第119話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑨ 再会

二月二十一日


午前八時 カペラ解体場


 解体場に入ったセアラは、アルから自分の姿が見えなくなったことを確認すると、頭を抱えて懊悩する。


(あああああぁぁぁ、言っちゃった。とうとう言ってしまったよ〜。これでアルさんにもう一人奥さんが出来ちゃうんだ……カッコつけて大丈夫だって言ったものの、やっぱりいざその時が来たら緊張するだろうなぁ……あ、もしかして今日帰ったら紹介されるとか、有り得るんじゃないかな?ど、ど、どうしよう、私、仲良くやっていけるかな?)


「うわぁ、どうしよう……」


 そんなセアラの様子を眺めながらシルが、呆れたような声を出す。


「……ママ、どうしたの?なんか変だよ?さっきからウンウンうなってるけど……早くお仕事の準備しようよ」


「ご、ごめんごめん。さぁ、今日もお仕事頑張るぞ〜!お〜!!」


 一人でこぶしを突き上げて己を鼓舞するセアラ。いつもの彼女であれば、絶対にしないようなその行動に、シルは不気味なものを感じて後ずさる。


「ええ?……ホントにどうしちゃったの……?」


「お!セアラちゃん、気合入ってるねえ」


 ついさっきアルと別れたばかりのモーガンが、入ってくるなり、セアラとシルの元へ歩みよる。


「「おはようございます!!」」


 セアラとシルが今日からリスタートという意気込みを示すように、大きな声で挨拶をすると、モーガンは満足そうに頷く。


「ああ、おはよう。今日からよろしく頼むよ、二人とも!そうそう、さっきそこで、アルからもよろしく言われたぜ」


「はい!アルさんに愛想を尽かされないように頑張ります!」


 両こぶしを握って宣言すると、ふんすと鼻息荒く、早速解体に取り掛かろうとするセアラ。


「お、おお、そうかい?そりゃあ……頼もしいな…………なあシルちゃん、セアラちゃんどうしたんだ?」


「私もよく分かんない……」


 困惑を携えて尋ねたものの、より大きな困惑を返されたモーガンは、シルと顔を合わせて首を傾げるのだった。



午後零時半 カペラ中央広場


「セアラの欲しいものか…………何でも喜ぶっていうのは確かだろうけど、それに甘えるのは悔しいし、違うよなぁ……」


 アルは服、靴、鞄、アクセサリー、インテリア雑貨と思いつくままに様々な店を渡り歩いたが、これだというものに出会うことが出来ていなかった。最終的には何かに導かれるように、二人の思い出の場所でもある、屋台が立ち並ぶ広場へとやって来ていた。


「そういえば、初めてセアラとカペラに来た時も、ここで昼食を食べたっけな……」


 藁にもすがる思いで、あの日のように屋台を回って昼食を済ませると、噴水のへりに座って、その日を思い返す。


(あの日は確か……セアラの必要なものを買いに来たんだよな…………)


 アルが目を閉じて記憶を引っ張り出していると、なにやら揉めている母娘の会話が耳に入ってくる。


「ダメだって言ってるでしょ?」


「えぇ〜、やだやだ!大切にするからさぁ〜?ほら、こんなに可愛いんだよ?お母さんもそう思うでしょ?」


「それは私だって思うけど……うちは無理なのよ……」


 顔を上げ、声のする方に視線を向けると、まさしくセアラが好きと言って憚らない『それ』が目に飛び込んでくる。


「……うん、あれしかないな」



午後二時半 アルの自宅


 リタとエリーによる、料理の準備は順調に進んでいた。


「それにしても、アル君は何を買ってくるのかしらねぇ……」


 手を休めることなく、リタが心配そうに呟く。


「心配せずとも、アルさんならきっと大丈夫だと思いますよ。セアラのこと大好きみたいですしね」


 僅かな時間しか接していないにも関わらず、アルのセアラへの気持ちに全幅の信頼を置くエリー。しかしリタとしても、そこを疑っている訳では無い。


「むしろそこが心配なのよ……セアラのためって考えすぎて、一周回って変なものを用意しそうな気がするのよねぇ。アルくんもまあまあポンコツなところがあるから……」


「ふふ、本当にお似合いの二人なんですね……正直に言って、セアラが無事にたどり着いたとして、アルさんと上手くいっているかは、微妙なところかなと思っていたんです。匿ってはもらえるだろうとは思いましたが」


