第127話 所変われば品変わる

「ほらほら、二人とも座って?今日はあの人が魔界から持ってきてくれた、取っておきの紅茶だからね」


 魔法によって最適な状態に保たれた紅茶がカップに注がれていくと、芳醇な香りが立ち上り、アルとセアラの鼻腔をくすぐる。


「……あの……いい香りです、ね……」


「わ、私手伝います!」


「いいのいいの、座っててちょうだい、今日は私にもてなしさせて?」


「あ、す、すみません。ではお言葉に甘えて」


 緊張気味な息子夫婦を座らせ、甲斐甲斐しく世話を焼くその様は、誰が見ても彼女が女神だとは思えないもの。


「あの……ソルエールの時と印象が違い過ぎるんですが……?」


「あのねぇ、さっきも言ったでしょ?親子なんだからそんな言葉遣いは止めてちょうだい。そりゃあ、あの時は人の目があったもの。女神様のイメージを壊しちゃダメでしょ?って言うかこのテンションで体を貸して〜なんて話し掛けられたら、セアラちゃんも困ってガン無視でしょ?」


「さすがに無視はしませんが……躊躇しますね……」


「じゃ、じゃあこちらのほう……こっちのほうが素ってことなのか?」


 ぎこちない言葉遣いでアルが尋ねると、アフロディーテは腕を組んで、自信満々に頷く。


「あったり前じゃないの!それに今は家族水入らずなんだから、気楽にしていたいでしょ?ね、セアラちゃん?」


「はい!ありがとうございます」


「うふふ、まぁこの人はいつも堅いけどね〜」


 セアラの嬉しそうな顔に釣られるように、アフロディーテが笑いながら、隣に座るアスモデウスの肩をバシバシと叩く。


「仕方あるまい。これで何百年と通しておるのだ、今更変えられぬよ」


「もっとこう、親しみやすい魔王路線で行ったらいいのに。セアラちゃんもそう思わない?」


「え?ええっと……お義父様は魔王様ですので、威厳があったほうが、何かと都合がよろしいかと……」


 困惑しながらも意見を述べるセアラに、アフロディーテはニンマリと笑顔を浮かべる。


「さすがセアラちゃんねぇ。私を前にしても、ちゃんと意見を言える。いい嫁を捕まえてきたものね」


「あ、いえ、私がアルさんを捕まえ……」


「あ、あのな、セアラ。それは今はどっちでもいいんじゃないのか?」


 わざわざ訂正するセアラに、アルは嫌な予感を抱き、すかさずツッコミを入れる。


「あらあらぁ〜そうなのぉ?……となると……ねぇねぇ、セアラちゃんはこの子のどこが決め手で結婚したの?顔?性格?甲斐性?それともカラダのあ……」


「ちょっと待った!何を聞こうとしているんだよ?」


「何って……大事なことでしょ?孫が出来るかどうかの一大事よ!?」


「どこが……そうですね……好きなところが有りすぎて、キリがないですね。ただ同棲はしておりましたが、婚前にそういった……」


「セアラ、今朝のことなら謝るから、止めてくれないか……」


 義両親との面会に緊張しているのか、朝の仕返しなのかは不明だが、全ての質問に律儀に答えようとするセアラと、赤面しながら静止するアル。


「ふんふん、愛されてるわねぇ。それでそれで?孫の顔はいつ見られちゃったりするのかしら?」


「えっと、それはですね……」


「もう答えなくていいって!お前はなんで優雅に紅茶飲んでるんだよ!?止めろって!」


 一人から回るアルに、アスモデウスは怪訝な目を向ける。


「父親に向かってお前とはなんだ。それに多少行き過ぎているかもしれぬが、何もおかしなことは聞いていなかろう?」


「……そういえば、確かにリタさんも割とその辺り明け透けに……それにユージーンだって、何も気にする素振りも無かったし……」


「そういうものだ。お前が育った世界は平和で寿命も長かったのであろう?ならば価値観が違っても仕方あるまい。こちらでは死が身近にある分、多くの子を残し、血を繋いでいくという意識が強いのだ。ただしそれで命の重さが変わるわけではないからな?それは努努ゆめゆめ忘れぬ事だ」


