第142話 いつか大人になる君へ

「うわぁ、凄い迫力ですねぇ。さすが世界一の技術を誇ると言われるだけはありますね!」


 興奮気味のセアラが、険しい山々の中に突如として現れた巨大な壁を見上げ、隣で暗い顔をしているアルに同意を求める。ドワーフの国、アルデランドの玄関口となる高さ三十メートルはあろうかという城壁が、威厳をもって五人の行く手に立ち塞がっていた。

 アルとセアラはかつての仲間であるマイルズ、ブリジット、クラリスの三人と一緒に、ドワーフの国アルデランドの王城へと訪れるべくやって来ていた。


「そうだな…………なんで俺がお前らと一緒に行かないといけないんだよ」


 浮かない顔のアルの肩を、マイルズが加減もせずにバシバシと叩く。


「夫婦水入らずのとこ悪いな、俺たちだけじゃあどう足掻いても話がまとまらねえんだ。まあここまでの転移魔法陣の費用は持ったんだからいいだろ?」


 じんじんと肩に残る痛みにアルが顔をしかめるも、ブリジットはマイルズを止めることなくそのまま続ける。


「先王の自業自得とはいえ、アルデランドとの取引がこのまま出来ないんじゃ、うちの国はジリ貧だからね」


「そうそう、アルもアルデランドに用事があったんでしょ〜?目的地はおんなじなら、ついでってことでいいじゃん。ケチケチしないの」


「あのなぁクラリス、ついでなんてそんな軽いノリで済むわけないだろう……国の揉め事に俺を巻き込むなよ」


 相変わらず呑気にマイペースを崩さないクラリスに、アルは抗議の目を向けるが、まるで堪えている様子は無い。



 事の発端は前日の午後に遡る。



 リタとシルがノアを伴ってカペラへ買い物に向かってから、既に一時間が経過しようとしている。アルとセアラはダイニングで膝を突合せ、十日後に迫ったシルの誕生日に向けて作戦会議の真っ最中。長丁場になりそうだと淹れたコーヒーは、既に二杯目が空になろうとしていた。


「じゃあひとまずおさらいをしますね。パーティーの場所は自宅ここ、当日の食事はエルフの里で貰ったマーダーグリズリーのお肉を使ったバーベキューをメインに、あとはシルの好きな料理を作るかテイクアウト。参加者はソルエールに住んでいるご両親を始めとして、面識のある方全員に声を掛ける、ただし貴族の方はご遠慮いただくということで……あ……ブレットさんたちもやはり難しいですよね」


「ああ、聖女シルを囲いたい国は山ほどあるんだ。手出ししてこないのは、俺たちの娘だっていうこともあるが、互いを牽制しているっていう理由も大きいからな。ブレットさんだけ特別扱いしたとなると、バレた時に迷惑がかかってしまいかねない。今回は連絡だけして、謝っておこう」


「はい……レイラさんとヒルダさん、ガッカリされるでしょうね」


「ああ、二人とも随分と可愛がってくれてるからなぁ……」


 先日、結婚式の打ち合わせに行った際も、シルが不在で酷く落胆されたことを思い出す。


「ふふっ、シルには人たらしの才能でもあるんでしょうかね?」


「……今でさえあれなんだから、きっと将来はさぞかしモテるんだろうな……」


 両肘をテーブルにつく、どこぞの最高司令官と同じポーズをとっていたアルが、組んだ両手に額を押し当て肩を落とすとセアラが苦笑してなだめる。


「アルさん、気が早いですよ?まだまだ先の話です。それに……」


 そもそもシルとアルの仲睦まじい様子を間近で見ているセアラからすれば、誰かがシルのハートを射止めて連れ去っていく日が来るなど、まるで想像もつかない。それ程までにシルにとってアルは特別であり、アルにとってもまたシルは間違いなく特別な存在。


 あの日、シルはアルとこれからも父娘であることを望んだ。しかしそれは、まだシルが子供であること、そして子供ながらにセアラに対して後ろめたい気持ちがあったという要因が大きい。言ってみれば選択肢があるようで、無かったに等しいということ。

 だからこそセアラは、いつかシルに本当の意味で選択をさせてあげたい、させなくてはならないと思っている。そしてその時が来たのなら、自分はシルにどんな言葉を掛けてあげるべきか……そんなことを度々考えるようになっていた。


「セアラ?」


「あっ、すみません。ちょっと考えごとをしてました」


「それで……一番大事なことなんだが……」


「はい、プレゼント、ですよね?」


 気を取り直しセアラも同じポーズをとって目を光らせると、アルが頷き大きく息を吐く。


「ああ、あの日にも色々と見て回ったんだが……どうもよく分からないんだよなぁ……」


 アルがポーズを解き、背もたれに体を預けて天井を見上げる。

 セアラが以前合コンに連れて行かれた日、アルは誕生日プレゼントの情報収集を兼ねてシルとデートをしたのだが、あれが可愛い、これが可愛いと言う割には買って欲しいという言葉は全く出てこなかった。

 普段からシルは何か欲しいものがあれば口に出し、甘えたい時には甘えてくる。そんな素直なシルを二人は可愛がっており、そこに遠慮が入るようなことはない。だからこそ二人にはシルの欲しいものの見当がつかず、困り果てて中空に視線をさまよわせる。


「きっとあの子はその中のどれを贈っても喜んでくれるんでしょうけど……どうせならって思っちゃいますよねぇ」


「そうだなぁ……」


 とにかく娘には甘い二人。シルを娘に迎えて、初めての誕生日というイベントをなぁなぁで終わらせるという考えなどあるはずも無く、腕を組み二人してうんうん唸ること十五分。


