第120話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑩ これからはずっと一緒に
困り果てているエリーに助け舟を出すべく、アルが二人のもとへと歩み寄る。
「セアラ」
「はい?」
シルのように尻尾があれば、ブンブン振り回していそうなセアラの表情。アルは一瞬事実を告げることを躊躇するが、咳払いを一つしてから、セアラの肩にポンと手を置く。
「俺はエリーさんを娶るつもりは無いし、エリーさんにもそのつもりは無いからな?」
「……?ええっと……それってつまり……」
「エリーさんがここに来たのは、セアラに会うためだよ。まあ……その……簡単に言ってしまえば、全部セアラの勘違いってことだな」
「……え?……ああ…………ふえぇ?」
全てを理解したセアラの顔が真っ赤に染る。
「だ、だ、だって、その、あの方々が……アルさんが……」
もはや限界突破した羞恥心によって、涙を浮かべるセアラの視線の先には、最初に告げ口をした三人の冒険者。普段の彼女であれば、自分が悪いと言うところだが、そんな余裕は無かった。
「……ちょっと来い」
「「「ひえぇ……」」」
ここまでの話の展開から、どうやら誤解だと気づいてはいたものの、ずっとアルに睨まれていたため逃げられなかった三人。とうとう観念し、俯いたままアルたちの前に進み出る。
「何か言うことは?」
「「「大変申し訳ありませんでした」」」
示し合わせたかのように、体を直角に折り曲げ、一糸乱れぬ謝罪を見せる三人。
「はぁ……セアラ、どうする?」
「あ、あの、その……結局、私がアルさんを信じきれなかったのが一番の原因ですから……なので……はい、もう大丈夫です。顔を上げでください」
何とか落ち着きを取り戻したセアラの、いつも通りの甘い対応。それでも、それが彼女のいいところだろうと、アルはふっと笑う。
「お前らも不確かなことを広めるな。ちゃんと誤解を解いておけよ?」
セアラから許しを得られてほっとしていた三人に、アルは冷たく言い放ち釘を刺しておく。
「さて、エリーさんと積もる話もあるだろう?続きは家の中でな」
「え?あ、はい。そうですね……あの……皆さん大丈夫でしょうか?」
誤解だと判明したことにより、三人の冒険者が文字通りつるし上げられているが、アルは自業自得だと言って、セアラとシルを家の中に入れる。
「「「「「おかえりなさ〜い」」」」」
アルから招待を受けていた五人が声を合わせて迎え入れる。
「あれぇ?みんなどうしたの?って、うわぁ、すごいご馳走!!なんか飾り付けもしてある!」
飾り付けは一瞥するだけで、シルはテーブルを埋め尽くすほどの料理に、目を輝かせる。
「あれ?本当……今日って何かお祝いごとの日ですか?」
「いや、本当は明日なんだけど、諸事情で今日になったんだ」
「明日?何の日ですか?」
「何って……セアラの誕生日なんだろ?」
「え〜!?ママ誕生日なの?私プレゼント用意してないよぉ〜!!先に教えてよ〜!!!」
アルの袖を引っ張りながら、頬を膨らませてぶーぶーとブーイングをするシル。一方、セアラの表情には当惑の色がありありと浮かんでいた。
「……私の……誕生日?」
「そっか……セアラは覚えてなかったのね?二月二十二日、それがあなたの誕生日。昔は二人でお祝いもしたのよ?」
リタが呆然としているセアラの頭を撫でる。
「そっかぁ……明日なんだ……」
「セアラ、大丈夫か?」
未だ困惑の表情を隠せないセアラの様子に、アルが心配そうに肩を抱く。
「あ……はい、でも……なんて言ったらいいんでしょうか……前にシルの誕生日が今度あるって聞いた時、あんなに祝ってあげたいなって、プレゼントどうしようかなって思っていたはずなのに……自分の誕生日のことなんて、今の今まで、頭の片隅にも無かったんです……こんなのおかしいですよね……?」
自身の戸惑いを、拙いながらも言葉にするセアラを、アルが抱きしめる。
「そうか……セアラにとっては、それが当たり前になってしまったんだな……」
「……多分、そうなんだと思います。小さい頃、お母さんに祝ってもらった記憶も、今ではもう、ほとんど思い出せないんです……楽しかった思い出は……あの頃の私には辛くて、なるべく思い出さないようにしていましたので……」
