第124話 わたしが一番……

「ははっ!そうかそうか、アルたちは娘を引き取ったか。それにしても、今日は一緒じゃなかったんだな」


 アルとセアラと同じテーブルについたユージーンが、ジョッキを傾けながら上機嫌で笑う。


「ええ、そうなんです。またお祭りの日にはご紹介できるかと思いますので」


 夕食までの時間を利用して、セアラは転移魔法で一度自宅に戻っていた。リタは快く送り出したものの、案の定シルはぶすくれて、絶対埋め合わせをしろと言って聞かなかった。


「ああ、楽しみにしてるぜ。しかし養女がいるって言っても、二人の子供だって作るつもりなんだろ?」


「まあ授かりものだからな。そのうち出来るだろうさ」


「ええ、焦らなくても大丈夫ですから」


 元の世界であれば確実にセクハラと取られる発言ではあるが、アルは涼しい顔で、セアラは何も気にせずニコニコしながら返す。


「授かりものか……まあ二人はうちのヤツらに比べればまだ若いしな。うちはそろそろいいんじゃないかと思ってるんだがなぁ。当の二人がどう考えているのやらだ」


「お父さん、飲みすぎじゃないの?お二人に変なこと言わないでよ?」


 カミラが自身の夕食を持ってテーブルにつく。すでに食堂はほぼ落ち着いており、他の従業員で十分に対応出来る状況だった。


「変な事じゃねえだろ?大事な事だ、お前もさっさと跡取りをだな」


「あ〜はいはい、分かってるって。そんなことよりさ、今日あった祭りの説明の話をしないといけないでしょ?」


「おお、そうだったな。どうだったんだ?」


「うん、うちに関係あるところだと、宿泊できる人数が最大でどれくらかってことを聞かれたのと、あとはジェフの料理は評判がいいから出店とかで出せないかってさ。でもそうすると、宿の食事はどうしようかなって感じだよね」


