第123話 そんな話は聞いてない
アルとセアラに会えてご機嫌なカミラは、足取り軽く、時にはくるりとその場で回りながら町を進んでいく。
「まさかこうしてお二人に会えるだなんて、たまには外に出てみるものですねぇ」
「そういえばカミラさんは何をされていたんですか?要らぬお世話かもしれませんが、宿のお仕事でお忙しいでしょうに」
セアラが声を掛けると、二人の方を振り返りながらカミラが嬉々として語り出す。
「実は今度、この町で大きなお祭りがあるんですよ!なんでも世界中から人が来る程の規模になるらしくて、それでその説明が領主様のお屋敷であったんです。私、貴族様の御屋敷なんて初めて入ったんですが、とっても素敵でしたよ〜!!」
「へぇ、祭りか……いつあるんだ?」
「六月です!あと四ヶ月もないですからね、準備も急ピッチで、もうバッタバタですよ!」
六月開催と聞いて、不意に胸騒ぎを感じるアル。一方のセアラは『それは大変ですねぇ』とのほほんと笑っている。
「確かにそれは忙しそうだな……しかし、どうしてもっと早く準備を始めなかったんだ?」
「だって開催がアナウンスされたのは、一週間くらい前ですからね。仕方ありませんよ」
そこまで言うと、カミラは二人の間に割り込んで小声で続ける。
「お二人には本当のことを言っちゃいますね?これはまだ発表されていない、ここだけの話なんですけど……どうやら天啓があって、その日に女神アフロディーテ様が顕現されるらしいんですよ。だから領主様が日程を決めたわけじゃないんです。それに町の人たちの張り切りようったら無いんですよ!やっぱり女神様の存在というのは、ディオネに暮らすものにとっては特別ですからね。もちろん半信半疑の人もいないわけじゃないんですけど、あの領主様に限って嘘を言うはずないですから」
「……へ、へぇ〜、そうなんですかぁ〜、すごいですね〜」
ようやくセアラも事態が飲み込めた様で、棒読みのセリフを口に出しながらアルをちらりと見る。それに気づいたアルは『とりあえず黙っておこう』とでもいうように首を振る。
「……?どうしたんですか?お二人とも、様子が変ですよ?」
「い、いや、何でもないさ。それよりユージーンとジェフは元気にしているのか?」
お世辞にも上手いとは言えないアルの誘導ではあったが、カミラとしても二人の話はしておきたいところだったので、ごく自然に話題が移行する。
「ええ、もちろんですよ。お父さんは今日も相変わらず狩りに出ていますし、ジェフは今は夕食の仕込みの真っ最中です。二人ともアルさんとセアラさんを見たら喜ぶと思いますよ!お父さんなんかは『アルの奴は一体いつになったら、泊まりに来やがるんだ』が口癖ですから」
「はは、そうか。それはすまないことをしてしまったな」
無事に話題を逸らせてホッとするアルに、カミラは怪訝な目線を差し向ける。
「アルさん……なんだか柔らかくなりましたね?」
「……そうか?」
「ええ!前は優しいんですけど、ちょっと取っ付きにくい感じがありましたからね。きっとセアラさんの影響なんじゃないですか?」
「……どうだろうな。そうだったら嬉しいが」
「ふふ、アルさんは日に日に素敵になってますからね。私が保証しますよ」
アルの肩に寄りかかったセアラが破顔すると、カミラは『ごちそうさまです』と言わんばかりに歓声をあげる。
その後は主にセアラとカミラが、当たり障りのない範囲で近況報告をしていると、やがて宿へと到着する。
「ただいま〜」
カミラが元気よく帰宅の知らせをすると、厨房から痩せ型の男がぬっと姿を現す。
「ああ、お帰りなさい…………え?アルさんとセアラさん?」
恩人の姿を確認すると、人の良さそうなジェフの顔が、喜びよりも先ず、驚愕の色に染まる。
「久しぶりだな、元気そうでなによりだ」
「お久しぶりです。突然の訪問となってしまいまして、申し訳ありません。今日もジェフさんのお料理、楽しみにしておりますね?」
セアラが花のような笑顔を見せて、ジェフに深々と頭を下げる。
「あ……その……わ、私もお二人にまた会えて光栄です」
思わず頬を赤らめて照れ照れとするジェフに、アルとカミラが攻撃的な視線を向ける。
「……なぁカミラ、よその家庭にどうこういう趣味は無いんだが、ちょっと手綱が緩いんじゃないのか?」
「ええ、アルさん、奇遇ですね。私もちょうどそう思っていたところです。では、ちょっと失礼して」
「え?ちょ、カミラ?ちょっと待っ……あァァァー……」
カミラがジェフの耳を捻りあげて厨房へと引きずり込むと、断末魔が宿に響き渡る。
「……大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
カミラの剣幕にオロオロしたセアラに対する、あまりにも無機質なアルの返事。その『大丈夫』には何の根拠も無いのだが、有無を言わせぬ説得力が内包されていた。
「おお!!本当にアルじゃねえか、セアラさんも、よく来てくれたな!」
狩りの成果の兎と共に帰ったユージーンが、カミラの出迎えを受けてアルとセアラの姿を見つけると、そのままの服装でアルに抱きつきバシバシと背中を叩く。
「……熱烈な歓迎は有難いんだが、せめて服くらいは着替えてくれないか?」
獲物の血らしき汚れと、泥や砂に塗れた服で抱きつかれると、さすがのアルも顔を引き攣らせて小言を言わざるを得ない。
「ははっ!!すまねえな!そんだけ嬉しいってことで大目に見てくれや!」
言葉とは裏腹に悪びれることなく、屈託のない笑顔を見せるユージーンに、アルもまた自然な笑顔を引き出される。
「すまなかったな、なかなか顔を出す暇が無かったんだ」
「気にすることねえよ。それよりも、随分と丸くなってて安心したぜ。アルにも家庭を持った自覚が出てきたってことだな」
一向に来ないと愚痴を言っていたことは筒抜けではあるが、アルとセアラはその事に言及するような野暮なことをせずに、頬を緩めて頷く。
「ああ、そうかもしれないな。きっとあの頃の俺は、家族というものがよく分かっていなかったんだと思う」
「そうかそうか、まあ積もる話は酒の肴に取っておくとするか!じゃあまた後でな!」
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