第121話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑪ お誕生日おめでとうニャン

 セアラの誕生日前夜パーティーが始まると、普段は水を打ったように静かな森に、賑やかな声が響き渡る。アルたちも『折角なのでみなさんと』というセアラの希望を聞き入れ、他の者たちと同じように、外でパーティーを楽しんでいた。


「セアラちゃん、誕生日おめでとう!」


「ふふ、ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」


「もちろん!日付が変わるまで、たっぷり楽しませてもらうよ。アルも悪かったな。まあよくよく考えりゃあ、お前が浮気なんかするわけねえわな」


「……お前ら、その言葉をちゃんと覚えておけよ?」


 パーティーが始まってからというもの、まるで結婚披露宴の様に、セアラとアルが並んで座るテーブルに冒険者たちがひっきりなしにやって来る。幾度となく同じやり取りが繰り返され、アルは既にうんざりしていた。


(セアラは演技じゃなくて、本当に嬉しいんだろうな……)


 酒のせいか少し頬を赤く染めた妻の様子を眺めながら、アルは目を細める。

 先程から面倒くさそうに対応するアルとは対照的に、セアラは一人一人に丁寧に声を掛けて、感謝の意を伝えていく。その表情は終始にこやかで、疲れなど微塵も感じさせていない。


「なに自分の嫁に見惚れてやがんだよ」


 気付くと、ギルマスのギデオンと解体場のモーガンがすぐ傍に立っており、アルの背中をバシバシと叩く。


「お前らまで来てたのか……」


「あのアホどもが何かしでかさないように見張るのは、管理する立場にいる者の務めってもんだろ?」


「……本音は?」


「こんな面白そうなイベントを逃す手はねえ」


 あからさまに嫌そうな顔を見せるアルだったが、二人はそれを豪快に笑いとばす。


「それにしても驚きだな。セアラちゃんに姉が居たなんてな?しかもかなりの別嬪さんと来たもんだ」


「ああ、血は繋がっていないんだろ?てことは、同じ田舎の出か何かなのか?」


「あ、それ私も気になってました。セアラさんってアルクス王国にいたんですよね?それでアルさんはそこの勇者。それならエリーさんもやっぱり同じなんですか?」


「そう言えばセアラってお城で働いていたって言ってたよね。じゃあそこでエリーさんと一緒に働いていたとか?って言うかさ、アルさんとセアラっていつからの知り合いなの?」


 モーガンとギデオンの疑問に、アンとメリッサが乗っかる形で、矢継ぎ早にセアラへと質問が投げかけられる。セアラがどうしようかと迷っていると、隣に座るアルが、その手をそっと取り何も言わずに頷く。


『セアラのしたいようにすればいい』


 アルの瞳に宿るその意を汲んだセアラは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、力強く頷き返す。


「……今まで隠してきてすみません。実は……私はアルクス王国の元王女なんです」


 そこからはまるで堰を切ったかのように、セアラは包み隠さずに滔々と話し続ける。


 五歳の時に、母親であるリタと引き離され、王女として厳しく躾られてきたこと。

 妾腹である自分に対して、周りの風当たりは強かったが、エリーがいつも良くしてくれたこと。

 全てを諦めていた頃、アルに出逢い、憧れ、そして恋をしたこと。

 アルが魔王と戦った時、王国の指示を受けた仲間に裏切られ、人間不信に陥っていたこと。

 謂われなき罪を着せられ、王城を追われ、追っ手を差し向けられたこと。

 人里を離れて暮らすアルのもとへと逃げ、結婚しているフリをしてもらえるように頼んだこと。

 アルクス王国に連れ去られ、アルが単身救出に来てくれたこと。

 そこでプロポーズを受け、結婚したこと。


 メリッサたちは口を挟むことなく、その言葉に耳を傾ける。淀み無く紡がれるそれは、今まで隠し続けてきたという重圧から、開放されたいという願いの表れのようでもあった。


「これで私のお話はおしまいです。本当に今まで隠しててすみませんでした」


 全てを話し終えてスッキリとしたという反面、どうしても今まで隠してきたという後ろめたさに囚われ、セアラは微かに肩を震わせながら俯く。


「あ〜、て言うことはだ、セアラちゃんが以前アルクス王国に連れ去られたのは、アルの所為って訳か」


「……なんでここまで聞いておいて、それが最初に出てくる感想なんだ……?」


 沈黙を破ったモーガンの思いがけない一言に、アルは胡乱な目を向ける。


「そうですよ!アルさんの所為で、セアラさんが酷い目にあったんですね!?これはもう一生賭けて、セアラさんを幸せにしないとダメですよねぇ」


 ニコニコしながらアンが援護射撃をすると、アルは二人の意図を察して頬を緩める。


「ああ、俺にはその責任があるよな」


「あ、あの……皆さん怒ったりしてないんですか……?」


 セアラがおずおずと尋ねると、メリッサ椅子を後ろに吹き飛ばしながら、勢いよく立ち上がる。


「あのねぇ、今の話のどこに怒る要素があるのよ?セアラはずっと我慢して生きてきて、辛い思いもたくさんして、最後は初恋の相手と結婚出来て良かったね〜ってだけの話でしょ?囚われのお姫様を、愛しの勇者様が助けに来るなんて、女性なら誰もが憧れるような話じゃないの。ほら、レイチェルを見てご覧なさい!?」