「ほぉ、ジェフはなんて言ってんだ?」


「お父さんに任せるってさ」


「ああん?俺はもう狩り以外は、ほとんど手を引いてんだぞ?それくらい自分で決めねえで、どうすんだ」


「そうは言ってもさぁ、一応お父さんがこの宿の経営者なんだよ?」


 ユージーンは頭をガシガシと掻いて、ふぅとため息をつく。


「とりあえずジェフを呼んでくれ」


「……分かったわよ」


「お前……まさかこのテーブルで話し合いを始めるつもりなのか?」


 ジェフを呼びに行くカミラを見送りながら、アルが顔をひきつらせると、ユージーンは後退してきた額をテーブルに擦り付ける。


「すまん、ヤバそうだったら止めてくれ」


「……ヤバそうって……いないものとして考えてくれよ?」


「ああ、恩に着るぜ」


「ふふっ、やっぱりアルさんは断らないんですね」


「アル、変な奴に騙されるなよ?」


「……部屋に戻るぞ?」


 アルが立ち上がる素振りを見せると同時に、カミラがジェフを連れて来る。


「アルさん、すみませんね」


 相変わらず腰の低いジェフが、ぺこぺこと頭を下げながら着席する。


「……ああ、居ないものと思ってくれればいいから」


 アルはそう言うと、背もたれに体重を預け、まだ一杯目のエールを傾けて口内を湿らせる。


「それで?ジェフはどうしたいんだ?」


「どうって……おやっさんが経営者なんですよ?僕が勝手に決める訳にはいかないですよ」


「ああ!?」


 まるで言っても無駄というような素振りを見せるジェフに、ユージーンは酒も入っているせいか、すぐに怒りを露わにする。


「ちょっと待て」


 いきなりの険悪な雰囲気に、アルから早くも待ったがかかる。


「とりあえずユージーンはすぐに喧嘩腰になるのを止めろ。ジェフは自分の意見くらい、言えなくてどうするんだ」


「お、おう……すまん」


「……はい」


 気勢を削がれたユージーンが、浮かせかけた腰を下ろし、ジェフはバツが悪そうに俯く。

 今のやり取りを見ただけでも、このままでは話にならないと察したアルが続ける。


「はぁ……大方ジェフの意見が自分と食い違っていた時、ユージーンはまともに話を聞いてないんだろ。それでジェフが意見を言うのを渋るようになった、というところか?」


「ええ!その通りです」


 味方を得たと思ったジェフが、アルの方へと身を乗り出し、ユージーンは面白くなさそうにジョッキを空ける。


「だけどな、カミラと結婚したということは、この宿を継ぐ覚悟をしたということだろう?それならいくら取り合ってくれなくても、自分の意見くらい言えないとダメだろう?一度慣れてしまったら、それを変えるのは大変だぞ?」


 アルが二人の顔を見比べて諭すと、沈黙と共に何とも言えない微妙な空気が、テーブルに流れる。


「あぁ……やっぱり俺は部屋に戻る。いいか?ちゃんと話し合うんだぞ」


 こめかみを掻きながら、アルが部屋へとさっさと戻るのを、四人は黙って見送る。


「じゃ、じゃあ私も部屋に行きますね?」


 アルの姿が見えなくなると、セアラもそれを追うようにして席を立つ。そして二階に用意された部屋の近くまで来ると、カミラが慌てた様子でバタバタと追ってくる。


「セアラさん、ごめんなさい。その、私たち、アルさんがあんな風に言ってくれるなんて思ってなかったから、ついビックリしちゃって……」


「大丈夫ですよ、アルさんも分かってますから。ちょっと恥ずかしくなっただけですよ」


 その言葉が嘘偽りの無いものであることを示すかのように、いつものニコニコ顔のセアラ。カミラはほっと安堵して、話を続ける。


「アルさん、随分と変わりましたね」


「う〜ん、そうですねぇ……皆さんそう言われるんですけど、私は本来のアルさんに戻ってきたんだなぁと、最近は思うようになったんです。あの頃は色々あって、まだ人を避けていましたから……」


 思案気な顔をしていたセアラは、そこまで言うと再び嬉しそうに頬を緩める。


「セアラさん?」


「ねぇ、カミラさん。アルさんは、一度慣れてしまったら、変えるのは大変だと言われてましたが、多分それは、ご自分のことでもあると思うんですよ。自意識過剰だと言われるかもしれませんが、私と結婚して、娘のシルを引き取って、それがアルさんに少しづつでも良い変化をもたらしているのなら、こんなに嬉しいことはないなぁって思うんです」


「セアラさん、相変わらずアルさんが大好きですねぇ」


「ええ、自信を持って言えますよ?この世界で一番アルさんを愛しているのは私ですって。だから私が一番アルさんを幸せに出来るんです」


「わ、すごい自信!!」


 カミラが茶化すように大仰に驚いてみせると、セアラは微笑んで頷く。


「もちろんそれが事実かどうかなんて、誰にも分かりませんし、証明のしようもありません。でも、そんなのは大した問題じゃないんです。大好きな人を、自分が幸せにするんだって思う気持ち。それを疑ってしまったら、結婚した意味が無いですから」


「そっか……そう、ですよね……よし!決めました!私があのヘタレた旦那を叩き直します!それが一番幸せになる方法だと思いますから!」


「ふふ、その意気ですよ!でも気をつけてくださいね?あんまり素敵になったら、他の人にモテるようになっちゃいますからね?アルさんなんて、油断してたらすぐ言い寄られて……」


「えぇ〜、それは困りますねぇ〜」


 笑い合う二人の会話は、それほど厚くない壁では遮ることは出来ず、当然の如くアルにも筒抜けになっている。期せずしてセアラの想いを聞いてしまったアルは、嬉しい半面、顔を赤くして懊悩していた。


(そんな話を聞かされて……どんな顔していればいいんだよ……)

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