第143話 ドワーフの国、アルデランド

 ドワーフの国、アルデランド。建国して五十年程という、この世界においては非常に若い国である。しかしこの地には、古くからドワーフたちが好んで住み着いていた。険しい山々に囲まれ、生活するには厳しく決して実り多い豊かな土地でもない。それでも彼らはここに住む。極上の素材がこの山々には眠っているのだから。


 この国の始まりは、それまで組織に所属することなく一人親方でやってきたドワーフの職人たちの生活を守るという信念からだった。モノを作ることに関しては超一流の技術を持っている彼らだが、作ったところでそれらを使うものが居なければ、なんの意味も成さない。彼らが自らの技術が活かされる場を、外の世界に求めるのは自然な事だった。

 作っては外商に出る者、ドワーフ謹製の品を求めてきた者向けに店を構える者、売り方は様々ではあったが、そもそも閉鎖的な土地で暮らすドワーフにとって交渉事など全くの畑違い。取引先を変えると言われ安値で買い叩かれたり、不当な要求を突き付けられ、商談中に感情を爆発させてしまう者も珍しくなかった。


 そんな状況を憂いたのが、のちにアルデランド建国の中心人物となったヴェンデル・アルデランド。彼はまず生活に困窮した職人たちを集めて起業することから始めた。そして交渉事は自分を含めた渉外担当が担当し、職人たちは割り振られた仕事をひたすらやるだけ。

 アルデランドがしたことを大まかに言ってしまえば、たったこれだけの事ではあったのだが、それがもたらした変化は劇的だった。今まで材料の調達から製作、交渉と全てのことを一人で行ってきた者たちからすれば、無心で炉に向かい、鉄と戯れることが出来る環境など願ってもないもの。材料の調達が得意な者、武器を作ることが得意な者、防具を作ることが得意な者、各々が各々の強みを生かすことで、より良いものが生み出されるという相乗効果まで得られることが出来た。

 やがて顧客は個人だけでなく国を相手にするようになっていく。するといつしかその環境を羨ましく思い、一人でも十分にやっていた者たちも集まり始め、『アルデランド』は会社から国へとその姿を変えていったのだった。



 今回の訪問はアルクス王国の正式な使者として、マイルズたちがアルデランドを訪れると事前に連絡がなされていた為、門番に咎められることも無く無事に入国出来ていた。


「まずは……はるばる遠いところまでようこそいらっしゃいました。各国との取引を統括しておりますマルティン・アルデランドです。代表のヴェンデルは本日多忙のため、私が皆様のお話を聞くようにと言付かっております」


 笑顔は見せずに、儀礼的な挨拶をするマルティン。確かに代表の息子であり要職に就く人物ではあるが、こういった場合はいきなり実務者との協議に入るのではなく、まず代表にお目通りするのが慣例。それが多忙だからという理由で一蹴されては、もはや歓迎されていないことは火を見るよりも明らかだった。


「大変お忙しい中お時間頂戴致しまして、誠に有難うございます。アルクス王国特任大使ブリジットと申します」


「同じくマイルズです」


「クラリスです」


 代表から会うまでも無いという烙印を押されたにもかかわらず、動揺をおくびにも出さずに優雅に礼を執るブリジット。そしてそれに倣うマイルズとクラリス。

 アルたちも続けて自己紹介をしようとするも、何故この場にいるのか上手い説明が見つからずに言いあぐねていると、マルティンの方から声を掛けられる。


「お二人がアルさんとセアラさんですね?代表から聞き及んでおります。前回アルさんが、その時はユウさんでしたかね?来られた時にはお会い出来ず、大変残念に思っておりました」


「あぁ、そうだったんですね。では改めまして、アルと申します」


「アルの妻、セアラと申します……ええっと……つかぬ事をお聞きしますが、なぜ私のことを?」


 まさか自分のことをアルデランドの代表が知っているなどとは、夢にも思っていなかったセアラ。マルティンの三人に対する態度とは明らかに違う柔らかさに、思わず尋ねたくなるのも致し方のないところだった。


「代表はいつもアルさんの事を気に掛けておられましたから。あれでは人が良すぎて、いいように利用されるのではないか、とね。ですからそののちに起こったことも全て把握しております」


 五人に着席を促しながら、マルティンがアルを見やる。


「そうでしたか……今思えば……あの頃は煽てられて舞い上がっていたのでしょうね。恥ずかしい限りです」


 アルが恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いて苦笑する。


「ふふ、そうやって笑みを見せて振り返ることが出来るようになられたのは、良い伴侶のおかげでしょうかね?」


「ええ、そうですね」


 マルティンが得心がいったというように大きく頷くと、すかさずアルが同意する。


「あ、えっと……その……で、ではアルクス王国との取引を止めている理由というのは……」


 サラッとベタ褒めをされたセアラが頬を朱に染めると、どうにもいたたまれなくなり話を先へと展開していく。


「ええ、お察しの通りです。アルクス王国はアルさんを利用するだけ利用して、最悪の形で裏切りました。例えアルさんが今は幸せに暮らしておられようとも、私共が貴国に対して抱いている疑念を覆すことにはなりえません。アルデランドは信用することの出来ない国と取引はしない、これは代表が起業した時からの経営理念です」


「ですが、エドガー陛下は……」


 付け入る隙の無い正論を並べ立てられ、もはやマイルズたちではどう足掻いても反論できない状況に、嫌々ついてきたはずのアルが思わず口を挟む。


「アルさん、エドガー陛下が類稀なる賢王だということに異論はありませんし、私共に実害が及んだ訳ではありません。ですが国の運営ともなれば既に退いた者の愚行であろうとも、代替わりすれば全て元通りという訳にはいきませんし、私共はその国の行いから信用に値するかを判断しております。一度失った信用を取り戻すのは、決して簡単なことではありませんし、あってはならないのです。そうでなければ示しがつきませんから」


 マルティンの言葉には明確な拒絶の意思が宿っており、それは五人にも痛切に伝わってくる。とりわけマイルズたちの表情は暗い。何だかんだと言いながらも、アルが両者の関係改善をとりなそうとしていることから、アルクス王国との関係が悪くないのは明らか。それにも関わらず、これほどまで頑なな態度を見せられては、意気消沈せざるを得ない。


「……と、まあここまでは代表の意思を代弁しましたが……正直なことを言えば、エドガー陛下の功績を加味すれば、私個人としては取引停止を解除しても良いとは思っております……なんなら代表は私情を挟みすぎだろうと思っております」


 突如として両こぶしを握り込み、苦々しい感情を露わにするマルティン。そして訳が分からなくとも不意に垂らされた蜘蛛の糸に、マイルズたちは一斉に顔を上げる。


「……あろうことかあのクソ親父……うちの娘をアルさんの嫁にやって、この国で囲うなどと言い出しやがって……」


 まるで呪詛の言葉を紡ぐようなマルティンの様子に、セアラはアルをジト目で見る。


「……アルさん、やっぱり女の人絡みじゃないですか……」


「え……いや……ええ……?」

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