「それがねぇ、随分と頑張ったみたいよ?再会した初日に、セアラからプロポーズしたらしいから」


 聞き捨てならない面白そうな話に、エリーが目を輝かせる。


「ええ?それはまた大胆な……その話、詳しく聞かせていただいても?」


「もちろん!セアラからは、根掘り葉掘り聞かせてもらった……と言うよりも勝手に惚気けてたわね……聞くのなら、口直しできるようにコーヒー準備しといた方がいいわよ?」


「あ、じゃあ私入れますね!」


「ええ、お願い出来る?ちょうどティータイムの時間だし、休憩しましょ」



午後四時半 アルの自宅


「ただいま戻りました」


 アルが出来合いの惣菜や酒などと共に、セアラへのプレゼントを披露すると、リタとエリーから歓声が上がる。


「へぇ〜、アル君にしてはいいチョイスじゃないの!」


「はい、これはセアラも喜ぶと思いますよ!心配する必要はなかったですねぇ」


 二人のお墨付きは得られたものの、どうにも釈然としないアル。


「ええっと……そんなに俺のセンスって信用ならないですか?これでもプレゼントは何度かして……そういえば、いつも選んでもらってますね……」


 思い返すと、セアラとシルに送ったアクセサリーはトムとレイチェルに、結婚指輪はセアラに選んでもらったもの。他のものも、やはり一緒に買いに行ったものばかり。そう考えると、今回が初めて自分で選んだセアラへの贈り物ということになるので、急に不安になってくる。


「あ、あのリタさん、エリーさん。本当にこれで大丈夫ですかね?急にこんなのもらっても困るとか言われないですかね?ちょっと俺、もう一回行ってきましょうか?」


 一転してワタワタし始めるアルに、エリーは苦笑いしながらリタを見やる。


「ね?まあいつもこんな感じなのよ。はいはい、プレゼントはそれで大丈夫だから、準備の仕上げを頑張ってちょうだい」


「そ、そうですか……」



午後六時


「今日は遅いですね?いつもならもう帰ってる時間なんですけど」


 アルが時計を見ながらソワソワしていると、リタが手元の小説から目も上げずに返答する。


「そうね、まあ初日だから色々仕事終わりでお話することもあるんじゃない?」


「「「「「こんばんはー!」」」」」


 セアラとシルよりも先に、招待していたアン、ナディア、メリッサ、レイチェル、トムがやって来る。五人とも息を切らしていたが、町からそれなりの距離があるので、疲れたのだろうと結論づけて中へと迎え入れる。


「ああ、いらっしゃい。まだセアラが帰ってきてないんだ、中で待っててもらっていいか?」


「ええ、それはいいんですが……」


「ん?どうしたんだ?」


 浮かない顔をするアン。アルの胸中に微かな不安がよぎる。


「多分……冒険者と解体場の方々が、大挙して押し寄せて来ます……」


「……それは……もしかして例の誤解の件か?」


「そうなんですよ!私は誤解ですよって止めたんですけどね?でもセアラさんが『アルさんは、私一人で独占するのは勿体ない方ですから』とか言い出したせいで、皆さんもう私の言うことなんて耳に入らなくて。一言、言ってやらないと気が済まないと……せめて伝えておこうと、走って先に来たんです」


「でも〜、セアラさんがOKならぁ、私にもチャンスがあるってことですよね〜?」


 これ幸いとばかりにアルにすり寄るナディアを、メリッサとレイチェルが口を押さえて引き剥がす。


「うん、ナディアはちょっと黙ろうか?ええっと、それでそちらがお話にあった……」


「エリーと申します。セアラがいつもお世話になっております」


 エリーに続いて各々が自己紹介を終えた頃、静かな森に似つかわしくない、賑やかな一団の声が外から聞こえてくる。窓から覗き見ると、困り顔のセアラと、お祭り気分で嬉しそうなシルを先頭に、ぞろぞろと列が連なっていた。