「煮詰まってしまいましたね……少し休憩しませんか?」


「ああ、もう一杯コーヒーを淹れようか?」


「あ、私はホットココアにします。多分、眠れなくなってしまうので」


 二人はそれぞれ飲み物を準備すると、アルが収納空間からクッキー生地のシュークリームを取り出す。


「そ、それはまさか!?」


「ああ、最近カペラで人気の何とかっていう洋菓子店で買ったんだけど、セアラも食べるだろ?」


「あう……」


 誘惑に抗おうとするセアラだったが、クッキー生地の帽子の下から覗くバニラビーンズがちりばめられたカスタードクリームに、自然と視線が引き寄せられる。


「どうかしたのか?」


「ええっと、その、お昼を食べすぎてしまったので……ちょっとどうかなって……」


 アルからすれば太って見えないどころか、もう少しふくよかでもいいくらいなのだが、意見を求められない限りは余計なことは言わない。ここで同意などしようものなら、三日は口を聞いて貰えないかもしれない。こういう場合は食べるのか食べないのか、ただそれだけを確認するに限る。


「じゃあ今日は止めておくか?」


「食べます!」


 先程までのやり取りを一瞬で無に帰すセアラ。とは言えこの手の会話は二人がティータイムを楽しむ際のじゃれ合いみたいなもので、アルも軽く笑うだけでサラッと流す。


「ナイフとフォークがあった方がいいよな」


 アルがゆっくりと席を立とうとすると、セアラが大声を出しながら勢いよく立ち上がる。


「ああっ!!」


「うん?今度はどうしたんだ?」


「それです!ナイフですよ!!シルにもそろそろ小さいナイフから持たせてみようかっていう話を、ついこの間モーガンさんとしたばかりなんですよ!」


「ナイフか……それ……全然女の子っぽくないけれど大丈夫か?」


 もっと女の子らしいプレゼントを想定していたアルが難色を示すと、セアラは自信満々にそれを跳ね除ける。


「はい、シルも魔法でのお手伝いだけじゃなく、早く色々出来るようになりたいと言ってましたから。きっと喜んでくれますよ」


「そうか……分かった、なら決まりだな。じゃあせっかく用意するんなら、護身用にもなる最高品質のものを用意しないとな」


「そうですね!ってアルさん、何かあてはあるんですか?」


「ああ、明日、俺のメイスを作ってくれた人に会いに行ってくるよ。材質はシルが使うんなら魔法を付与させやすいように、ミスリルが含まれていた方が良いと思う。あとは剛性も考えてアダマンタイトとの合金にしてもらおう」


「そんな方がおられたんですねぇ、どこまで行かれるんですか?」


「ドワーフの国、アルデランドだよ。小さな国だけど、武器防具に限らずその工作技術は世界最高峰だと言われてる」


「アルデランド……聞いたことはありますが、そこは友好的な国なんですか?何か危険な目にあったりとか」


「そうだなぁ……友好的かと言われるとちょっと難しいところだが……少なくとも排他的ではないな。他国との取引も普通にしているし。ただ職人気質の人が多いから、筋の通らない真似をしたり、物をぞんざいに扱ったりすることには厳しいな。それで取引停止になった国もあるらしいから」


「小国なのに大丈夫なんですか?」


「ああ、ソルエールみたいなもので、侵攻や報復でもしようものなら他国が黙っていない。それ程までにアルデランドの技術は世界中の国々にとって重要なんだ。全員がアルデランド製の装備で固めた部隊なら、倍の兵力になるとまで言われているくらいだから」


「そうなんですか……それで、当日まであまり時間はありませんが、行って直ぐに作っていただけるんですか?」


「お偉いさんが俺の事を気に入ってくれていたから、どうしてもって頼めば大丈夫だと思う。代わりに雑用とかをやらされるかもしれないけどな」


「……女の人絡みじゃないですよね?」


「ははっ、残念ながら職人は髭面のオッサンだらけだよ」


「ん〜……何か引っかかるんですよねぇ……」


 セアラが顎に手を当て、皿の上のシュークリームを見つめながら思索に耽ける。


「……何も無いとは思うんだが……セアラにそう言われると不安になるな」


 ハイエルフのセアラには不完全ながら予知能力が有り、こうした根拠の無い言葉にもどこか説得力がある。となれば後ろめたいことが無いはずのアルも、自信なさげな表情になるのも致し方ないところだった。


「決めました!明日は私も一緒に行きます!」


「……え?いや、だって休みじゃない……」


「おぉ〜い、アル、居るか〜?」


 不躾に玄関のドアを叩く音。アルとセアラはその声の主に覚えがあり、思わず顔を見合わせ、どうしてここにと首を傾げる。


「いきなりすまん!俺だ、マイルズだ!!ちょっと頼みがあって来たんだ。開けてくれ」


 慮外な男の来訪に、また面倒事かとアルは深い溜息を漏らすのだった。




※あとがき


今回サラッと初めてシルの将来に想いを馳せるセアラが描かれました。『銀髪のケット・シー』を読まれていない方は、意外に思われたでしょうか?実はセアラは一貫してシルのアルへの想いに否定的ではありません。気持ちの整理がつかなかったり、嫉妬はしますけどね。


こうして二作同時進行で書いてみて、『銀髪のケット・シー』は『仲間に裏切られて~』の続編というよりも、シルの心情が大きく変化した期間だけを切り取ったスピンオフと言った方が正確なんだろうなと最近思います。

なのでこのまま続いていけば、(需要の有無はともかく)いつか『銀髪のケット・シー』完結後の三人の姿も、こちらで描くことになるかもしれません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る