第141話 二人の約束
アルたちは屠ったマーダーグリズリーを手分けして南門の広場へと集め始めていた。そのままにしておいては他のモンスターを呼び寄せてしまうため、いかに数が多くとも絶対に処理を怠ってはいけないとされている。
全て運び終えるとエルヴィンとアルを中心とした守備隊が戦闘の痕跡を消して回り、モンスターが近寄らないように処理をする一方で、セアラとシルを含む解体組は大量のマーダーグリズリーを前にやる気を漲らせる。里の者の話によると牙や爪、毛皮は優秀な素材になる上、肉は極上の味とのことで今夜は大宴会となるようだった。
「シル、じゃあ解体を始めるから手伝ってね」
すっかり解体屋モードの髪を括ったセアラが、作業しやすいようにつなぎに着替えて変異種の前に立つと、シルに向かって右手を上げて合図を出す。
「うん、もっちろん!じゃあ始めるよ〜!ほい『軽量化』、『柔化』、『身体強化』、ついでにもひとつママにも『身体強化』!!」
シルがひょいひょいと中空に両手を振ると変異種の体に二つ、セアラとシルの体に一つずつ魔法陣がパパっと描かれる。
「よ、四つ同時だって?出来るのか?」
「いやいや、ケット・シーとは言えまだ子供だぞ?出来るわけない……よな?」
「子供じゃなくても誰も出来ねえって、あんなマネしようもんなら脳神経が焼き切れちまうよ」
興味深そうに二人を見ていた周囲からの懐疑的な言葉を跳ね除けて、そのまま何の問題も無く四つの魔法陣が青白く発光して魔法が発動する。
「あらぁ、シルちゃんも聞いてた通りすごいわねぇ」
「そんな……ウソ……でしょ?」
言葉を失う者たちの中にあって、シルの実力についても聞いていたルイザはニコニコ顔で感心しきり。その横のアイリは、たった今、目の前で繰り広げられている光景が信じられず、ゴシゴシと目を擦り二度見してから驚嘆の言葉を漏らす。
正直なことを言えば、アルとセアラには敵わないまでも、同年代のシルに負けるようなことは絶対に無いと自信を持っていた。しかし今この瞬間、それは見事に打ち砕かれる。
「アル君もセアラちゃんもシルちゃんも、世の中にはすごい人が沢山いるものねぇ。アイリもそう思わない?」
「……うん」
狭いエルフの里の中、まさしく井の中の蛙となっていた自分が堪らなく恥ずかしくなり、アイリは思わず顔を伏せる。
当然アイリのそんな心境は容易く母親に見抜かれてしまい、ルイザは続けざまに挫折を味わった娘に対し、笑顔のまま頭をそっと撫でる。
「リタちゃんがねぇ、これからアイリみたいに若い世代は外に出たいと思うだろうし、もっと外に目を向けて欲しいって言ってたわ」
「え?リタさんが?そうなんだ……あ、でもお母さんはどう思うの?」
その言葉に即座に飛び付くのではなく、母親を気遣う娘の優しさに、ルイザは嬉しい半面、多少の物足りなさを感じる。
「そうねぇ、私は子供の頃から外は怖いところだって、ずっと言われて育ってきたから、正直今の今までリタちゃんの話はピンと来なかったわ。でもねぇ、こうしてアイリが外で暮らすシルちゃんたちに触れて、色々と考えるきっかけを手に入れてくれた。それは単純に凄く嬉しいの」
「うん……」
「外に出ること、本当にそれがいいことなのかはまだ分からないわ。だけど確かに怖い怖いって言ってるだけじゃ良くないんだなぁって、今はそう思うわねぇ。だからいつかアイリが自分の意思で外に出て行く時には、笑っていってらっしゃいって手を振って、帰ってきたらおかえりなさいって抱きしめてあげたいかしらねぇ」
ルイザは出来ることならアイリには里で暮らして欲しいと思っているし、アイリもそれは理解している。そしてルイザ自身がそうであったように、決してその生き方が即ち不幸な人生に繋がるということにはならないと知っている。
それでも親の贔屓目無しにしても、里の中で抜きん出ているアイリの才能をここで無為に消耗させるのはあまりにも惜しく、親の果たすべき責任の放棄にすら感じられていた。
「……うん……お母さん、ありがとう……私、決めたよ!きっと新しい時代のエルフのさきがけになるよ。世界中を見て回って、いつかここに帰ってきてこの里を活気のある里にしてみせる。これはハイエルフのセアラさん、ケット・シーのシルには出来ないことだと思うの。この時代を生きるただの一人のエルフとして、私はこの里を導ける存在になるよ」
「ふふ、そうねぇ、きっとアイリなら出来るわ。ううん、アイリにしか出来ないわね」
アイリがいつもの元気を取り戻し、胸を張って前を見る。そのエメラルドの瞳が見据えるのは銀髪のケット・シー。
自信に溢れていたエルフの少女の今までのような向こう見ずな強気はなりを潜め、その佇まいは穏やかでありながら決して揺るがない芯の強さを感じさせる。
今日だけで何段も大人への階段を昇ったアイリに、ルイザは思わず目を細める。微かな寂しさを胸に同居させながらも、娘の成長を素直に喜んでいた。
「だから!!」
アイリが着々と解体を進めているシルの元へと駆け出し、ビシッと右の人差し指をシルの眉間に向ける。
「シル!私、絶対に負けないから!今はシルの方が魔法が上手いけど、もっともっと練習して強くなってみせるから!!だから約束よ、私がいつかシルに勝てるほど強くなったら、一緒に旅をしよう!」
いきなりの大声での決意表明に、周囲の視線が二人に注がれる。シルも初めは呆気に取られて首を傾げていたが、すぐにいつもの様に人懐っこい笑顔を見せる。
「うん、分かった、じゃあ私も負けないように頑張るね!でも勝たなくてもいいから、一緒に旅をしようよ。私、アイリおばちゃんと旅をしたいな、楽しそうだもん」
えへへと笑うシルに、気勢を削がれたアイリは頬を朱に染める。
「も、もう……仕方ないわね!分かったわ、じゃあいつか一緒に世界を見て回りましょう!」
「うん、ありがとう!アイリおばちゃん!!はい、約束!」
シルがピンと立った右の小指をアイリにすっと差し出す。
「……?えっと……?」
「あれぇ?知らないの?約束する時は指切りをするんだよ、パパが教えてくれたもん」
「そ、そうなのね……じゃあ……」
そして二人は誓いを胸に、小指を絡めて約束を交わす。およそ七年後、それが確かに果たされるとも知らずに。
※あとがき
これにてエルフの里編は終了
次回からはシルの誕生日編です
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