誕生日など祝われることが無かった、セアラにとって長く暗い不遇の子供時代。リタはその頃の娘を思って表情を曇らせ、エリーはその頃の妹を思い出して胸を痛める。決して二人が悪い訳では無いのだが、それでも身を切られるような思いを抱かずにはいられなかった。
「大丈夫だ、これからはずっと一緒に祝えばいい。そうすれば、すぐにそれが当たり前のようになっていくさ」
「……はい、ありがとうございます。エリーもお母さんも、シルも皆もありがとう」
アルの腕の中で、ようやく笑顔を取り戻したセアラに、リタたちもまた、ほっと胸を撫で下ろす。
「……あれ?でもなんで明日なのに今日なんでしょうか?」
セアラのもっとも過ぎる疑問に、アルとリタが包み隠さず経緯を伝える。
「アルさん……重ね重ねすみません。私が誤解をしたばかりに……」
「いや、俺も良くなかった。『せっかくなら誕生日パーティに』なんてことを考えずに、さっさとエリーさんをセアラに会わせるべきだったよ。慣れないサプライズなんてするもんじゃないな」
「いえ、私が喜ぶようにと考えていただいたのですから、それだけで嬉しいですよ。ありがとうございます」
二人が互いに頭を下げると、リタがパンと手を叩く。
「はい、もうお話はお終い。ここからはパーティーを楽しみましょ?」
「そうですね。セアラ、とりあえず乾杯か……ら……」
アルが視線を感じて外を見ると、そこらじゅうの窓に、ビッシリと冒険者や解体場の従業員たちが貼り付いている。
その表情は一様に期待と羨望に満ちており、何を言わんとしているのかは一目瞭然だった。
「ア、アルさん、祝っていただく私が言うのもなんですが、皆さんにも参加していただいても、よろしいでしょうか?」
「……仕方ないか。セアラ、さすがに家の中では無理だから、悪いが障壁だけお願いしてもいいか?後は俺がやるから」
「はい!」
セアラはアルと共に外に出ると、両手を胸の前で組み、精霊の力を借りるべく詠唱を始める。美しい金髪が輝きを増し、体から魔力が立ち上り始めると、周囲を囲む者たちは、その侵しがたい神聖な雰囲気に言葉を失っていた。
この地に揺蕩う精霊たちよ
汝らに命ずるは長耳の始祖
我が言の葉に応え汝らの力を貸し与えよ
我に仇なす刃を封じたまえ『
セアラを中心に半径二十メートルほどの半球が出現すると、続いてアルが指を鳴らし、障壁内の温度調節が行われ、光源が確保される。これによって、夜の森という危険地帯に快適なセーフティーゾーンが誕生していた。
「後はこれだな」
再びパチンと指を鳴らすと、冒険者たちから歓声が上がる。辺りに幾つものテーブルと椅子が出現し、その上には出来合いの料理や酒が置かれていた。
「わ!アルさん、これ準備されていたんですか?それに今の魔法、お義父様の物ですね?」
「いや、普段から収納している食料だよ。魔法は……アイツに負けるのも癪に障るからな」
セアラはふふっと笑いながら、照れくさそうに頬を掻くアルの腕を取る。
「アルさんもたくさんお酒を飲まれるんですね?」
「……在庫は余分に持っておくタチだからな」
「はい、そういうことにしておきますね」
破顔してアルに寄り添うセアラ。エリーはそれを見ると、肩の荷が降りたかのように、安堵の溜息を漏らし、穏やかな表情を浮かべる。
「エリーさん、ありがとう。セアラをアル君に会わせてくれて。あの娘、すごくいい顔をしているでしょ?だからね、もう大丈夫よ。あなたが幸せになることは、あの娘の幸せでもあるの。それに貴女にだって、いい人くらいいるんでしょ?」
「リタさんは、何でもお見通しなんですね。仰られる通り、私の家を残して、ずっと待っててくれた人がいます……だから、一度帰って、きちんと向き合ってみます」
「うん、それがいいわ。そんなに想ってくれる人なんて、そうそういないわよ?私なんて、百年以上生きてるのにまだ現れないもの」
リタの自虐と実感のこもった言葉に、エリーはクスクスと笑いながら頷く。
「ええ、本当に得難いと思います……それにしても、セアラがあんな風に笑うなんて……ちょっとだけ妬けてしまいますよ」
「あら、あれくらいでそんなこと言ってたら、とてもここでは暮らせないわよ?」
「ふふ、覚悟しておきますね」
※あとがき
⑩で終わらせるつもりが、ダメでした
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