第133話 妬いて欲しいんです

 合コン会場で、さすがにこの席次はダメだろうとなり、ようやく順番にセアラの隣に座るという決着がついた頃。


「へぇ?こんなところがあったのか……それにしても……ここって酒を飲むようなところなんじゃないのか?」


 アルとシルは先に買い物を終え、セアラたちがいる店の前にやって来ていた。


「大丈夫だよ!解体場の人が、お酒も飲めるけど、美味しいお魚が食べられるご飯屋さんだって言ってたから。あとね、いっぱいお魚がいるんだって!!」


「んん、そうなのか……まあダメなら違うところに行けばいいだけだな。よし、じゃあ入ろうか」


「うん!」


 手を繋いで店内に入った二人。当然の事ながら巨大な生簀いけすが目に入ると、シルが駆け寄り大きな声で感動を露わにする。


「うわぁぁぁ!!!すごぉぉぉい!すごいよパパ!!ほら見て見て、泳いでるお魚さんがいっぱいだぁぁぁ!!」


「ああ、そうだな。たしかに凄いけど、お店だからもう少し静かにしような」


「あ……はぁ〜い、ごめんなさい」


 耳を折り曲げ素直に言うことを聞くシルに、アルはふっと微笑むと、頭を撫でて肩車をする。


「ほら、これでよく見えるだろ?」


「わあぁ……うん!ありがとぉ!!」


 生簀を覗き込んで再び感動を表すシル。

 そんな二人の様子を微笑ましく見ていた店員が、頃合と見て話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。お嬢ちゃん、お魚は好きかい?」


「うん!大好き!食べるのも見るのも好きだよ!」


「そうかい、そうかい!それだったらいい席に案内してあげよう」


「わぁーい!」


 シルはその身の軽さを利用して、アルの体の表面を滑るように、スルスルと肩車から抱っこのポジションへと移動する。

 二人が通されたのは、セアラたちのいる座敷と通路を挟んだ場所に位置する席。ただしその席は階段を昇った先にあり、生簀の上端とテーブルの高さがほとんど同じになっている。


「うわぁ!パパ、すごいねぇぇ!この席、お魚さんが上から見えるよ!!」


 優雅に泳ぐ魚たちを眼下に見て、シルが目を輝かせる。


「ああ、そうだな。それにしても、予約も無しにこんないい席を用意していただいて、本当に良かったんですか?」


「はい、こちらの席は、なるべくお子様連れのお客様を優先して、ご案内しておりますので」


「そうでしたか……確かにこれなら親は楽でしょうね」


 アルの視線の先には、尻尾をブンブン振って釘付けになっているシル。


「ええ、お陰様でご好評頂いております」


ーーーーーーーーーー


「えええぇ、なんでアルさんがここにいるの……?」


「あらぁ……随分とベタな展開ねぇ」


 座敷から楽しそうな二人の様子を覗き見るセアラとリタ。店内に入って来るなり大騒ぎしたシルの声は、当然の事ながら座敷にも届いていた。


「もうセアラは向こうに行けばいいんじゃない?」


 呼んでおいて『いたら迷惑だから』と言わんばかりのリタに、セアラが怒りの声を上げる。


「よくもそんな無責任なこと!?」


 思わず声を張り上げてしまい、慌てて口元を押さえるセアラ。もともとよく通るその声にアルが即座に反応し、キョロキョロと店内に視線を巡らせる。不味いというように顔を引っこめるセアラに、アンが首を傾げながら声を掛ける。


