第134話 家族みんなで里帰り

「アルさん、お母さんが近いうちにエルフの里に里帰りするって言っているんですけど、一緒に来られますか?」


 いつものように三人並んで仕事に向かう道中、セアラがアルの顔を覗き込みながら尋ねる。


「それはセアラも行くってことだよな?」


「はい、懸念していた妖精族狩りもソルエールの大戦で片付きましたし、一度改めてご挨拶にと。お母さんも連絡だけは取っているんですが、いい加減、私も含め一度は顔を見せろと、叔父さんから口酸っぱく言われているようで……あとは叔父さん一家を結婚式に招待したいので、直接会えればいいかなと思ってます」


「ああ、そういうことか。それなら俺も行くよ」


「私も行く〜」


「ふふ、もちろんシルも一緒よ。じゃあ四人で……そうだ、折角ならノアも連れていきましょうか?」


「うん、ノアも家族だからね、一緒がいいよ!!」


 シルが指先までピンと伸ばした美しい挙手をし、セアラに心からの賛同を示す。

 黒猫のノアはセアラへの誕生日プレゼントではあるが、家族の中ではシルに一番懐いており、一緒に寝ることも多い。セアラとて嫌われている訳では無いのだが、猫と猫妖精ケット・シーの相性の前には敵わないようだった。

 ちなみにアルにはほとんど寄り付かないので、セアラはとりあえずシルになら負けてもいいかと、不満を呑み込んでいる。


「それにしてもエルヴィンって結婚してたのか?あいつ、全然そんな話しなかったんだが」


「ええ、以前伺った時は、状況が状況でしたからね。必要以上に里の者に関わらないように、ということだったのであれでしたけど……今回は問題ないみたいですよ?何でも、お母さんの話では娘さんがいるみたいで、シルの一個上だそうです」


 その言葉を聞いたアルが、中空を見上げながら思案する。


「ふぅん……そうなると、シルの従姉……じゃないな。セアラの従妹で……シルとの関係は……従叔母いとこおば、っていうことか」


「アルさん、事実かもしれませんが、その呼び方はちょっと……」


「長いからおばちゃんって呼んだらいい?」


 屈託の無い笑みでそれを取り入れようとするシルに、アルはしまったと苦笑いして頭を撫でる。


「……それは止めてあげた方がいいな、お姉ちゃんならいいんじゃないか?」


「うん!じゃあそうする〜!!」


ーーーーーーーーーー


 ラズニエ王国、アリマの西に位置する大森林。エルフの里へと続く林道の入口にアルたちは来ていた。先のダークエルフ、レオンの奇襲の教訓から、エルフの里にはさらに強固な防御結界が施されており、転移魔法ではここまでしか来ることが出来なかった。


「いきなり襲って来ませんかね?」


「さすがにそんなことはしないわよ……って、ああこれがフラグってやつなのね」


 リタが呆れるように言うや否や、高速の矢が風切り音とともにアルに向かって疾走してくる。殺傷能力をあげる為なのか、ご丁寧に魔法で高回転というオマケを付けている。

 念の為、感覚強化をしていたアルは、眼前でそれを容易く捕まえる。手のひらで包んでは、回転が止められずに矢が滑って来るかもしれないため、使ったのは親指、人差し指、中指の指先のみ。つまむように捕らえて、見事に回転までピタリと止めてみせる。


「ははっ!!いよいよ化け物じみてきてるなっ!!」


 魔法で声を運んでいるようで、五百メートルは離れた場所から、はっきりと聞こえてくる男の声。その声の主は樹上をものともせずに、軽々と木から木へと飛び移り、アルたちの元へと着地する。


「兄さん、ちょっとあんまりじゃないの!?」


 リタが腰に手を当てたまま、実兄エルヴィンに詰め寄り、抗議の意を示す。


「あれだけ離れてれば、アルに当たるわけないだろ?とは言え、そう簡単には防いだりは出来ないし、例え防いだとしても、相手の実力を測ることが出来る。偽物かどうか判断するには、もってこいの方法だと思わないか?」


「まったく……連絡だってしているんだし、偽物のわけないでしょ?」


「頭の固い長老たちは健在だからな、表向きはこうしてポーズを取らないといけないってことだ。悪かったな」


 エルヴィンが両手を上げて降参のポーズを取ると、リタも嘆息して、それ以上追求することは無かった。


「お久しぶりです、エルヴィン叔父さん」


「お久しぶりで〜す!」


 セアラとシルはぺこりと頭を下げ、シルの肩の上にいるノアが『にゃおん』と声を上げる。


「ああ、二人とも元気そうで何よりだ、今日はペット連れか。アルも久しぶりだな」


「手荒い歓迎どうも。だいぶ腕を上げたんじゃないか?」


 エルヴィンの差し出した右のこぶしに、アルがコツンと自らの右こぶしを当てると、互いに手を開いてグッと握り笑顔を見せる。


「森の奥に行けば、腕試しに丁度いいモンスターなんていくらでもいるからな。あの日、アルに助けられてからというもの、うちの奴らも目の色を変えて訓練しているよ。何せ外の世界を知らない奴らばかりだからな、このままじゃ不味いと思ったんだろうよ。時間があったら手合わせしてやってくれ」


「俺を基準にするのはどうかと思うが……分かったよ、時間があればな」


「なに、目標は高いに越したことはないさ、宜しくな」


 そのまま一行は、エルヴィンを先頭にエルフの里へと向かって歩き出す。相変わらず緑の密度は濃いものの、森自体はきちんと管理されており、青々とした葉は生命力に満ち溢れている。


「そういえば兄さん、今日はルイザさんとアイリにも会えるのよね?」


「ああ、二人とも会えるのを楽しみにしてるよ。特にアイリはセアラに会いたくてソワソワしてたよ。前回も会わせろ会わせろってワーワー言っていたんだが、どうしても許可が降りなかったからな」


「私にですか?」


「自分の従姉でありながら、伝説のハイエルフ。オマケに『戦場の女神』と呼ばれる大戦の英雄だ。憧れを持たない方がおかしいと思わないか?それにアイリだけじゃない。老若男女問わず、と言ってももちろん若い男が一番多いんだが、多くの者たちがセアラが来るのを待ち望んでるよ。もはやアイドルだな」


「な、なんだか恥ずかしいですね……幻滅されないでしょうか?」


「ははっ、普段通りでいればいいさ」


「ママは凄いもん、当たり前だよ!ね、ノア?」


「にゃ〜ん」


「……しかしセアラはどこに行っても人気者だな」


 自慢げに胸を張るシルとノアを横目に、ぼそっとアルが独り言つと、耳聡いリタがそれを聞きつける。


「あらあら、アル君ったら嫉妬かしら?」


「そういう訳じゃ……事実を言っただけですよ」


「えへへ、嫉妬ですか」


「だからそんなんじゃ……はぁ、もうそれでいいよ」


 自身の左腕にしがみつき、可愛らしく喜ぶ妻を見ては、強硬に否定する気になどなるはずもない。アルは照れくさそうに頬をぽりぽりと掻き、そのままポンポンとセアラの頭を叩く。


「お前たちは相変わらず仲がいいことだな。さぁ、見えてきたぞ」

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