第135話 シルのライバル?
「お父さぁぁぁぁ〜ん、おかえりなさぁぁぁぁぁ〜い!!」
視線の遥か先、まだ豆粒ほどの大きさにもかかわらず、甲高い出しながらブンブンと大きく手を振る一人の少女に、エルヴィンが苦笑しながら手を振り返す。
「よっぽど待ちきれなかったみたいだな……」
「あれが娘の?」
「そう、アイリだよ。先に長老たちのところに行くから、家で待ってろって言ったんだがな。誰に似たのか、とんだ跳ねっ返りでなぁ……困ったもんだよ」
エルヴィンが深い溜息を一つついてからアルに答えていると、アイリが全速力で距離を詰めてくる。
練度の高い風の魔法を使用しているのか、走ると言うよりも滑るようにと言った方が正確かもしれない。その快活な気性を示すかのような金髪のショートカットに、深い緑色の瞳を持った少女が、あっという間にアルたちの前までやってくる。
「お父さん!ほら、早く、早く!!」
「アイリ、早くじゃないだろ?まずはきちんと自己紹介をしなさい」
「はぁ〜い!皆さん初めましてエルヴィンとルイザの娘、アイリと言います!よろしくお願いします!!」
背骨は理想的なニュートラルスパイン(自然彎曲)を保ったまま、股関節から九十度に体を折り曲げて深々と礼をするアイリ。
バッと顔を上げるとアルたちには目もくれずに、キラキラと輝く瞳でセアラだけを凝視する。その無言の圧に、セアラは困惑しながらも自己紹介を返す。
「ええっと、初めましてアイリちゃん。従姉のセアラです、よろしくね」
「よろしくおねがいしまぁぁす!!セアラお姉様ぁぁ!!!」
「ふえぇぇっ!?」
セアラの自己紹介が終わると、他を待たずにアイリがセアラにガバッと抱きつく。アイリは発育が早いようで、身長は百五十五センチほど、セアラとは五センチほどしか変わらない。
そのため、シルが抱きつくような可愛らしい感じにはならず、思わずセアラがたたらを踏んで後退する。
「アイリ!!」
エルヴィンがアイリの首根っこをむんずと掴むと、セアラから力づくで引き剥がそうとする。しかしアイリはセアラの背中で手首をがっちりロックし、一向に離れる気配は無い。
「やっと会えたんだもん!絶対に離さないわよ!!」
「アイリお姉ちゃん、ママの娘のシルです。この子はノアです、よろしくお願いします」
「にゃぁ」
必死の形相で抵抗するアイリの傍らで、ノアを頭に乗せたシルが礼儀正しく、上体を三十度に曲げた普通礼をする。
「む……アナタがシルね?最初にはっきり言っておくけれど、アナタにお姉ちゃん呼ばわりされる筋合いはないわ!!」
「アイリっ!!お前、なんてこと言うんだっ!?」
「じゃあ……アイリおばちゃん?」
「お……おばっ!?」
まるでアイリの意図を理解していないシルの様子に、エルヴィンとリタが一呼吸おいて、手を叩いて大笑いし始める。
「くくっ……あははははっ!そりゃあいい、確かにアイリはシルから見ればそうだな?」
「そうそう、お姉ちゃん呼びが嫌なんだから、仕方ないわよねぇ?」
「そ、そういう意味じゃなくて、この娘はっ!!」
「アイリちゃん、シルは私とアルさんの娘だよ?変なこと言わないでね?」
「あぅ……その……はい……ごめんなさい……」
微笑みながら怒るセアラ。そのあまりの迫力に、アイリは拘束を解いて頭を下げる。
「私にじゃないでしょ?」
「……ごめんなさい」
憧れの存在から叱られたとあっては、さすがのアイリも意気消沈せざるを得ない。シルに向き直ると、四十五度に体を折り曲げて、精一杯の誠意を示す。
「うん、よく分からないけど、いいよ!よろしくね、アイリおばちゃん!!」
「おばちゃん……わ、分かったわよ!よろしくね、シル!!」
誇り高いエルフの気質を受け継いでいるためか、一度自らが明確に否定した呼び方で呼ばせるのは、アイリのプライドが許さない。おばちゃん呼びを甘んじて受け入れる。
「ほら、長老様たちの所に行くんでしょ?連れて行ってあげるわ!」
「うん、ありがとう!あ、ノア?」
アイリから差し出された手をシルが握ると、ノアが二人の腕を橋にしてアイリの肩に移動する。
「ひゃっ!」
「うわぁ、アイリおばちゃん凄い!ノアがすぐ懐いてる!」
「うにゃあ」
「ふ、ふふん、当然でしょ?…………は……は……はぁっくしょん!!!」
ノアが気持ちよさそうにアイリに頬ずりすると、盛大なくしゃみが二度、三度と響き渡る。
「あれぇ?もしかしてアイリおばちゃん、猫アレルギーなの?」
「ぐずっ……分かんない……猫なんて初めて触ったから……でも、そうなのかも……」
「そっかぁ……それじゃあ仕方ないよね。ノア、戻っておいで」
「にゃおん」
シルの呼び掛けに応えたノアが、再びアイリの左腕とシルの右腕で作られた橋を、とととっと軽やかに渡り、その左肩に腰を落ち着ける。
「あうぅ……可愛かったのになぁ……」
名残惜しそうに、目を瞑って尻尾を振るノアを見つめるアイリ。
そんなふたりのやり取りを、ほぉと興味深そうに見ているのは、普段のアイリをよく知るエルヴィンとリタ。
「兄さん、アイリは弟か妹がいた方がいいんじゃない?」
「お前なぁ……そう簡単に言ってくれるなよ……まぁそれはともかくとして、ペットを飼って世話をさせるのも、意外といいのかもしれんなぁ……」
「ふふっ、シルも嬉しそうですね」
セアラの視線の先には、アイリに手を引かれ、ご機嫌に尻尾を揺らしながら進んでいくシル。
「ああ、そうだな……ところで俺はまだ自己紹介してないんだが……やっぱりあれか?セアラの夫なんてどうでもいい感じなのか?」
既に遥か先を歩いている二人の背中を見ながら、アルが口を尖らせる。
「う〜ん……どうでもいいと言うより……完全に敵なんじゃないかしら?」
「まあ割と本気で見えてない可能性もあるけどな。もしくは見えていても、居ないものとして振舞っているか」
「そこまでなのか……」
「あはは……仲良くなれるといいですねぇ……」
決して冗談などではなく、いたって真面目に分析するリタとエルヴィンに、アルは諦めにも似たため息を漏らし、セアラは乾いた笑いを漏らすのだった。
※あとがき
はい、新キャラのアイリが登場いたしました。お転婆だけど面倒見がいいって感じですね。アルと和解することはあるんでしょうか?
タイトルの通り、アイリはシルのライバル的なポジションです(ほぼアイリの一方通行です)。といういことで続編『銀髪のケット・シー』においても主要キャラとして登場します(もうすぐ本編に出てきます)。一歳年上って便利ですよね……うん。
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