第129話 俺のせいじゃないよな?

「あ、見えてきましたよ!」


 カミラがタタっと前に走り出すと、ファーガソン邸を指さしながら振り返る。門兵こそいるものの、侵入者を拒むために固く閉ざされているはずの門は全開になっていた。


「不用心だな、と言いたいところだが……」


「それだけ住人の方々と信頼関係を築かれているんでしょうね」


「それは否定しませんが、さすがにいつもこうではないですよ?あくまでお祭りの準備期間中だけです。お屋敷の一階にお祭りの実行委員会を設置してますから、自由に出入り出来る方が効率がいいんですよ。なにせ時間がありませんしね」


「いや、それでも十分に凄いことだと思う」


 驚きを隠せないアルとセアラに対して、カミラが注釈をつけ、門兵に頭を下げる。既に顔見知りとなっているようで、アルたちもサラッと紹介してもらうことで中に入れてもらうことが出来た。

 屋敷の中へと入ると、アルとセアラはその変わりようにまたしても驚く。屋敷の顔とも言える広大なエントランスは、美術品などの類がキレイに撤去されており、まるで役場のような雰囲気になっていた。

 カミラは迷うことなく、出店を統括している窓口に歩を進めると、受付を担当している使用人の女性に声を掛ける。


「あの!お忙しいところすみません。『青の宿木亭』のカミラです。本日は昨日のご返答をしたく参りました。お手隙でしたら、領主様にお目通りをお願いしたいのですが」


「わざわざ御足労いただきありがとうございます。それではこちらへどうぞ」


 女性を先頭に五人が通されたのは、エントランスから左の廊下に入ったところにある部屋。ドアを三度ノックすると、女性が中にいるブレットに入室の許可を希う。


「ご主人様、『青の宿木亭』のカミラ様とお連れ様がいらしております」


「ああ、ご苦労。入ってもらってくれ」


 ドア越しに返答を得ると、女性が優雅な所作でドアを開けて五人を部屋へと迎え入れる。


「お、お忙しい中、ご対応頂きましてありがとうございます!!」


 ガチガチに緊張し、震える声色でカミラが声をかけると、ブレットが手を止めて顔を上げる。


「ああ、いらっしゃ……い?アル君、セアラさん!それに……まお……ごほん、あぁご苦労さま、下がってくれていいよ」


 ブレットはすんでのところで踏みとどまると、使用人の女性を下がらせる。


「ソルエール以来になるな、ファーガソン辺境伯。お主も知っておろうが、これが……」


「教会には来てもらってると思うけど、取り敢えず初めましてでいいわよね?『愛と豊穣の女神』アフロディーテよ。急な訪問で悪いんだけど、今日はどうしても問い質したいことがあってね」


「……なんと……女神様が……」


「あの、ブレットさん?」


 放心状態で不機嫌そうなアフロディーテを見つめるブレットに、アルが心配そうに声を掛ける。


「あ、ああ。よ、ようこそおいで下さいました。さ、どうぞお座り下さい」


 ローテーブルを挟んで向かい合うように設置された、三人掛けのソファに夫婦それぞれが座る。


「……みさま?」


「あ……カミラさん……その、大丈夫……」


 蚊帳の外で放心状態になっていたカミラが、急に再起動しセアラに掴みかかる。


「い、今、女神様って言われましたか!?」


「い、言いましたね……」


「ああ、どうして気づかなかったんでしょうか……こうして見れば、どこをどう見ても女神様じゃないですか!!あれ……と言うことは……と言うことはですよ!?アルさんは女神様のご子息なんですか?」


「まあそういうことになるな……」


 面倒くさそうにアルが認めると、カミラの顔から血の気が引いていく。


「あわわわわ……失礼なことを言って、大変申し訳ありませんでしたっ!!!」


 九十度どころか、百八十度に迫る勢いでカミラが頭を下げる。


「あのな……女神なのは母さんであって、別に俺は何でもないんだぞ?」


「あれだけの事をしておいて、何でもないということは無いだろう?」


「母さん?いま母さんって言ったわよね?意外と悪くなかったけれど、やっぱりママって呼んで欲しいわ?」


 茶々を入れてくる両親に、アルは反抗期さながらの鋭い視線をぶつける。


「ちょっとややこしくなるから黙っててくれよ……」


「い、いくら、そう仰られてもですね、この町の住人にとって女神様は正しく偶像崇拝対象アイドルなんですよ?そのご子息様に気軽な振る舞いなど出来ませんよ!」


「とにかくだ、この事は絶対に他に漏らすなよ?カミラもいつも通りにしてくれ、そうじゃなければこの先の付き合い方を考えないといけなくなる。そんなふうに不自然にへりくだられると、他の者に要らん疑念を抱かせることになる」


「うぅ……ですが、それは……」


「カミラさん、私からもお願いします。せっかくお友達になれたのに、そんなふうに距離を取られては寂しいですよ」


「…………はい……正直まだ飲み込めておりませんが、お二人がそこまで仰られ……言うのであれば、そうしますね」


「ああ、ありがとう」


「ありがとうございます、カミラさん!」


 二人の感謝の言葉に、カミラは力なく笑うが、そこから更に踏み込んでしまう。


「それにしても……アルさんのお母様が女神様となると、お父様もやはり普通の方では無いのでは……?」


「ふむ、なかなかの慧眼を持っているようだな。我は魔王だ」


「……ええっと……まおう……マオウ……?ああ、魔王!ははぁ……からかおうと思っても、そうはいきませんからね?」


「あの……カミラさん?現実から目を背けたくなる気持ちは分かりますが、お義父様は正真正銘、魔界を統べる、魔王アスモデウス様ですよ」


「……はは、そっかぁ……そうだったんですかぁ…………うわぁぁぁ!!アルさん酷いですよぉぉぉぉ!!女神様とか魔王陛下とか!!知らなくていいって言うくらいなら、ちゃんと最後まで秘密にしてくださいよ!!ただの宿屋の娘に、なんて秘密を背負わせてるんですかぁぁぁぁぁぁ!?」


 膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らすカミラの背中を、心配そうにセアラがさする。


「ふむ、アルよ、素直に謝った方が良いのではないか?」


「そうよ、女の子を泣かせて平気な顔をしてるだなんて、そんな子に育てたつもりはないわ!」


「……そもそも育てられてないんだが……?」


「まぁ酷い!?親に向かってなんて言い草なのかしら!?」


 アルは芝居じみたアフロディーテの振る舞いに嘆息すると、セアラに視線を移す。


「…………セアラ、俺のせいじゃないよな?」


「へあ?え、ええっと……その……あぁ!カミラさん、大丈夫ですか!?え?気持ち悪いんですか?すみません!ちょっと席を外しますね!!!」


 どちらかに味方をする訳にも行かず、カミラをダシにしてその場を離脱するセアラ。


「今後を見据えた上での撤退という訳ね、賢明な判断だわ」


「うむ、さすが我が家の嫁だな」


 改めてセアラを評価する両親に、アルは複雑な感情を抱えながら、ソファの背もたれに全体重を預けるのだった。

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