「セアラさんは知らなかった訳ですし、事情を話せばアルさんなら怒ったりしないと思いますけど?」


「それはそうなんですけど……」


「え……?じゃあ……何かほかに理由でもあるんですか?」


「ええっと……その……こんな機会は滅多に無いから、アルさんも怒ったりするのかなって少し期待したりして……でも特に反応無く流されたらどうしようって……」


「はぁ?めんどくさ……」


「あはは〜、なかなかこじらせてますねぇ〜」


 顔を赤くしながら言うセアラに、メリッサとナディアが辛辣な言葉を向ける。


「ん〜……アルさん、普通に妬くと思いますけどねぇ……」


「その……自分でも幼稚だって思うんですけど……アルさん、直接ちょっかい出してこない限りは、あんまりそういうの表に出す人じゃないから……」


 セアラが気恥しさを誤魔化すようにエールをあおると、静かに女性陣の話を聞いていた男性陣が話題に入ってくる。


「セアラさん、そんな心配はいらないと思いますよ?」


「えっと……?どういうことでしょうか?」


「一般的に男というのは、好きな女性の前では見栄を張りたがるものです。心配していない、怒っていないなどと言ったとしても、心の内までは分かりません」


「そうですよ、内心では全く逆のことを考えている。そんなことだって珍しくないですよ?」


「まあ、難しいのはそのバランスですけどね。たまにはそういった面を出さないと、今のセアラさんのように不安がられてしまいますから」


「そうそう、お前は逆に出しすぎてウザがられたんだよな?『束縛し過ぎてウザい』って言われたんだっけ?」


「お前……ようやく忘れかけてたのに、蒸し返すなよ……」


「はぁ、なるほど……そういうものなんですね……」


 セアラがそのやり取りに、興味深げに頷いていると、背後からよく知っている声が聞こえてくる。


「あ〜、ママだ〜!あれ?おばあちゃんもいるの?」


「セアラ、声がしたと思ったらやっぱりいたのか」


「うひゃぁぁぁっ!?」


「やっほ〜、アル君、シルちゃん。奇遇だね〜」


 アルとシルが座敷の入口からひょっこりと顔を出すと、セアラは慌てふためき、リタは余裕の笑みを見せる。


「あわわわわ……こ、こんばんわ。ええっと……これはですね……これは……その……」


「……?……はぁ……そういうことか……」


 身振り手振りだけが先行し、なかなか言葉が出てこないセアラ。アルがその顔ぶれの中に、バツが悪そうにしているメリッサを確認して嘆息する。


「ちょ、ちょっと、アルさん?今、またお前の差し金かって思いましたよね?」


「は?だってそうだろ?お前さ……ほんっとにろくなことをしないよな。それにしても……今日はさすがにレイチェルは一緒じゃないんだな?」


「ひ、酷すぎませんか?それに今回は……」


 メリッサがリタをチラ見すると、にっこりと笑って『バラしたら今後の合コン参加は無し』と目で伝えてくる。


「今回は?」


「大変申し訳ありませんでした」


 メリッサは【アルからの評価の下落】と【出会いの場の喪失】を天秤にかけると、間髪入れずに頭を下げる。既に適齢期の中盤から後半にさしかかろうとしているメリッサにとって、既婚者のアルからの評価など羽よりも軽い。


「今、何かとんでもなく失礼なこと考えたよな?」


「な、何のことでしょうか……?」


 その洞察力に驚愕しながら、サっと目を逸らすメリッサ。アルは追求するのもバカバカしいと、再び嘆息してセアラに向き直る。


「セアラ、あまり遅くならないようにな」


「え?わ、私もそちらに行きますよ?」


「いや、今日は友人同士でゆっくりしたらいい」


「でも……」


「それに今はシルとデート中だからな。他の女性に目を向けるなんてマナー違反だろ?」


 アルはシルと目を合わせると、頭を撫でながら微笑む。


「わぁ〜い!!パパ大好き〜!!!」


「うぅ、そんなぁ……」


 アルにフラれてガックリと肩を落とすセアラ。


「じゃあ皆さん『くれぐれも』よろしくお願いします」


 アルは頭を下げると、シルの手を取り席に戻っていく。


「……ぷはぁ……さすがにとんでもない迫力ですねぇ……お二人には何かサービスでもしなくてはなりませんね……」


 思わず呼吸を忘れていたオットが額の汗を拭うと、他の男性陣も激しく頭を上下に振る。


「え〜、そんなに迫力ありました?」


「う〜ん?いつも通りだよねぇ〜?」


 アンとナディアが小首を傾げると、オットが『とんでもない』と首を振る。


「もう視線だけで殺されるかと思いましたよ……」


 その言葉は決して大袈裟でも気の所為でも無かったようで、五人が五人とも同じ感想を抱いていた。


「ふふ、それにしてもアル君もまだまだ子供よねぇ〜」


「何を呑気に笑ってるのよ!!全部お母さんのせいだよっ!?」


「いいじゃないの、セアラだってアル君のあんな反応が見れて満足でしょ?」


「あんな反応……ってどういうこと?」


「分からないの?最後のアレ、半分は本音で半分はセアラへの当てつけよ。まあ相手が娘のシルちゃんってところがアル君らしいわねぇ」


「……そっか……アルさんが……へぇ〜、そうなんだ……ふへ……えへへへへへ」


 セアラがにへらにへらと笑い出し、緩んだまま戻らない頬に両手を当てる。それを見たアンとナディアは呆れたような声を出す。


「セアラさん、フラれたことより嬉しいっておかしくないかな……?」


「う〜ん、こじらせてるねぇ〜」


 一方で、男性陣の衝撃も大きかった。この合コンの最中、終始笑顔を振りまいていたセアラ。それがアルのこととなると、途端に感情豊かに、目まぐるしく表情を変えていく。そのあまりにも異なる姿に、結局セアラが一番輝いて見えるのは、アルといる時なのだと誰もが思い知らされる。


「皆さんの気持ちがよく分かりましたよ」


「分かったって、何が分かったんですかぁ〜?」


 男性陣が自己完結して頷いていると、ナディアが不思議そうに尋ねる。


「それはもちろん、セアラさんのファンクラブのメンバーが、アルさんの悪口を言わない理由……」


「ちょおぉぉっ!?それはっ……!!!」


 アルが去ってほっとしていたところへの不意打ちに、思わず声を張り上げるという悪手を打ってしまうメリッサ。


「……私のファンクラブ……って言いました?その反応、メリッサも関わっているのよね?詳しく教えてもらおうかしら?」


「あ、あわわわ……」




※あとがき


女性陣の合コン参加の目的など


リタ……ほぼ交流メイン、交際相手はいい人がいれば(ほとんど期待していない)

アン……タダ飯と交流半々、交際相手はいい人がいれば(リタよりは期待している)

ナディア……今回はタダ飯目的、強い人がいればそっちメイン

メリッサ……交際相手探しに全振り(料理を取り分けたり、率先して注文したりするけれど、今のところただの幹事としか見られていない)


ちなみにファンクラブの存在はバレたものの、そこで荒稼ぎしていたことは秘密のままです。そこは死守しました

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