「……ああ、分かったよ」


「あ、そういえばさ、今日って何の用だったの?」


 アルたちが話をしている間も事情聴取は行われ、あらかた聞きたいことを聞き終えたアフロディーテが、二人に向かって問いかける。


「はい、助けていただいたお礼と、アルさんの誕生日を教えていただきたくて参りました。先日は本当にありがとうございました」


「ありがとうございました」


 セアラに倣ってアルも頭を下げると、アフロディーテは照れくさそうに、両の手のひらを振る。


「いいのよ、息子夫婦を助けるのなんて当たり前の話でしょ?それよりも、二人ともよく頑張ったわねぇ。賢者の石持ちを倒せるようなのって、神界と魔界を見渡しても、そうはいないと思うわよ。アナタだって難しいことだって言ってたものね?」


「うむ、褒めてやらんことも無い」


 両親の激賞にも、アルはかぶりを振って謙遜する。


「いや、英雄だなんて言われているけれど、あれはシルがいたからだよ」


「そうね……あぁ!そうよ、私もシルちゃんに会いたかったのに!なんで今日は一緒じゃないのよぉ」


 アフロディーテが、だらんとテーブルに上半身を投げ出して、不満気に頬を膨らませる。


「すみません、結婚式の日には連れてきますので」


「うん、楽しみにしておくわ。シルちゃんも正真正銘、私たちの孫だものね〜。あ、そうだ!今度会ったらお小遣いあげないと。金貨千枚くらいあれば足りるかしら?」


「さ、さすがにそれはちょっと多いかなと……」


「え?そんなことないでしょ」


 セアラが顔を引き攣らせてやんわりと否定するが、アフロディーテにはまるで響かない。


「時にアディよ、その金はどこから出すつもりなのだ?」


「え?もちろん私への寄付よ。教会もだいぶ潤っているみたいだし」


「それはさすがにマズいのではないか?」


 『当たり前でしょ』と言わんばかりに、あっけらかんと宣うアフロディーテに、アスモデウスが待ったをかける。


「え〜?私だって、ちゃんと皆に加護を授けてるのよ?仕事して稼いだお金と一緒じゃない」


「例えそうであったとしても、寄付を私欲に使うのは、望ましいとは思えんぞ?教会が潤っているのであれば、もっと地域に還元したりするべきでは無いか?何よりもシルの教育に良くないであろう?」


 とても魔王のものとは思えない正論に、アフロディーテはイタズラを咎められた子供のように、わざとらしくむくれて見せる。


「じゃあアナタのお小遣いから……」


「ふむ、仕方あるまい。金貨千枚か……まあ大したことは無いな」


 金貨千枚がデフォルトで着々と話が進んでいく状況に、セアラは若干の恐怖すら覚える。


「い、いえ、シルはあれで自分で働いて稼いでますから、別にお小遣いなんて……」


「それはダメよ」「それはダメだ」


「え、ええ……?アルさんどうしましょう……?」


 呆れたような表情で成り行きを見守っていたアルに、セアラはたまらず助けを求める。


「どうって……孫が出来たら大金をあげるみたいな風習はないのか?」


「そんな風習ありませんからねっっ!?」


「そ、そうか……てっきりこっちの世界は、そういうものなのかと思ってたよ」


「もう!私のお母さんだって、あげてないじゃないですか……」


「ああ、確かにそうか……うぅん、そうだな……なら、俺たちの結婚式の当日、ディオネでは大きな祭りがあるらしいんだ。忙しくてあまり回れないかもしれないから、シルと回ってやって欲しい。それで色々買ってやってくれればいいよ」


 アルの提案は、可愛い孫に飢えたアフロディーテには、どストライクだったようで、瞬時にキラキラと輝く笑みを浮かべる。


「いい!!それ採用!!アナタ、一緒に回るわよ!」


「ふむ、しかしその件は我の所にも話が来ておるが、『女神降臨祭』のことであろう?主役が歩き回る訳にはいかぬのではないか?」


「ぬわんですってぇぇ!?そんなの私、聞いてないわよぉ!?」


 今度は瞬時にその表情が激しい怒りに染る。その迫力は、アスモデウスをして思わずたじろぐ程のもの。


「お、大方、伝える手段が分からなかったのでは無いか?」


「むぅぅぅ……よくも勝手なことをしてくれちゃってぇ!!アナタ!アルとセアラちゃんも!領主のとこに乗り込むわよ!!私とシルちゃんとのランデブーを邪魔させてなるものかぁ!!」


「……セアラ、悪いんだけど」


「はい……ブレットさんには一緒に謝りましょう……」


 余計なことを言ってしまったと思いつつも、鬼の形相の女神を止められるはずもなく、二人は大きなため息をつくのであった。



※補足


続編でもそうであるように、シルは聖女であるから人を惹きつけるのか、そうであるから聖女なのかは(まだ)謎ですが、とにかく男女問わずモテます。女神、魔王とて例外ではありません。

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