭の境は無く、漂う雰囲気からは不釣り合いな、服の上からでも分かる筋骨隆々の肉体をしていた。
「私もね」
その後ろから姿を現したのは、ジュリエッタによく似た顔立ちの金髪の美女。
「お爺様、お母様まで!?」
「……いつの間に……」
「このような大事になって、儂の耳に入らぬ訳がなかろう?」
「せっかくユウ君が来たっていうのに、私が戻らないわけないでしょう?もちろん商談の方もちゃちゃっとまとめてきたわよ」
ブリジットとクラリスは顔を見合わせ頷き合うと、恭しく礼を執る。
「承知致しました、ご挨拶と弁明は後ほど。まずはあの二人を止めさせていただきます。セアラ、悪いんだけど協力してくれるかしら?アルを止めるならあなたが最適だろうしね」
「は、はい、分かりました」
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