第126話 人の振り見て……

「あれぇ……?おかしい……いつの間にこんなことに……」


 朝の陽光をまぶたに受けると、一糸まとわぬ姿で目を覚ましたセアラが体を起こす。そして隣でやはり裸で寝ているアルを見て呟く。

 中空に視線をさまよわせながら、セアラが昨日の出来事を脳内で再生する。なかなか口を割らないアルに対して、ふざけてまとわりついていたら、そのままという流れだった。


「ま、まぁいいです、アルさんとベタベタしてたら、そういう気分になっても仕方ないですからね。だってまだまだ新婚なんですから。これは決して私の意志が弱いわけじゃないんですよ、うん」


 セアラは自分に言い聞かせて頷くと、なおも続ける。


「それに何もアルさんに聞く必要ないじゃないですか。本人に聞けばいいことですからね。二人ともお酒を飲めば饒舌ですから、簡単に喋るでしょうし……ほら、何の問題もないわけですよ」


 セアラが女子会という名の事情聴取を画策していると、アルに手を引かれ、唇をふさがれる。


「わわっ……んっ」


「……おはよう、セアラ。独り言は終わった?」


「お、おはようございます……起きたなら言ってくださいよ……」


「ごめん、横顔がキレイで見惚れてた」


「はうぅ……」


 アルのあまりにもストレートな物言いに、セアラは布団に潜り、目から上だけを出す。


「……アルさん……不意打ちでそういうこと言ったらダメですよ……?そんなキャラじゃないんですから」


「これからは、なるべく思ったことを口にしようかと思って」


 セアラを抱き寄せながら、アルが頬を緩ませる。


「うぅ、慣れるまで心臓に悪いですよ」


「慣れなくていいよ」


「もぅ……楽しんでないですか?」


「ああ、そうかもね」


 頬を膨らませて抗議の意を示すセアラを、アルは笑って躱す。せっかくの二人だけの時間、ベッドから出るのが勿体なく思う二人が、そのまま無為に時間を過ごしていると、ドアがノックされる。


「アルさ〜ん、セアラさ〜ん、そろそろ朝食済ませてもらっていいですか〜?」


 ドアを開けることなくカミラが声を掛けてくる。それは宿屋の娘として、なかなか起きてこない新婚夫婦への欠かせない配慮。


「ああ、済まない。すぐに行くよ」


 軽くキスを交し、後ろ髪を引かれる思いで、ベッドからモゾモゾと起き出す二人。階下に降りると、既に食堂にはまばらに人がいるだけだった。

 着席すると、すぐに朝食をカミラが運んでくる。早朝に仕入れたばかりの、柔らかい焼きたてパン。腸詰め肉とオムレツのプレート、野菜たっぷりのコンソメスープという、シンプルながらも料理人の腕がよく分かるメニュー。宿泊客にも好評のようで、きれいに空になった皿を従業員が厨房へと運んでいく。


「私もご一緒していいですか?」


「はい、もちろんですよ。どうぞ」


 セアラから許可を得て、嬉しげに着席するカミラ。アルも朝にたっぷりとセアラ成分を補充したので、特に文句を言うことはない。


「ところでアルさんとセアラさんは、今日はどうされるんですか?」


「この後、教会に行って、その後は領主様のお屋敷に行こうかと」


「あれ?お二人は領主様と面識があるんですか?」


「ああ、去年カペラに帰る時に、護衛をさせてもらったんだ。だけど今日はアポ無しだから、行くだけ行って、ダメだったらそのまま帰るつもりだよ」


「あ〜、そうだったんですね!確かにアルさんなら護衛としてピッタリですもんね。でも、そうですか……それなら私と一緒に領主様のところに行きませんか?昨日打診された件の返事をしようと思ってるんです」


「それは願っても無いお話ですけれど、もう結論は出たんですか?」


「はい、ジェフは出店をやってみたいという事だったので、宿泊客の方はその出店で食事を取って頂くことにします。なので、店の場所はなるべく宿に近いところでお願いしようと」


