第122話 お義母様に会いに行きましょう

「アルさん、お世話になりました。滞在中も良くしていただいた上に、転移魔法のお金まで出していただいてしまって……本当になんとお礼を言っていいのやら。リタさんとシルちゃんにもよろしくお伝えください」


「いえ、こちらこそ無理に引き止めてしまい、すみません」


 セアラの誕生日から五日後、アルたちがやって来ていたのは、カペラの町の中心地にある転移魔法陣が設置された神殿もどきの前。カペラまでは乗合馬車を乗り継いでたどり着いたエリーだったが、帰路では転移魔法陣を使用することで、ギリギリまで滞在期間を伸ばしていた。

 ちなみにエリーがアルの所有する土地で暮らすのは、諸々の手続きや準備があるため、アルとセアラの結婚式に出席した後に、そのまま引越しをするということになった。


「とんでもないです、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。セアラ、結婚式楽しみにしてるね」


「うん……実は、姉様にお願いがあるんだけど」


「どうしたの?」


 セアラがエリーの両手を包み込むように取ると、真剣な表情で訴える。


「あのね、結婚式の日、私の準備を手伝って欲しいなって思って」


「……私でいいの?」


「うん、やっぱりその日は姉様じゃないとダメなの。お城に居る時からずっとずっと、私が結婚する時も絶対に姉様にしてもらいたいって、そう思っていたから」


「分かったわ、じゃあセアラが一番綺麗に見えるように頑張るわね」


「ありがとう!!何か困ったことがあったらいつでも言ってね。姉様には返しきれない恩があるんだから」


「ふふ、ありがと。また会えるのを楽しみにしてるね」


「うん!」


 建物の中へと姿を消すエリーを見送ると、アルとセアラは久しぶりに二人で町を歩く。今日は二人とも休みで、シルは黒猫のノアと遊びたいからと家で留守番をしていた。


「エリーさん、無事に会えてよかったな」


「はい、本当に……ところでアルさん?」


「どうした?」


「アルさんの誕生日っていつなんですか?」


「ああ、俺は年初めっていうことにしてるよ。だから今年は、眠っているうちに終わってしまったな」


 アルが育った孤児院では、誕生日が分からないという者も珍しくなく、その場合は年が明けたら一つ歳を取るというようにしていた。


「アルさん、お義母様に会いに行きましょう!お礼ももちろんそうですが、まだゆっくりとお話が出来ておりませんし……それにきっと誕生日も分かりますよ!教会の方にも、直接ご挨拶しておきたいですね」


「……誕生日はどうでもいいんだが、確かに一度会いに行った方がいいな」


「どうでも良くないですよ!アルさんの誕生日だって盛大に祝いますからね。さあ行きますよ!!」


 セアラがグイグイとアルの腕を引っ張り、転移魔法を使うために町の外へと向かう。


「ちょ、ちょっと待った。もしかして今から行くつもりなのか?」


「当たり前です!今日が誕生日だったらどうするんですか!?」


「い、いや、流石にそんなことは無いだろ……多分」


「いいんです!可能性はゼロじゃないんですから!!さぁ早く早く!」


「あ、ああ。分かったよ」



 セアラの転移魔法によってディオネへと到着した二人。相変わらず清潔に保たれた町並みと、行き交う人々が目に映る。


「ええっと、教会はあちらでしたかね」


 セアラがアルの手を引いて、一刻も早くというように歩き出すが、アルの足取りは重い。


「あ、あのな……セアラ、ちょっと待ってもらっていいか?」


「えっと……?どうされたんですか?」


「その……心の準備がな。あの時は知らなかったから良かったけれど、いざ今から母親に会うとなると……緊張するというか」


「あっ……そ、そうですよね?すみません、気が回りませんで……」


 セアラが自身の暴走と浅慮を恥じ、シュンとなって頭を下げると、アルは慌ててフォローに入る。


「い、いや、いつかは来ないといけなかったんだしな、うん。よし!じゃあ行こう」


「アルさん……本当に大丈夫ですか?日を改めたほうがよいのでは?」


「いや、大丈夫だよ。もうここまで来たんだしな。それに、今行かなかったら、じゃあいつがいいんだって話になってしまう。こういうのは勢いも必要だよ」


 アルが頬を緩めて笑いかけると、セアラは惚けたようにその顔を見つめる。


「セアラ?」


「アルさん……何だか表情が以前よりも柔らかくなりましたね?」


「そうか?」


「はい、以前のアルさんも素敵でしたが、今の方がもっともっと素敵だと思います。でも……他の女性には、そんな顔しちゃダメですよ?」


 頬を朱に染めながらアルと腕を絡めて、寄り添うセアラ。


「もう他にも奥さんがいてもいいとは言わないのか?」


 アルが悪戯な笑みを浮かべると、セアラの顔が別の意味で赤くなる。


「それはっ……もう忘れてくださいっ!前言撤回です!やっぱりダメですからね、アルさんは私だけの旦那さんです」


「ああ、セアラに言われるまでもないよ」


「もうっ……アルさんのいじわる……」


「これくらいの仕返しくらいはいいだろ?」


 仕返しと言われ、セアラがよく分からないと言ったように、小首を傾げる。その可愛らしい仕草に、アルは思わず抱き締めたくなる衝動に駆られるが、それをぐっとこらえて続ける。


「俺がセアラ以外の女性を好きになるって、そんな風に思われていたなんて、流石にショックだったんだからな」


 アルが大袈裟に肩を落として見せると、セアラはわたわたとしながら謝罪の意を示す。


「そ、それは……その……はい、すみませんでした……本当に返す言葉もありません」


「……ふふっ、なんてな、冗談だよ。俺だってセアラと同じ立場だったら、少なくとも嫌だと思うはずだし。それだけ愛されてるんだなと思っておくよ」


「はっ、はい!それはもう、大大大好きです!!世界で一番私がアルさんを愛しているんですからね!!!」


 天下の往来でいきなりセアラが愛の告白をすると、何事かと周りの視線が二人に集中する。いたたまれなくなった二人が、その場から急いで離れようとすると、懐かしい女性から声をかけられる。


「ああっ!やっぱりアルさんとセアラさんじゃないですか!」


「カミラさん!お久しぶりですね、お元気そうでなによりです!!」


「久しぶりだな」


 セアラの手を取り嬉しそうに話しかけてきたのは、アルたちが初めてディオネを訪れた時に宿泊した、宿屋の娘カミラ。


「それにしても、道のど真ん中でやたらイチャついてるカップルがいるなぁと思ったら、お二人だったなんて驚きですよ。相変わらず仲が良いようですね」


「「はは……」」


 カミラの忌憚のない言葉にアルとセアラが乾いた笑いを返すと、久々の再会がよほど嬉しかったのか、それとも商魂に火がついたのか定かではないが、怒涛の寄りを繰り出す。


「それはそれとして!!お二人共、どうして泊まりに来てくれないんですか!?今日の宿泊が決まっていなければぜひうちで!以前お伝えした通り、半額ですから!!」


 既にもう暫くしたら日が落ちるような時間。転移魔法を使えば造作もないことなのだが、今から帰ると言うのは不自然な状況。それならばと、アルとセアラは顔を見合わせ頷き合う。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらうか、教会は明日行くことにしよう」


「ええ、そうですね」


「はぁ〜い、では早速行きましょう!お父さんとジェフも喜びますよ!」


 思わぬ形での外泊となった二人だったが、今では遠い昔に感じる忘れられない日を思い出し、軽やかな足取りで宿へと向かうのだった。

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