「多いな……」


 アルはせいぜい二、三十人くらいかと思っていたが、暗くて判然とはしないものの、一帯が人で埋め尽くされているようだった。


「アルさん、私が一緒に出ましょう。そうしたら直ぐに治まると思いますし」


「すみません、こんな大事になるなんて」


「いえ、私にも原因があることですし。それに、ここに来られた方々は、セアラのことが大切なんですよね。とても有難いことだと思います」


 エリーがニッコリと笑いかけると、二人はアルを前にして入口の扉を開ける。


「おかえり、セアラ、シル。随分と大所帯みたいだけれども……」


「ただいま〜!!」


「は、はい、ただいま帰りました。すみません、私は大丈夫ですと言ったんですが、皆さんついてくると言って、聞いてくれなくて……」


「ああ、それはいいんだが……」


 アルが周囲を見渡すと、セアラを慕って集まってきているだけあって、凄まじい熱量の恨み、妬み、嫉みを一身に受け、思わずたじろぐ。

 するとアルに隠れるようにしていたエリーが、『お願いします』と、その背中を押す。


「ええっと、実はセアラに会って欲しい人がいるんだ」


 大きく息を吐き、アルが満を持して告げると、セアラはビクッと肩を震わせ、表情を強ばらせながら頷く。


「……セアラ、お久しぶりね」


 一歩横にずれたアルの後ろから姿を現したエリーを見つけると、セアラは両手で口元を押さえ、呟くようにその名を呼ぶ。


「うそ……エリー姉様……なの?」


「ええ、そうよ、会いたかったわ。セアラ」


「エリー姉様!!」


 セアラが駆け出し、エリーの胸に飛び込むと、姉は妹をしっかりと受け止め抱きしめる。


「ごめんなさい、セアラ。会いに来るのが遅くなって……本当にごめんなさい」


「ううん、いいの。よく無事で……本当に……うぅ……」


 そこまで言うと、止めどなく溢れ出す涙が、セアラから言葉を奪う。


 既に日が落ち、静寂と暗闇が支配する夜の森に、セアラとエリーの嗚咽と鼻をすする音だけが響き渡る。アルに文句を言おうと、勇んでついてきた者たちも、状況が理解できないまでも、誰一人として言葉を発することなく二人を見守っていた。


 やがて落ち着いてくると、セアラがぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「話したいことが、たくさん有ったはずなのに……有り過ぎて……何から話していいのか……」


「うん、アルさんとリタさんからも色々聞かせてもらったよ。アルさんと結婚したんでしょう?おめでとう」


「うん、ありがとう……私、今、すごく幸せだよ?」


「うん、それが聞けてよかったわ」


 セアラはエリーの祝福を受けると、その胸の中で、しばらくは安心したような笑みを浮かべていたが、ふいに何かを思いついたように顔を上げる。


「あぁ!エリー姉様!」


「どうしたの?」


「姉様がここにいるということは、アルさんが新しく迎える奥様はエリー姉様なんですよね?」


「え?」


「私心配だったんです、新しい奥様と仲良くやって行けるのかと……でもエリー姉様なら大歓迎です」


「あのね?セアラ……」


「それにしても水臭いじゃないですか!いつから好きだったんですか?私に遠慮して言えなかったんですか?」


「ええっと、だからね?」


「いいんですよ?私に気を使ってくれなくても。やっぱりアルさんも、エリー姉様も異性を見る目がありますよねぇ……これからも仲良くやって行きましょうね!」


 話も聞かずにグイグイ来るセアラに、エリーは困り果て、アルとリタに助けを求めるような視線を向けてくる。


「リタさん、あれが『フラグ回収』です」


「我が娘ながら、期待を裏切らないわね……」

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