第128話 領主に会いに行こう

「ところで……ブレットさんのところに行くって言っても、いきなり教会に祀られてる女神像が動き出したら、とんでもない騒ぎになると思うんだけど?」


「大丈夫よ!って言いたいところだけど、ちょっと力を貸してくれる?」


 アルの懸念にも、秘策アリといった様相で自信を見せるアフロディーテ。右手を正面にかざすと、本人と瓜二つの人形が突如として現れる。


「これは私が作った魔導人形マギドールなの。二人にはこれに魔力を注いで欲しいんだよね。あ、属性は光属性でお願いね?」


魔導人形マギドール……?こんな技術があるのか……」


「神界と魔界ではポピュラーな技術よ?地上だとその性能が発揮しにくいんだけど、ゴーレムとは一線を画すわね」


「うむ、魔導人形マギドールは空気中の魔素と呼ばれるものを体内に取り込み、魔力に変換することで動くことが出来るのだ。生憎、地上は魔素が極端に薄いからな、満足に動かすほどの魔力を得ることが出来ぬのだ」


 説明を聞いたセアラが、胸の前でパンっと手を叩く。


「だから私たちが魔力を直接送り込んで、動力にするということですね?」


「うむ、そういうことだな」


「ふぅん……それは分かったけれど、これがあると出歩けるのか?」


魔導人形マギドールのいい所はね、作った本人が遠隔で操作出来るところなのよ。つまりここにいながら出歩けるってことね。まあ、さすがにわざわざお祈りに来てる子たちを、ほったらかすのは気が引けるからね」


「で、でもお話を聞いていると、すごくお忙しそうですけど、大丈夫なんですか?


「大丈夫よ!私、マルチタスク出来る系女子だから!」


「はわぁ〜、お義母様は凄いんですねぇ。私なんていつもひとつの事で目一杯ですよ」


 尊敬の眼差しを向けるセアラを横目に、アルとアスモデウスは、喉元まで出かかった『女子という年齢ではないだろう』という言葉を飲み込む。


「セアラちゃんは素直で可愛いわねぇ……それに引替え、そこの二人は全く……じゃあ早速お願い出来るかしら?手を握って魔力を注げば、核になってる魔石に魔力を蓄えられるから」


 言われるがままにアルとセアラはアフロディーテの魔導人形マギドールの手を握る。


「「っ!?」」


 魔力を送り込むと、瞬時に体内の魔力のおよそ半分ほどを持っていかれ、思わずその場に膝をつく。


「アディ……」


「ありゃりゃ、久しぶりに作ったから容量の加減間違えちゃったかな?」


 アスモデウスが呆れ顔で呟くと、可愛らしく、てへぺろっとして見せるアフロディーテ。


「あのね、言い忘れてたんだけど、魔導人形マギドールに、直接魔力を注入するのって結構危険なのよ。供給側の魔力量が少ないと、一瞬にして昏倒しちゃうから」


「……それは言い忘れたらダメな事だと思うんだけど?」


「あはは、死ぬことは無いから大丈夫!セアラちゃんもごめんね?」


「は、はい……ちょっとビックリしましたけど、大丈夫です」


「よぉ〜し!じゃあ早速動かしてみよっと!」


 アフロディーテが目を瞑り、意識の一部を魔導人形マギドールに移譲すると、まるで本当に生きているかのように、滑らかに動き喋り出す。


「うんうん、いい感じね。ちょっと走ってみようかなぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」


 魔導人形マギドールが、アルとセアラが入ってきた扉に向かって走り出すと、目にも止まらぬスピードで疾走して衝突する。


「おおお……これは想像以上ね……やっぱり完全に容量ミスってるわ。相当出力絞らないとダメね……」


 生身であれば、骨の一本や二本折れるほどの勢いであったが、痛覚は遮断されているので、何の問題も無く立ち上がる。その後は暴走しないよう、一歩一歩確かめるように、アルたちの元へと戻ってくる。


「よし、大丈夫そうね。じゃあ悪の巣窟へ行くわよ!」


 不穏な言葉を口にするアフロディーテに、アルが疑問を投げかける。


「……そもそも、それで祭りを巡ればいいんじゃないのか?」


「は!?ダメに決まってるでしょ?こんな魔導人形マギドールじゃ、シルちゃんの温もりが感じられないじゃない。あくまで遠隔で操作してるだけなんだから。アルだってセアラちゃんに直接触れたいでしょ?それと同じことよ」


「ああ、なるほど……そう言われると確かに……うん、それはダメだ」


 アルはその言葉を噛み締めるように、セアラの右頬にそっと触れる。


「はい、私も生身のアルさんに触れて欲しいです」


 セアラはアルに触れられた頬をふにゃっと緩ませて、自身の手を重ねる。


「ほらほら、早く行くわよ?イチャつくのは二人だけの時にしなさいな」


「ソルエールでの事といい、お前たちはもうちょっと人目を気にしたらどうなのだ?」


 両親から呈された苦言は、ぐぅのねも出ない程の正論ではある。しかし、先程の体たらくを見せられては、素直に聞き従う気になどなれないところ。アルが解せないといった顔をしていると、それを察したセアラが、にこやかに対応する。