 満面の笑みで答えるカミラ。あれから行われた話し合いが、この宿の未来にとって望ましいものであったことが容易に窺える。


「そうか、ちゃんとジェフの意見が通ったんだな」


「ええ、でもお父さんも今回の件は反対じゃなかったですからね。これが食い違った時にどうなるかですよ」


「それでも良いじゃないですか、大きな一歩ですよ!」


「はい!お二人のおかげです、ありがとうございます!」


 朝食を終えた二人は、宿をチェックアウトして教会へと向かう。カミラは宿の仕事を片付けてから、教会で落ち合う予定となった。


「相変わらず立派な教会ですねぇ。以前よりも活気がありますかね?」


「ああ、ソルエールでの出来事が世界中で話題になってるみたいだし、その上『愛と豊穣の女神』だからな。ご利益を求めて来る人も多いんだと思う」


「アルさん、心の準備は大丈夫ですか?」


「ああ、一日あったから、流石にもう大丈夫だよ。セアラは大丈夫なのか?」


「ええっと、実は緊張してます。でも良い方だというのは、十分に分かっていますからね。大丈夫ですよ」


「そうか、じゃあ行こう」


 二人が手を繋ぎ教会の中へと入ると、そこはいつもの光景ではなく、涼やかな風が吹く、緑豊かな草原。


「いらっしゃい、よく来たわね……って言いたいところだけど、昨日から今か今かと待ってたのよ?まさかそのまま帰るんじゃないかと、お母さん心配したじゃないの?」


「うむ、おかげで昨日の夜から、我もここで足止めをくらっておる」


 訳が分からずに混乱しているアルたちの眼前には、優雅にティータイムを楽しむ、白髪に金色の目を持つ美女と魔王アスモデウス。その美女の顔立ちと体つきは、教会に祀られている女神アフロディーテ像の造形そのものだった。


「お、遅くなって、すみません。えっと、女神様でいいんですかね?……それで……ここは?」


「ここは私の神域ね。まあ神族が魔法で作った空間と思ってもらったらいいわ。最近お祈りに来る人が増えたでしょ?そうしたら、だいぶ力が戻ってきて、こうしてあなた達を神域に招待出来るまでになったの。それより!!」


 勢いよくアフロディーテが立ち上がると、二人につかつかと近付く。


「は、はい、何でしょうか?」


「女神様なんて他人行儀は止めてちょうだい。昔みたいにママと呼んでくれてもいいのよ?」


 アフロディーテがアルの右腕に抱きついて、囁くように言う。


「…………いや、そのころまだ喋ってませんよね?」


 勢いで信じそうになるが、よく考えれば当然のこと。アルが冷静に返すと、アフロディーテは不満げに口を尖らせる。


「む、まさかバレてしまうなんて……いいじゃないのよ!私は子供にママと呼んで欲しかったのよ」


「そ、そうですか……」


「て言うことで、呼んで?」


「え?」


「恥ずかしがらずに!はい、ど〜ぞ!」


「いや、無理ですけど」


「もう、セアラちゃん!何とか言ってやって!?うちの子が絶賛反抗期よ?まだ思春期真っ只中なのかしら?」


「え?あ、あの……」


 謎のハイテンションに付いていけない二人が困惑していると、アスモデウスがアルからアフロディーテを引き剥がす。


「アディ、久しぶりの再会とはいえはしゃぎ過ぎだ。二人が困っておろう?」


「え〜?そりゃあアナタはいいわよね?私に抜け駆けして楽しくO・HA・NA・SHIしちゃってさ?」


「む、しかしだな、これでは話が進まんではないか。我も忙しいのだぞ?」


「はぁ〜?何よ!たかだか一日徹夜で話をしたくらいで、なんだって言うのよ?私と仕事、どっちが大事だっていうの!?」


 完全に面倒くさい女と化しているアフロディーテに、アスモデウスは深い溜息を一つついて、キリッとした顔でそれに付き合う。


「バカなことを言うんじゃない、お前の方が大事に決まっておろう」


「……ええ、知ってる……アナタ……愛してるわ!」


「ああ、我もだ」


 目の前で両親の三文芝居じみた仲睦まじい姿を見せられたアルは、その拷問のような気恥しさを紛らわせるようにセアラに問いかける。


「……なぁ、セアラ。シルから見たら、俺達もあんな感じなんだろうか……?」


「……それ、私も思いました……ちょっと気をつけた方がいいかもしれませんね……」

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