 一同の視線が向けられた先には、思わず引いてしまうほどの滂沱の涙を流すレイチェル。とても人様にお見せできる顔ではなく、横に座るトムが慌ててハンカチではなくタオルを渡す。


「それにセアラが元王女?そんなのちっとも驚かないわ、むしろ納得するくらいよ。私はあのミスコンの時に、セアラは絶対にただの平民なんかじゃないって思ったもの。まあお城で働いてたって言ってたから、どっかの貴族の令嬢だったのかと思ってたけどね。だからいつか話してくれたらいいなって思ってたわ」


「そ、そうだったんだ……ありがとう、メリッサ」


 気が置けない友人からいきなり王女だったと告白されて、驚かない者などいるはずはない。それでもそんな疑念を一笑に付すかのような、メリッサらしいはきはきとした言葉に救われ、セアラの表情から不安の色が取り除かれる。するとレイチェルがおもむろに立ち上がり、セアラの頭をぎゅうっと自身の胸に抱き寄せる。


「セアラざん〜、わだじ……わだじ感動がんどうじまじだ〜。ぐすっ、一生いっじょうづいで行ぎまず〜」


「え?ええっと……あ、ありがとう。でもレイチェルさん、一生はついて行くって言うのは、流石にちょっと困るかなぁ……トムさんも困っちゃうわよ?」


 その力強いハグと重い言葉に、セアラは思わず苦笑するも、その瞳は喜びに溢れ、潤んで揺れていた。そしてセアラに諭されたレイチェルは、涙をぐいっと拭いアルをキッと睨みつける。


「じゃあアルさん!!私の代わりにセアラさんを一生大事にしてください!!」


「なんで俺がレイチェルの代わりなんだよ……心配しなくても大事にしているし、これからもそれは変わらない」


「……しかし口だけならどうとでも言えますからね、何か納得させるような証拠を示して頂かないと」


「はぁ?お前なぁ……」


 狂信者であるレイチェルを納得させる材料と言われても、瞬時に思いつくはずも無く、アルは腕を組んで背もたれに体重を預ける。


「にゃぁ〜」


 いつの間にか黒猫がアルの足下にやって来て、ピョンと身軽にジャンプすると、膝の上を陣取って寛ぎ始める。


「あ、お前いつの間に……」


「あわわわ……アルさん、その猫ちゃんは……」


「ん……ああ……実はセアラのプレゼントにと思って、町で弱っていた猫を拾ってきたんだ」


 散々頭を悩ませたプレゼント。それにも関わらず、全く締まらない形でのお披露目になってしまい、アルは落胆するが、セアラは気にせずキラキラと目を輝かせる。


「さ、ささ、触っても大丈夫でしょうか?」


「え?ああ、大丈夫だ。もともとセアラにプレゼントするつもりだったんだしな。ほら」


 アルが黒猫を抱えてセアラの膝に載せると、黒猫はまるでそこが定位置であるかのように、一つ欠伸をしながらぐぅっと伸びをして、ご機嫌そうに尻尾を揺らして目を閉じる。


「はうわぁぁ……可愛いですぅ……アルさん、ありがとうございます!!こんなに嬉しいプレゼントは他に無いです!!!」


 セアラは黒猫の体を撫でながら、とろんと目尻を下げる。


「そ、そうか?喜んでくれて何よりだよ」


「むむぅ……セアラさんの為に最適なプレゼントを選ぶとは……仕方ありません、認めてあげましょう!!」


「それでいいのか……?ていうかなんでそんなに上から目線なんだよ……」


「はわぁぁぁ、可愛いですねぇ……猫ちゃんのお名前は何にしましょうかねぇ?」


「うぅぅ……猫ちゃん……私も遊びたいのに……もう眠いよぉ……」


 夜も更けて、とうとう耐えきれなくなったシルが、口惜しそうにアルの膝の上にもそもそと載ると、ふにゃあとだらしない顔で寝息をたて始める。


「ふふ、シルも本当に猫みたいですね」


「ああ、そうだな」


 アルはシルの背中をトントンと叩きながら、セアラの意見に同意して微笑む。

 そうこうしているうちに日付が変わると、待ってましたとばかりに、参加者たちが一斉にセアラの元へと殺到する。


「「「セアラちゃん」」」「「「セアラ」」」


「「「「「「誕生日おめでと〜!!!」」」」」


「みなさん……ありがとうございます!!今日のことは一生忘れません!!」


「セアラ、おめでとう。これからもずっと一緒に祝っていこうな」


「はい!!」


 こうしてセアラの誕生日とアルの浮気疑惑は決着を見るのだった。



※あとがき


こんなに長くなるとは……

ということでセアラの誕生日は2月22日にゃんにゃんにゃんで猫の日でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る