「はい、気をつけます。それでは是非お二人を見習わせていただきますね」


 セアラの言葉に二人は満足そうに頷くと、草原にぽつんと佇む扉を開いて、教会の外へと出る。


「あ!アルさ〜ん、セアラさ〜ん!」


 タイミングよく教会に向かって駆けて来たカミラが、アルとセアラの姿を見つけて大きく手を振りながら声を掛けてくる。


「あ、カミラさん、ちょうど良かったです」


「みたいですね!ところでこちらのお二人は……?」


「あら、アルとセアラちゃんのお友達?私はアディで、こっちがレウス。アルの両親なの。よろしくね?」


 アフロディーテが艶のある笑みを浮かべて自己紹介をする。ちなみにレウスはアスモデウスがかつて名乗っていた偽名。


「ああ!アルさんの!お父様はアルさんによく似ていらっしゃいますね。お母様は……あれ?どこかでお会いしたでしょうか……?見覚えがあるような……う〜ん、こんな美人さん忘れないと思うんだけど、思い出せない……」


「……そのままの姿で大丈夫なのか?」


 頭を左右に揺らしながら、産みの苦しみを味わっているカミラを横目に、アルが小声でアフロディーテに尋ねる。


「大丈夫よ。魔法で認識阻害をかけてるから、私をじっくりと見ても、本人の中の女神の姿とは似て非なるものに見えるの。正体を明かせば別だけどね」


「へぇ、便利な魔法があるもんだ」


「魔法に関しては神族と魔族は一日の長があるからね。アルもこれから色々と学んだらいいわ」


 どう足掻いても回答が得られない疑問と向き合うカミラに、二人の会話を聞いていたセアラが、慌てて助け舟を出す。


「あの!カミラさん、実はアルさんのご両親も領主様と面識があって、一緒に行くことになったんです」


「え?あ、ああ、そうなんですね。じゃあ早速行きましょうか」


 カミラ、アル、セアラが先を行き、アフロディーテとアスモデウスは腕を組んで後ろをついていく。


「……あの二人、どの口で苦言を呈していたんだろうな……」


「ふふ、じゃあ私達も見習わないといけませんよね?」


 セアラがアルの左腕に飛びつき、体重を預けると、いつものニコニコ顔になる。手を繋ぐのか、腕を組むのか、どちらにするのかは気分によるが、ここはアルの両親に倣っておく。


「お二人は相変わらず仲がいいですねぇ。うちは全然一緒に出かけたりとか無いですから……」


 一人寂しく歩く羽目になったカミラが、両手を後ろ手に組んで『はぁ』とため息をつく。


「宿屋となると、毎日お忙しいですものね」


「でもでも!たまにはこういう合間の時間に、一緒に出かけてくれてもいいと思いませんか?言葉にこそしていませんでしたが、結婚前はあんなに好き好きオーラを出しておいて、まさか釣った魚に餌をやらないタイプだとは……」


「それは確かに寂しいですよねぇ……」


 親身になっているていを装いながらも、あまり肩入れし過ぎないように、当たり障りのない返答をするセアラ。


「そんなことより……」


「そんなこと!?今、そんなことって言いました?」


 そんな気遣いをアルがぶった斬ると、カミラが一歩前に出て振り返り、猛然と詰め寄る。


「カ、カミラさん、落ち着いてください。アルさんも、今のはダメですよ?怒られて当然です」


「そ、そうか。すまない……」


「むむ、不満はありますが……まぁセアラさんに免じて許してあげます!それで、どうされたんですか?」


 怒りを引っ込めたカミラが、再びセアラの横に戻り、三人横並びになる。


「ああ、わざわざ領主が面会してくれるものなのかと思ってな」


「お忙しい方ですので、あくまでも時間が合えばですけどね。それでも今回のお祭りは、急に降って湧いたようなものですからね。住民に協力をお願いするという意味を込めて、なるべくご自身で会われるようにしておられるみたいですよ」


「相変わらず律儀な方ですね」


「そうだな、それだけにちゃんとした理由があるだろうから……会えるといいんだけどな」


「会えるといいじゃないわよ!誰と会っていようが、引きずり出すからね!!」


 久しぶりの屋外デートに浮かれていたアフロディーテが、突如として会話に乱入すると、アルの右肩に掛けた手に力を込める。


「ちょっ、痛たたっ!力強いって!!」


「ああ、ごめんごめん、ちょっと高ぶってミスっちゃった」


「はぁ、頼むから手荒な真似は止めてくれよ?本当に今まで世話になってきた人なんだからさ」


「うむ、あれはなかなか見所のある男だ。話くらいは聞いても良かろう」


「ふぅ〜ん、アナタがそう言うくらいなら……まあ……聞いてやってもいいわね」


 まるで隠そうともしない上から目線の二人に、当然ながらカミラは首を傾げる。


「……あの、アルさん?もしかしてアルさんって……いいとこの子、なんですか?」


「いいとこの子って……そんな風に見えるか?」


「いえ、全然見えないですね。いつも同じ服ですし」


 何の配慮もせずに感想を口にするカミラに、アルは深いため息を漏らす。


「お前も大概失礼だよな……これは魔法で綺麗にしてるからいいんだよ。まぁ……知らない方がいいこともある」


「そうですね……」


「ええ?な、何ですかそれ?滅茶苦茶気になるんですけど……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る